聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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出会い編

ローザス・メトリスの病

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 ローザス・メトリスは女性恐怖症である。
とは言えいきなりそんなことを言っても何も始まりはしないだろう。
だからまずは、彼が女性恐怖症を発症するに至った経緯をお話しよう。
彼はメトリス伯爵家の次期当主として担ぎ上げられているため、社交デビューと同時に大勢の女性に群がられたのだ。話を聞かない、ベラベラ話す、声が甲高い、五月蝿い、話が通じない、何より香水臭い。
張り切って夜会のたびに香水の香りをプンプンさせながらド派手なドレスに着られて話しかけてくる女性にほとほとウンザリし始めたのは、デビューから半年も経たない頃のことだったと思う。
そして、女性恐怖症となる引き金となったのはデビューから数年が経ったころのことである。
ローザスは同じ学年でも最も仲の良いリュート・キリリアといつも通り教室で駄弁っていた時のことだ。

 『聞いてくれローザス。妹が怖い』

 『は?可愛いの間違いだろ?』

 妹は可愛いものだと誰かから聞いたことがあったローザスは思わずそう返した。が、すぐに否定される。

 『いや間違ってない、怖い。前から変な奴だとは思ってたが、昨日ヤバいもんを見ちまってな…』

 『ゴクリ…な、何を見たんだ』

 『真夜中に妹の部屋から灯りが漏れていたから何かあったのかと思って覗いたら……ひとりで喋っていた』

 『独り言か?』

 『いいや…リサーシャは、あ、リサーシャって妹のことな。リサーシャはもうすぐ社交デビューでな。友達を作る時の会話のシュミレーションをひとりでやってたんだ』

 『別に良くないか?そのくらい』

 苦笑しながらそう言うと、物凄い勢いで首を振られてしまった。

 『その内容がヤバいんだよ! 初めまして、私リサーシャ!宜しくね!趣味は美少女に抱きつくことです!だの、ごめんなさい私ショタにしか興味ないの。オジさんは論外よ。だの!どんなシチュエーションだよ!そんな奴と誰も宜しくしたくないだろ!』

 『…お前の妹、大丈夫か?』

 『いいや。ヤバい。奴には謎の趣味があってな。最近、男と男を結婚させようとするんだ。誰々と誰々のカップリングがいいだの、どっちが攻めだの何だの……正直専門用語が多すぎて何言ってるかわからん!!!』

 『男と男…だと!?』

 『ああ。そういやお前もカップリングされてたぞ』

 『だ…誰と』

 『俺と』

 『……………』

 知らなかった。
女ってこんなに怖い生き物だったのか。
夜会では人の話を聞いていないふりをして、香水で男を惑わせるだけ惑わせて、裏では美少女とショタを追いかけて、男と男を結婚させようと企んでいるんだ。
女って、怖い。怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 こうして、立派な女性恐怖症になったローザスは。
当然、自分が聖騎士である事に不安を覚え始めた。
聖騎士とは、聖女候補を護衛する神聖な職業だ。女性恐怖症の自分に、聖女候補を守ることなんて出来るのか、と。随分と悩んだ。
ルーデリア王国に聖女候補がいなければ、そんな悩みを抱えることもなかったのだろうが、その時には既に、アルカティーナ・フォン・クレディリアという立派な聖女候補がいた。彼女はまだ社交デビューはしておらず、ちょうど次の四月にデビューする予定の公爵令嬢だった。デビューしないうちから、良い噂の絶えない彼女に、ローザスは異常なほどの恐怖を覚えた。

アルカティーナ・フォン・クレディリア嬢とて女だ。
良い噂ばかり流れているやつに限って、本性は最悪だったりする。このままいけば、俺は確実に彼女の護衛役に選ばれる。どうしよう。どうする?
俺はこの間まで、聖騎士という職業に誇りを感じていたのに。どうしてこんな事になったんだろうか。 

 ローザスは色々悩みながらも、四月を迎えた。
とうとう、悩みの種であるアルカティーナが社交の場にデビューする。
ローザスは実はこの時点で、色々悩んだ結果、ある結論を出していた。
アルカティーナ嬢は確かに怖いが、会ったこともない令嬢についてあれこれ考えるのは失礼に値する。それに、彼女は聖女候補なのだから、自分が今まで出会ってきた女性とは違うはずだ…と。
 もしアルカティーナの護衛役に選ばれても、動じないように覚悟を決めていた。  
しかし、ローザスは肩透かしを食らうこととなる。
護衛役には何と、ゼン様という何処ぞのお貴族様が指名されたと後から聞いたローザスは、何とも言えない微妙な心持ちを味わった。でも少し、ホッとしてしまったのも事実だった。聖騎士にあるまじき気持ちだったと我ながら思う。

 そしてローザスがアルカティーナと初めて直接話したのは、それから半年も経った秋の夜会だった。 

 『すみません、助けてください!わたくしの護衛が不審者に襲われているんですっ』

 綺麗な色の瞳を僅かに潤ませながらそう訴えかけてきたのは、アルカティーナ・フォン・クレディリアその人だった。前もって会うことが分かっていれば何かしら心積もりはできたろうに、その時は当然そんなものはなかったので、最初はかなり動揺したことを覚えている。だが、状況がそれが長く続くことを許さなかった。夜会の警備に当たっていたローザスは、素早く行動に移した。

 『分かりました。すぐに騎士団に伝えてまいります』

 そう告げるとすぐに騎士団にそれを報告、夜会の主催者であった国王陛下にもそれを伝えた。
そして無事、アルカティーナとその護衛の元に応援が駆けつけ、事件はその後解決したという。

 『あの、騎士様。あの時は本当にありがとうございました!』

 アルカティーナにガバリと頭を下げられたのは、事件解決後のことだった。

 『いえ、お役に立てて何よりでした』

 笑顔は引きつっていないだろうか。
不安で不安で、仕方がなかった。
だが、ローザスはこの時点で察しつつあった。
アルカティーナ嬢は今まで出会ってきた女性とは全然違うタイプの令嬢だ、と。もしかしたら自分もこの令嬢になら普通に接することが出来るかもしれない、と。

 そして、アルカティーナが次に言い放った言葉がそれを確信に変えることとなった。

 『あの場にいたのが貴方のような頼りになる騎士様だったなんて、本当に運が良かったと思ってます。ありがとうございました』

 瞳で真っ直ぐローザスを捉えたまま微笑むと、アルカティーナは綺麗なお辞儀をした。そしてそのまま踵を返すと家族の元へと帰って行った。取り残されたローザスは、暫くの間上の空だった。
女性から、あんなに真っ直ぐで真摯な眼差しを向けられたのは初めてだった。いや、眼差しに限った話ではない。あんな風に気持ちをぶつけられたのも初めてのことだった。それも、感謝の気持ちを。

凛としていて、それでいて何だか優美で儚げで、誠実そうで……アルカティーナ嬢は。
聖女候補アルカティーナ様は。
いや、アルカティーナ様のような方の護衛に。
俺はなりたい。

 こうして、相変わらず女性恐怖症ではあるものの、アルカティーナによってそれも軽減化せれたローザスは再び自分が聖騎士であるということに誇りを持つようになった。そしてそんな時に、その知らせは突然きたのだ。

 ーー隣国ゲレッスト王国で新しく聖女候補様が現れたそうなので、その令嬢の護衛役にローザス・メトリスを任命するーー

 最初に、素直に嬉しいと思った。
聖女候補様の護衛役にとうとうなれたのだから。
その聖女候補様もきっとアルカティーナ様のような芯の通った方に違いない。そう期待した。
だが、その聖女候補様の名前を耳にした瞬間。
とてつもない違和感が身体中に走った。

 ロゼリーナ・アゼル……何だろう、この気持ちは。何だろう、この感覚は。
どうしてか、その名前を聞いた瞬間に思ってしまったのだ。



 急に、不自然に現れたこの気持ちは何だろう。
言うなれば、まるで感覚だ。
 
 苦しい。苦しい。
これはの気持ちじゃない。

…お前は誰だ?

ローザス・メトリスは顔を歪ませた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 お気付きの方もおられるかと思いますが、これが世に言う『ゲーム補正』と言うやつです。
こうやって皆んなヒロイン様に引き寄せられていくんですねぇ。まるで磁石だ。
でも、ローザスは好きな女性がいないからゲーム補正がかかったのであって、たとえ攻略対象でも既に別に想い人がいればゲーム補正なんてかかりません。これぞ愛の力(笑)ですね。
でもようやくですよ!
ようやく乙女ゲームの世界らしくなってきた!
ここまで長かったなぁ…遠い目です。

 ちなみに私は、実際に乙女ゲームをプレイしたことはありません。が、知り合いがプレイしているのをガン見していることは多々ございます。ただ見ているのではありません。ガン見です。
でも一様に言えることはただひとつです。
あれですな。やっぱり乙女ゲームは美形しか出てきませんな!目が痛いですよ!いい意味で!

以上、イケメンと美少女万歳な水瀬でした。

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