聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

文字の大きさ
103 / 165
出会い編

ローザス・メトリスの病

しおりを挟む

 ローザス・メトリスは女性恐怖症である。
とは言えいきなりそんなことを言っても何も始まりはしないだろう。
だからまずは、彼が女性恐怖症を発症するに至った経緯をお話しよう。
彼はメトリス伯爵家の次期当主として担ぎ上げられているため、社交デビューと同時に大勢の女性に群がられたのだ。話を聞かない、ベラベラ話す、声が甲高い、五月蝿い、話が通じない、何より香水臭い。
張り切って夜会のたびに香水の香りをプンプンさせながらド派手なドレスに着られて話しかけてくる女性にほとほとウンザリし始めたのは、デビューから半年も経たない頃のことだったと思う。
そして、女性恐怖症となる引き金となったのはデビューから数年が経ったころのことである。
ローザスは同じ学年でも最も仲の良いリュート・キリリアといつも通り教室で駄弁っていた時のことだ。

 『聞いてくれローザス。妹が怖い』

 『は?可愛いの間違いだろ?』

 妹は可愛いものだと誰かから聞いたことがあったローザスは思わずそう返した。が、すぐに否定される。

 『いや間違ってない、怖い。前から変な奴だとは思ってたが、昨日ヤバいもんを見ちまってな…』

 『ゴクリ…な、何を見たんだ』

 『真夜中に妹の部屋から灯りが漏れていたから何かあったのかと思って覗いたら……ひとりで喋っていた』

 『独り言か?』

 『いいや…リサーシャは、あ、リサーシャって妹のことな。リサーシャはもうすぐ社交デビューでな。友達を作る時の会話のシュミレーションをひとりでやってたんだ』

 『別に良くないか?そのくらい』

 苦笑しながらそう言うと、物凄い勢いで首を振られてしまった。

 『その内容がヤバいんだよ! 初めまして、私リサーシャ!宜しくね!趣味は美少女に抱きつくことです!だの、ごめんなさい私ショタにしか興味ないの。オジさんは論外よ。だの!どんなシチュエーションだよ!そんな奴と誰も宜しくしたくないだろ!』

 『…お前の妹、大丈夫か?』

 『いいや。ヤバい。奴には謎の趣味があってな。最近、男と男を結婚させようとするんだ。誰々と誰々のカップリングがいいだの、どっちが攻めだの何だの……正直専門用語が多すぎて何言ってるかわからん!!!』

 『男と男…だと!?』

 『ああ。そういやお前もカップリングされてたぞ』

 『だ…誰と』

 『俺と』

 『……………』

 知らなかった。
女ってこんなに怖い生き物だったのか。
夜会では人の話を聞いていないふりをして、香水で男を惑わせるだけ惑わせて、裏では美少女とショタを追いかけて、男と男を結婚させようと企んでいるんだ。
女って、怖い。怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 こうして、立派な女性恐怖症になったローザスは。
当然、自分が聖騎士である事に不安を覚え始めた。
聖騎士とは、聖女候補を護衛する神聖な職業だ。女性恐怖症の自分に、聖女候補を守ることなんて出来るのか、と。随分と悩んだ。
ルーデリア王国に聖女候補がいなければ、そんな悩みを抱えることもなかったのだろうが、その時には既に、アルカティーナ・フォン・クレディリアという立派な聖女候補がいた。彼女はまだ社交デビューはしておらず、ちょうど次の四月にデビューする予定の公爵令嬢だった。デビューしないうちから、良い噂の絶えない彼女に、ローザスは異常なほどの恐怖を覚えた。

アルカティーナ・フォン・クレディリア嬢とて女だ。
良い噂ばかり流れているやつに限って、本性は最悪だったりする。このままいけば、俺は確実に彼女の護衛役に選ばれる。どうしよう。どうする?
俺はこの間まで、聖騎士という職業に誇りを感じていたのに。どうしてこんな事になったんだろうか。 

 ローザスは色々悩みながらも、四月を迎えた。
とうとう、悩みの種であるアルカティーナが社交の場にデビューする。
ローザスは実はこの時点で、色々悩んだ結果、ある結論を出していた。
アルカティーナ嬢は確かに怖いが、会ったこともない令嬢についてあれこれ考えるのは失礼に値する。それに、彼女は聖女候補なのだから、自分が今まで出会ってきた女性とは違うはずだ…と。
 もしアルカティーナの護衛役に選ばれても、動じないように覚悟を決めていた。  
しかし、ローザスは肩透かしを食らうこととなる。
護衛役には何と、ゼン様という何処ぞのお貴族様が指名されたと後から聞いたローザスは、何とも言えない微妙な心持ちを味わった。でも少し、ホッとしてしまったのも事実だった。聖騎士にあるまじき気持ちだったと我ながら思う。

 そしてローザスがアルカティーナと初めて直接話したのは、それから半年も経った秋の夜会だった。 

 『すみません、助けてください!わたくしの護衛が不審者に襲われているんですっ』

 綺麗な色の瞳を僅かに潤ませながらそう訴えかけてきたのは、アルカティーナ・フォン・クレディリアその人だった。前もって会うことが分かっていれば何かしら心積もりはできたろうに、その時は当然そんなものはなかったので、最初はかなり動揺したことを覚えている。だが、状況がそれが長く続くことを許さなかった。夜会の警備に当たっていたローザスは、素早く行動に移した。

 『分かりました。すぐに騎士団に伝えてまいります』

 そう告げるとすぐに騎士団にそれを報告、夜会の主催者であった国王陛下にもそれを伝えた。
そして無事、アルカティーナとその護衛の元に応援が駆けつけ、事件はその後解決したという。

 『あの、騎士様。あの時は本当にありがとうございました!』

 アルカティーナにガバリと頭を下げられたのは、事件解決後のことだった。

 『いえ、お役に立てて何よりでした』

 笑顔は引きつっていないだろうか。
不安で不安で、仕方がなかった。
だが、ローザスはこの時点で察しつつあった。
アルカティーナ嬢は今まで出会ってきた女性とは全然違うタイプの令嬢だ、と。もしかしたら自分もこの令嬢になら普通に接することが出来るかもしれない、と。

 そして、アルカティーナが次に言い放った言葉がそれを確信に変えることとなった。

 『あの場にいたのが貴方のような頼りになる騎士様だったなんて、本当に運が良かったと思ってます。ありがとうございました』

 瞳で真っ直ぐローザスを捉えたまま微笑むと、アルカティーナは綺麗なお辞儀をした。そしてそのまま踵を返すと家族の元へと帰って行った。取り残されたローザスは、暫くの間上の空だった。
女性から、あんなに真っ直ぐで真摯な眼差しを向けられたのは初めてだった。いや、眼差しに限った話ではない。あんな風に気持ちをぶつけられたのも初めてのことだった。それも、感謝の気持ちを。

凛としていて、それでいて何だか優美で儚げで、誠実そうで……アルカティーナ嬢は。
聖女候補アルカティーナ様は。
いや、アルカティーナ様のような方の護衛に。
俺はなりたい。

 こうして、相変わらず女性恐怖症ではあるものの、アルカティーナによってそれも軽減化せれたローザスは再び自分が聖騎士であるということに誇りを持つようになった。そしてそんな時に、その知らせは突然きたのだ。

 ーー隣国ゲレッスト王国で新しく聖女候補様が現れたそうなので、その令嬢の護衛役にローザス・メトリスを任命するーー

 最初に、素直に嬉しいと思った。
聖女候補様の護衛役にとうとうなれたのだから。
その聖女候補様もきっとアルカティーナ様のような芯の通った方に違いない。そう期待した。
だが、その聖女候補様の名前を耳にした瞬間。
とてつもない違和感が身体中に走った。

 ロゼリーナ・アゼル……何だろう、この気持ちは。何だろう、この感覚は。
どうしてか、その名前を聞いた瞬間に思ってしまったのだ。



 急に、不自然に現れたこの気持ちは何だろう。
言うなれば、まるで感覚だ。
 
 苦しい。苦しい。
これはの気持ちじゃない。

…お前は誰だ?

ローザス・メトリスは顔を歪ませた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 お気付きの方もおられるかと思いますが、これが世に言う『ゲーム補正』と言うやつです。
こうやって皆んなヒロイン様に引き寄せられていくんですねぇ。まるで磁石だ。
でも、ローザスは好きな女性がいないからゲーム補正がかかったのであって、たとえ攻略対象でも既に別に想い人がいればゲーム補正なんてかかりません。これぞ愛の力(笑)ですね。
でもようやくですよ!
ようやく乙女ゲームの世界らしくなってきた!
ここまで長かったなぁ…遠い目です。

 ちなみに私は、実際に乙女ゲームをプレイしたことはありません。が、知り合いがプレイしているのをガン見していることは多々ございます。ただ見ているのではありません。ガン見です。
でも一様に言えることはただひとつです。
あれですな。やっぱり乙女ゲームは美形しか出てきませんな!目が痛いですよ!いい意味で!

以上、イケメンと美少女万歳な水瀬でした。

しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

処理中です...