聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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学園編

ちょっと我儘、いいですか?

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 ロゼリーナに続いてダンスホールを後にしたユーリアの背中を見届けてから、アルカティーナ達もようやく帰路についた。

 「は~~疲れた!」

 「そうですね」

 「まさかロゼリーナ様があんな人だったとは…びっくりよ」

 「そうですね」

 「……ねぇティーナ。お昼何食べた?」

 「そうですね」

 「「……………………」」

 「あー…ま、これではっきりわかったわね。ロゼリーナ様は危険よ。その代わりユーリア様は頼りになりそうだけどね」

 「そうですね」

 「そうね……で、ティーナ?どうしたの?」

 アメルダは呆れたような口調でアルカティーナに話を振った。だが、アルカティーナは難しそうな顔をして何やら考え事をしている。

 「いえ…ただ少し気になることがありまして」

 「気になること?」

 「はい。ユーリア様のことで少し」 
 
 「ユーリア様?」

 眉間にしわを寄せ、険しい表情のアルカティーナの言葉を確かめるように繰り返す。
 あんな場面を見てしまった後だ。
何か良からぬことかもしれない。
不安になったリサーシャとアメルダは詳細を問いただし………後悔することになった。

 「いえね、さっきユーリア様が『アルカティーナ様のことをとやかく言うのはおやめなさい』と言っていたでしょう?ロゼリーナ様はわたくしの悪口なんて一言も言っていなかったのに、どうしてあんなことを言ったのかな、と不思議になって…」

 物凄く…物凄く、真剣な顔でそう告げるアルカティーナに、2人は同時に揃って顔を引きつらせた。

 ーーいいや、言っていた。ロゼリーナは、アルカティーナの悪口をバンバン言っていた!

 と、思ったとしても言えるはずがなく。
ましてや

 ーーお前の目は節穴か、もしくは頭がピーマンなのか?

 などとも言えるわけがなく。
2人はただ、心の中で「これだから天然は」と叫ぶことしかできなかった。

 結局、心底不思議そうに考え込み、しまいには「分かりました!ユーリア様もAクラスでしたよね!?だとしたら彼女も風邪にかかっていたに違いありませんっ」とドヤ顔で結論を出し始めたので、リサーシャ達は放っておくことにしたのだった。



 その日、別れ際。
リサーシャはアルカティーナを引き止めた。
ぐいっと強い力でアルカティーナを引き寄せると、誰にも聞こえないくらいに小さな声で、耳元で何かを囁いた。

 「ーーーーーーー…」

 すぐにアルカティーナから離れたリサーシャだったが、その距離はやはり近い。
いつもより近い、リサーシャの顔を桃色の瞳が射抜いた。

 「…わかりました」

 その返事はやはり囁き声だったが、芯の通ったものだった。


 ◇ ◆ ◇


 「お嬢、今日は遅かったな」

 寮に帰ると、すぐにゼンがやって来た。
どうやら、一度アルカティーナの部屋にやって来たものの、不在中につき出直して来たらしい。アルカティーナは黒革のカバンを机の上に置きながら謝った。

 「すみません……ちょっと長話をですね」

 「そうか」

 穏やかに笑って、当然のように隣で支えてくれる彼を、アルカティーナは何気なくじぃっと見つめた。



 『あの、その『気になる人』って、どなたなんですか?』

 『アルカティーナ様も良くご存知の方ですよ!ほら、あのゼン様です!』



 思わず、眉をしかめる。
その名を軽々しく呼ばないで。
彼は貴女のオモチャじゃないの。



 『……絶対潰してやる。私の味方につくなら、って思ってたけどもう知らない。潰してやる、何をしてでも』

 『何はともあれ私のことは放っておいて!さもないと貴女も潰すわよ』
 

 
 ーーあぁ。そんな簡単に。そんな言葉を。よく言えるものですね、全く。


今日のことで、わかってしまった。
ロゼリーナの本質は、ああなのだと。
彼女はきっとこれからも変わることは無いだろう。ずっとずっと、人を人とも思わずやってきて。そしてこれからもそうしていくのだろう。

 ずっとずっと、自分達とは分かり合えないだろう。

 「お嬢?」

 些かぼんやりしすぎたようだ。
心配そうな瞳を向けるゼンに大丈夫だと言うように微笑もうとして………思ってしまった。
 
 ーーわたくしはきっと、ロゼリーナ様と分かり合えません。でも、ゼンは?もし、ゼンがわたくしの隣ではなく、ロゼリーナ様の隣を選んだら…?

 どうしてそんなことを思ったのかなんて、分からなかった。
ただ、前に彼女がゼンを『気になる人』と言っていた時のことが気になって。
気がついた時にはもう、それは頭を支配していて。どうしても離れてくれなくて。

 「お嬢…?本当に大丈夫か?」

 目線を合わせるように少し身を屈ませたゼンの表情は、不安に染まっている。笑おうとして、笑えきれなかった、なんとも言えない微妙な顔をしているであろうアルカティーナを、真剣な眼差しで見つめている。
 

 ゼンがロゼリーナを選ぶと言うなら。
 アルカティーナには、止められない。
自分の護衛役なのだから、と引き止めることはできるかも知れないけれど、所詮は護衛。
その手綱は、状況によっては蔦より脆い。

 わたくしを選んで、なんて言ったら。
 
ズルイかな。ズルイよね。
でもね。
ちょっとくらい、我儘言わせてくださいよ。


 困ったように笑って、ゼンの袖を掴んで、アルカティーナは静かに告げる。

 「ちょっと我儘、いいですか?」

 「はは、何だそれ。いいぞ」

 最初は笑いもしなかったのに、今ではこうして思い切り笑顔を見せてくれるゼンを、アルカティーナは嬉しそうに眺める。

 「寧ろな、お嬢は我儘を言わなさすぎなんだよ。だからたまには我儘を言え」

 勿論、限度はあるけどな?と悪戯っぽく笑う彼に、そっと告げる。

 「じゃあ、約束です。わたくしの隣にいてください」

 「…?あぁ、当たり前だろ!約束な」

 小指を絡めて、指切りげんまんを歌い始めたアルカティーナに、何を今更、とゼンは笑った。
笑いながら、歌った。

 その笑顔を見つめながら、ゼンは何だかお兄ちゃんみたいだな、とアルカティーナは密かに思ったのだった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 

 まともなストーリーですね……。
どうしたんでしょう、熱でもあるのかな?
まぁ平熱かつ健康な水瀬の話は置いといて。

今回リサーシャがアルカティーナに伝えた言葉は、また後ほど明らかになります。

 お楽しみに……!

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