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学園編
ぴったりな令嬢を見つけました!
しおりを挟むチルキデンの育ってきた環境を知ったアルカティーナ達は、何とも言えない表情で彼に視線を向けていた。
「……成る程、事情は理解しました。僕の可愛い可愛い妹を婚約者に、と考えるのはもっともでしょう」
顎に手をやり、理知的なその瞳を僅かに細めて頷くルイジェルを見てチルキデンはパッと目を輝かせた。
「わかってくれた!?じゃあ申し訳ないけどクレディリア嬢を僕の婚約者に…」
「だが断る!!!!」
しーーん…と、静寂がその場を支配した。
皆、信じられないとばかりに愕然とした表情で、ルイジェルのドヤ顔をしげしげと見つめる。
「えっじゃあ僕はどうすれば……」
「頑張ってください」
「僕、困るんだけど」
「そうですか。でも自分は困りませんので」
「ひどい!すごく困ってるのに!だいたい誰だよ僕のあだ名考えた奴。やれ『ホモ皇子』だの『総受け皇子』だの『プリンセス皇子』だの『ホモサピエンス』だの!!」
「最後のは別に良いのでは?」
「今に見てろ!?すぐに尻尾掴んで思う存分文句言ってやる!!」
怒りで拳を震わせているわりに、報復はショボかった。チルキデンは相手に強く出られないタイプなのかもしれない。それを後日リサーシャに伝えたところ、「確かにね!てか、そんなだから『総受け皇子』なんてあだ名付けられるのよw」と笑われることになるのだが……。
「あの…お兄様?お兄様の一存でお断りしてしまうというのは少し無理が…………」
「あぁティーナ!大丈夫だよ可愛いティーナ!父上に『ティーナに湧いてきた縁談は全部断れ』と命じられているからね!」
「…………………」
あんまりです、お父様。
「はぁ……わかったよ、諦める。だから他に条件に合いそうな令嬢を教えてくれない?」
頑なに「だが断る」の姿勢を崩さないルイジェルに痺れを切らしたのか、チルキデンは少し窶れた顔で尋ねてきた。それに機嫌を良くしたルイジェルは少し表情を和らげる。
「因みにその条件というのは?」
「うーんそうだな…まずそこそこ身分は高い方がいいかなあ。顔面偏差値と成績は出来れば平均以上。あと、婚約破棄されてもその名に傷がつかないような肩書きがある令嬢じゃないと困る。メンタルも強い方がいいなあ」
「理想高いね~。初っ端からティーナを選ぶ事だけあるわ」
へらへらと笑うリサーシャに、アルカティーナは思わず首を傾げた。自分を婚約者に、と考えていた時点でチルキデンは『理想が低い』人なのだと思っていたからである。
いまいち真意の掴めないその言葉について追究したかったが、今はそれどころではない。
アルカティーナはチルキデンの『理想』を頭の中で思い返してまとめ始めた。
「ええと、つまり……貴族で才色兼備、かつ素晴らしい肩書きを持っていて精神的にも強いご令嬢…ってことですか?」
「うん、まとめるとそんな感じだね。もっと欲を言うと、ゲレッスト王国に好意的な人が良いんだけどね」
難しげに眉を寄せ、アルカティーナ達は思いつく限りの令嬢を頭に浮かべては条件に合わないと言ってリストから消していく。
「あ!ミボウ・ジーン様はどうかしら!あの方は頭も切れると聞くし。他の条件もクリアしていると思うの!」
「未亡人なのが痛手だけど…だからこそ逆に最良物件かも知れないわね」
名案だとばかりに顔を輝かせるアメルダと、同意するようにコクコク頷くリサーシャ。
チルキデンは興味津々で身を乗り出した。
「へー良いねその人。って、未亡人!?」
「はい、確かジーン様は20年前に旦那様をなくしてらっしゃいますが……それが何か?」
「何か?じゃないよ!!しかも20年前ぇ!?…あー、オーケーオーケー、念のために聞いておくよ。その人の年齢は?」
チルキデンの言葉に、アルカティーナは思わず頬を膨らませた。
「もう!ホモ皇子ったら!女性の年齢を尋ねるのはNGですよ?」
「いや今それどころじゃ…ん!?今なんて言った!?ねえ今僕のことなんて呼んだ!?」
「仕方ないですね、お困りのホモ皇子の為にお教えします!今回だけですよ?ジーン様は確か62歳です!」
「62……!?駄目だよそんなの。若くてみずみずしい女性じゃないと!……それより言ったね?躊躇いもなく言ったね!?『ホモ皇子』って言ったよね!?!?」
君こそNGだ!!と喚くチルキデンをチラと見て、アルカティーナは申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません…わたくし、親しみのあるあだ名に憧れていたんです。でも、だからって殿下を巻き込むのはよくなかったですよね…。ごめんなさい…………………」
しょんぼり肩を落とすアルカティーナに、チルキデンはウッと声を詰まらせた。チルキデンは元々、温厚で平和主義者。そして何より、弱った人に弱い。リサーシャに言わせてみればそういうところが『総受け皇子』と呼ばれる由縁なのだが、そこが彼の長所なのだ。チルキデンはクセのある銀髪をくしゃりと乱暴に搔き上げ、そしてぶっきらぼうに告げた。
「……ま、反省したなら良いよ、別に。それにその…あだ名に憧れる気持ちはわからなくもない……し」
優しいその言葉に、アルカティーナは頬を緩ませた。
「ありがとうございます。でも、わたくしがチルキ殿下をあだ名で呼んだのには、それよりももっと大切な理由があるのですよ?」
「え、それって……………」
目を見開いたチルキデンを真っ直ぐに見つめ、アルカティーナは大袈裟に頷き……
「『チルキ殿下』と『ホモ皇子』だと、一文字だけですが『ホモ皇子』の方が文字数が少ないのです。これって大切なことですよね」
「どこが!?!?!?どっちにしろあだ名はやめて!?もうこの際チルキ殿下でもチルりんでも構わないからさぁ!!」
「ホントですか!?じゃあ遠慮なく!」
チルキデンのその言葉は、ヤケクソになったあらなのか、それともアルカティーナ達のマイペース加減に麻痺したからなのか。
兎にも角にも、こうしてチルキデンは言質を取られてしまったのである。
「それより何気に条件が増えたわよ?若い令嬢ですって」
「んー…じゃあスティーガ公爵夫人はどう?スティーガ家は名門家だし、その夫人というだけで肩書きは十分すぎるくらいでしょ。婚約破棄されても傷はつかないはずよ!」
「ちょっと待って。色々おかしいから!公爵夫人?確かに素晴らしい肩書きだね!?でも既婚者が僕と婚約する時点で、十分傷が入ると思うのは僕だけかなぁ!?!?」
あれやこれやと考えてくれるのは良いが、全くもって良い案が出てこない。もういっそ自分で探した方が早いのではないか。そう思えてきた頃のことだった。
ずっと何やら考え事をしていたらしいアルカティーナが、突然「あ!!」と声をあげた。
「チルり殿下!ぴったりな令嬢を見つけました!」
「なんか呼び名混ざってる!まあいいや。どうせその人も未亡人とかでしょ?」
既に諦めの態勢に入りつつあるチルキデンにアルカティーナはずいっと顔を近づけ、自信満々に微笑んだ。
「いいえ!未亡人ではありません!それどころか貴族の若い令嬢で、成績も上々かつ見た目も大変可愛らしいです。そして肩書きも、それはもう立派なものをお持ちです」
「…メンタルは?」
「断言できます、強いです」
「じゃ、じゃあゲレッスト王国を恨んでたりは………………?」
「しません。それどころか彼女はゲレッスト王国の出なので、好きだと思いますよ」
チルキデンは、諦めの態勢をやめた。
「えっ!ホント!?未亡人じゃないんだよね?年増とかでもないんだよね?」
「はい!」
「犯罪者でも、露出狂でも、ドMでも、ドSでも、無機物にしか恋情を抱けない令嬢でも、ないの????」
「はい!大丈夫です!」
チルキデンは、満面の笑みでアルカティーナに握手を求めた。握り返された手に力を入れ、ブンブンと上下に振る。
「ありがとう!ありがとう!クレディリア嬢、本当にありがと!!」
「まぁチルり殿下。わたくしのことはアルカティーナと呼んでくださって構わないのですよ?」
「…!うん、ありがとうアルカティーナ!アルカティーナのおかげだよ!アルカティ………………めんどくさいなぁ、もうティーナでいっか!」
人を殺せるのではないかと思ってしまうほどのルイジェルの殺気を帯びた視線には気がつかず、気がすむまでブンブン手を振ったチルキデンはハイテンションのままアルカティーナに尋ねた。
「それで?そのご令嬢はどこの誰なの?」
アルカティーナは、満面の笑みで答えた。
「ロゼリーナ・アゼル伯爵令嬢です!」
成る程、彼女は平民上がりとはいえ身分も申し分ないし、『聖女候補』という大層な肩書きも持ち合わせている。Aクラスだから成績も良いほうだ。しかも可愛い。
おおいに納得したチルキデンは、早速本人に話を通そうと意気込んだ。
「早速話しに行ってみるよ!…でも教室にいるかなあ」
「ロゼリーナ様はこの時間だと、いつもダンスホールにいらっしゃいますよ!さぁさぁ善は急げと言うではないですかチルり殿下!レッツラゴーゴーですっ」
「!そ、そうだよね!よぉし、じゃあ行ってくるよ!」
アルカティーナに背中を押され、応援の声を浴びながら、ゲレッスト王国の第二皇子は数学研究室から去って行った。
「………ねぇ、ロゼリーナ様。本当に大丈夫なんですの?しかも、ダンスホールですわよね…?もしかしなくても彼女は今………」
チルキデンを見送った後でそう呟いたユーリアと、その言葉でようやくチルキデンがアブナイことに気がついた少女達の心中など、嬉々としてダンスホールへ向かう彼は全く知る由もなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
チルりん可愛そうに。
君が今から行こうとしているところはね、何を隠そう魔窟だよ、魔窟。
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