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学園編
鳥の方が百倍可愛いのにっ!
しおりを挟む皆んなから一斉に視線を集めたゼンは、とても落ち着いていた。いつも通りの澄ました顔で、訝しげに自分を見つめるアルカティーナ達を一瞥したかと思うと、軽く嘆息した。
「何をおっしゃっているのですかチルキデン皇子。自分と皇子に面識はないと思うのですが?」
「えっいやだって」
「申し遅れました、自分はアルカティーナ様の護衛役のゼンと申します。以後お見知り置きを」
「は!?ゼン…?えーいやでも多分、すでに見知った仲だと思うんだけど…」
「人違いです」
「いやでも、顔がもう………」
「人違いです」
チルキデンには一歩も譲らず、有無を言わせず。ゼンはにっこりと完璧な笑顔を貼り付けながら否定の言葉を繰り返し口にした。
そしてアルカティーナは、そんなゼンの表情に既視感を覚えていた。彼の今の笑顔…つまりは作り笑いは、アルカティーナ自身にも向けられたことのあるものだった。何を隠そう、初対面の時である。
打ち解けた今だから思えることなのだが、あの時の彼は(まぁ今もだが)完全にネコをかぶっていた。というか、そもそも。彼は完璧主義が相まったのか、猫をかぶるのが異常に上手いのである。
「ま、ゼンはネコ好きですしね~~」
ーー猫好きだから猫かぶりも得意なのです!
なーんちゃって。
内心ドヤ顔で、寒いのか寒くないのかもわからない微妙な親父ギャグ(?)を唱えたアルカティーナだったが、その一部が思わず口に出てしまったことは計算外だった。
慌てて口を抑えるも、全て後の祭り。既にゼンは訝しげな目で、あわあわと頭を回すアルカティーナをとらえていた。
「いや何の話だよ」
「え?えっと、えっとですね。あっそうそう!ゼンがネコ…………好きだなって話ですよ」
「そうか。なら今の不自然な間についてはあえて聞かないでおく」
「…………」
何かを訴えるようなゼンの視線に思わずに明後日の方向を向くアルカティーナ。
流石はハイスペック護衛。
護衛対象の天然公爵令嬢の思考回路は大体予想がつくらしい。
だがユーリアはそれには気がつかず、おやと目を見開いた。
「あら、ゼン様ってネコ派でしたの?」
「ん?その口調から察するにユーリア様もですか?」
何を誤魔化せると思ったのか明後日の方向を向いたまま「そんなことよりゼン、あんなところにマドモアゼルちゃんが~~」と言い出した天然公爵令嬢は無視である。
つい最近になってアルカティーナ達と行動を共にするようになったユーリアとゼンは少しずつではあるが打ち解けつつあるらしい。互いに少し硬い口調ではあるが、今のように気軽に会話をする様子もよく見かけられていた。そこに、リサーシャとアメルダがごく自然な流れで割り込む。
「そっかユーリアはまだ知らないか~。ゼンの猫バカ具合を」
「信じられないかもだけどゼンの猫バカは凄いのよ。いつもどこからともなく煮干しが出てくるし。……ま、まあ私には関係ないことだけどねっ!ふ、ふん!……嘘ですごめんなさい。あ、でもゼンの猫バカはホントよ?」
「誰が猫バカだ」
「「え?ゼンだけど」」
「………………」
「まぁ!ゼン様は相当のネコ派とお見受けしましたわ!実は私もですのよ?」
未だ「あっほらゼン!あそこに可愛いロボットが」とほざいているアルカティーナ同様、途中で入ったゼンの鋭い一言もスルーされたが、まぁそれはさておき。ユーリアは同胞がいたことに歓喜の声をあげた。
「へー、ユーリアってネコ派だったんだ?」
「ええそれはもう。だって可愛らしいではありませんの!でも何故でしょう、ネコを見ているといつも親近感が湧いてくるのは」
この時、本人以外の(未だ1人で明後日の方向を向いている令嬢も除く)全員が『そうだろうなぁ』と内心頷いたのだが、当の本人(プラス天然公爵令嬢)は知る由もない。
「そういうリサーシャはどうですの?ネコ派?イヌ派?」
「え?私?私は~……ん~~…敢えて言うなら美少…」
「よし理解したからもう何も言うな」
ゼンによってビシッと片手で制されたリサーシャは仕方ないとばかりに黙る。幸いなことに、聞いた本人であるユーリアは『美少…』の先に検討がついていない様子だった。親しくなった全員からの評価がもれなく『いい人だけど変態』になるという特殊能力持ちのリサーシャは、割と鈍感なユーリアの中ではまだ『いい人』で止まっているのだ。
いつまでその状態が持つかはやや疑問ではあるが、長続きするに越したことはないだろう。だが、内心冷や汗だらけのゼンの気も知らず、諸悪の根源リサーシャは呑気に話に花を咲かせていた。
「アメルダはどっち派?」
「イヌ派よ。だって素直で可愛いじゃない?べっべつに!?私とは違って可愛げがあって羨ましいとか思ったことないけどね!?」
アメルダはネコ派のイメージだったためか、ユーリアもリサーシャも、へぇ!と驚きの声をあげた。そしてそこまで来てようやく、リサーシャは長時間放置されっぱなしだった天然公爵令嬢のことを思い出した。
「そういえばティーナは?」
「はっ!あれは超激レア!『性別という境界を超えたマドモアゼルちゃん』!?」
「…おーい、ティーナ戻ってきてーー」
「はっ!!り、リサーシャ!?今、今わたくし幻覚を見てました。凄かったです。何と目の前に超激レア『性別を超えたマ…」
「あ、うん。知ってるからもういいよ」
放置され続けた挙句いつの間にか幻覚を見ていたというアルカティーナ。一体彼女の身に何が起こったというのか。怖すぎる。
背筋を凍らせながらも、気を取り直したリサーシャは再び問うた。
「で?ティーナはネコ派?イヌ派?」
「ネコ派です」
アルカティーナが答えた瞬間。
「おーっほっほっほ!私の勝ちですわねアメルダ!」
「くっ…!どうして!?どうして皆んな私の気持ちをわかってくれないの!」
ユーリアがこれぞまさに悪役令嬢!という感じの高笑いをし、アメルダはガクンと床に膝をついた。
「アメルダ、負けを認めてくださいまし」
「……わかったわ。負けは負けだもの。この場を持って『イヌ派?ネコ派?どっちが多いかにゃ?ワンダフル対決』の勝者は『ネコ派』であることを認めるわ」
「わたくしの知らない間になんだか凄い対決になってますけど何ですかそれ!?」
珍しく、天然公爵令嬢がツッコミに回った瞬間である。
それからは、ただ騒いだ。
やいのやいのとネコはどうでイヌはどうだとか、どうでもいい冗談を言ってみたりして、笑って。騒いだ。
だが、ここでひとつ問題がある。
それは、その会話にたった一人混じれていない人物がいたことである。
「ちょっと!いい加減にしてくれる!?」
もう耐え切れないとばかりに叫ぶチルキデン。すっかり存在を忘れられていたようだ。
彼はその瞳を怒りに染め、声を荒げた。
「さっきから聞いてればネコ派だのイヌ派だの………!いい加減にしてよ!」
その瞬間、全員が思い出した。
そういえば、そもそもの本題はネコ派イヌ派ではなく、チルキデンの婚約者探しについてだったなぁ、と。
「「「「ご、ごめ…………」」」」
慌てて謝罪を口にしようとしたアルカティーナ達を遮って、チルキデンは叫んだ。
「どうしてネコとイヌの2択なのさ!鳥派の何が悪い!鳥の方が百倍可愛いのにっ!鳥も入れて3択にしてよ!!」
その後、チルキデンの要望によって『改 イヌ派?ネコ派?鳥派?どれかにゃ?トリあえずワンダフルにいこうぜ!対決』が行われたが、結果は鳥派が一票増えただけというショボい結果に終わった。
◇ ◆ ◇
その夜、ゼンの部屋に珍しく客人が訪れた。
癖のある金髪の鳥派皇子。
言わずもがな、チルキデンである。
「で?どういう要件ですかねチルキデン皇子」
昼間とは違って、寮の個室となると人の目を気にする必要はない。昼間とは打って変わって、ゼンの顔は極めて自然な表情だった。まぁ、それ以前に口調は変わらずだったが。
「………取り敢えずその口調、やめてもらえます?逆に怖いんですよ」
「…取り敢えず、か」
息を吐きながら、ゼンはチルキデンに進めたソファの向かい側にある椅子に腰かけた。
「……まぁそれくらいならいいが。くれぐれも他言無用だぞ?俺は今、アルカティーナ様の護衛役『ゼン』でとおってるんだ」
「わかってますって」
「でもチルキデン、お前もでかくなったなぁ。…まさかソッチになってるとは知らなかったが」
「だからそれは誤解だって!」
「……わかってる」
「なら何で椅子ごと退いたのか教えてもらえます?」
チルキデンからの冷たい目線はまるっと無視し、ゼンは早速本題に入った。
「で?何の用だ?」
「…昼間は上手く躱せてよかったですね」
「………」
『何』を『躱せ』たのか、なんて問題は、二人の間にはない。暗黙の了解だとばかりに話は進む。
「ネコ派イヌ派の話になったのは流石に予想外だったんだがな。流石はお嬢」
「あー、あの子、気をつけた方がいいですよ?かなりボヘ~~としてますから」
「わかってる」
短く答えたゼンに、チルキデンはやや乱暴に髪をかきあげる。
「で?何でこんなことになってるんです?」
その問いに、ゼンは小さく笑った。
「仕組んだのは兄上だ。俺に『外』の世界を知って欲しかったんだと」
「あーなるほど。…というか、ゼン…ゼン、ですか。随分短くなりましたね、名前」
「お前も二文字にしてみろ。楽だぞ」
「……いえ、結構です」
名前、短く、二文字、のワードで思い浮かんだのが『ホモ』だったため、チルキデンは顔を青くして首を振った。そんなワードが頭に浮かぶのは、確実にアルカティーナ達のせいだろう。チルキデンは深くため息をつき、そして声を潜めた。
「ところで『ゼン』様。本題は実は別なんですよ」
「ん?何だ?」
「僕の兄が、とうとう動き始めたかもしれないんです」
ゼンの眉が寄った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
お待たせ?しました最新話です。
忙しかったので遅れました。すみません。
今回の話でゼンの正体をチラ見くらいさせてもいいかな?と思っていたのですが、やめました。気になるという方、いらっしゃったらごめんなさい。まぁやんごとない身分だということは察して下さっているのではないでしょうか。でもあれですよ?流石に神様とかではないですよ?聖霊王とかでもないです。
ぶっちゃけると、人間です。
……あれ?これぶっちゃけてるのか?
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