聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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学園編

ある意味初めまして、でしょうか?

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 「あぁ…!何ということでしょう!」

 学園の廊下で、哀愁を感じさせる声をあげたのは天然公爵令嬢アルカティーナである。

 「ん?どうしたお嬢」

 対するはネコ派護衛役ゼン。いつも通りアルカティーナの一歩ななめ後ろを歩いている。
そんな彼を、少女は悲しみを乗せた瞳で振り返り見つめた。

 「わたくし、どうしても…どうしても忘れられないのです」

 「…え?」

 「何度も忘れようとしたのですが…それでもやっぱり…………」

 ただならぬ雰囲気を感じ取ったゼンは少し身構える。そして、それをチラリと一瞥してからアルカティーナは感極まったようにもう一度声をあげた。

 「どうしても、あの『性別という境界を越えたマドモアゼルちゃん』のことが忘れられないのですっ!!!」

 「………………………………」

 令嬢とその護衛の間を、乾いた風が吹き抜けた。


 「あぅ~~、マドモアゼルちゃん、マドモアゼルちゃんに会いたいです…!」

 マドモアゼルマドモアゼルと不吉な単語を連呼するアルカティーナを、すれ違う生徒達は何事かと二度見三度見する。アルカティーナはただでさえ目立つというのに意味のわからないことをブツクサ呟いているものだから人の視線は絶えなかった。

 だが、それでもやはりアルカティーナに話しかける勇気はないのか皆んな遠目にチラチラと見るだけだ。最早学園のアイドルとも言えるアルカティーナに話しかけるのはそう容易なことではないのだろう。

 だがそんな中で、たった一人アルカティーナに声をかけた者がいた。

 「あれっお前………」

 背後から突然、声がかかる。それまでマドモアゼルマドモアゼルとうるさかったアルカティーナも、これには我に返って振り向いた。
 そしてその声の主を目に止めると予想外だとばかりに目を見張り、だがすぐに表情を和らげ微笑む。

 「ある意味初めまして、でしょうか?」

 「そうかもなぁ」

 その顔に苦笑を浮かべながらアルカティーナの言葉を肯定したその少年は、アルカティーナに声を掛けたという事実から注目を浴びていた。クセのない茶髪に明るめの紫の瞳という配色。ゼンは、お嬢の知り合いにこんな人いたっけ、と一人首を傾げた。

 「あぁそうだ。会ったら言おうと思ってたんだ。その節は愚兄が失礼した。本当に申し訳ない」

 「いえ、過ぎたことですし」

 もう気にしてませんよ、と笑みを深めるアルカティーナに、周囲の者…野次馬が歓喜の声を上げる。流石は学園のアイドルだ。
 だが、それどころではなかったのかゼンはアルカティーナに小声で話しかけた。

 「お嬢…この方は?」

 「ん?あ、そうでしたね。ゼンは知らないんでした。ほら、ラグドーナ殿の弟さんのユグドーラさんですよ。わたくしの文通相手の」

 「あー、成る程」

 「とはいえユグドーラ様、本当にお目にかかるのは初めてですね。いつもお世話になってますアルカティーナです」

 「こちらこそ、改めてユグドーラです、よろしく」

 ユグドーラは、最近になってテンペス公爵家の跡取りとなることが決定したらしい。それもこれも、一年程前の夜会で彼の兄ラグドーナが事件を起こしたからである。そして事件までは、ラグドーナは自邸の研究室という名の自室にこもって実験実験の日々を送っていたらしい。所謂引きこもりというやつだ。
そのため本来ならリリアム学園の生徒であるにも関わらず、寮の部屋にすら帰らず、ひたすら実家に引きこもっており、夜会など社交の場にも殆ど顔を出さなかった。
 そのため、発明家として有名な彼の名を知っているものは多くとも、彼の顔を知るものは殆どいない。

 「でもユグドーラさん、後ろ姿だけでよくわたくしだと気がつきましたね?」

 心底不思議そうに疑問を口にしたアルカティーナに、ユグドーラは可笑しそうに笑う。

 「廊下のど真ん中でマドモアゼルマドモアゼル連呼するような令嬢が他にいるとでも?」

 「う"っ………確かに。でもこれにはちゃんと理由があってですね…」

 不満そうに頬を膨らませたアルカティーナに、ユグドーラは更に可笑しそうに頬を緩める。

 「理由~~?」

 「はい理由です!ちゃんとあるんですよ!?何とですね、この間わたくしは幻覚を見たのです!」

 ユグドーラは、興奮気味に頬を火照らせて語り始めたアルカティーナの肩にポンと手を置くと、慈悲に満ちた笑みを浮かべた。

 「…自首しろ、アルカティーナ」

 「ふぁ?」

 「やばい薬やっちゃったんだろ?」

 「やってない!」

 誤解だとばかりに悲痛な声を上げるアルカティーナだが、それに関してはゼンも同感だとばかりに相槌を打っていた。結果、ゼンはアルカティーナに軽く睨まれていた。食事中のリスのような頰で睨まれても怖くないとは、ゼンの名言である。

 「それよりわたくし、幻覚でマドモアゼルちゃんを見てしまったのですよ」

 「ふーん?どんな?」

 「名付けて、『性別という境界を越えたマドモアゼルちゃん』です!ね!?凄くないですか!?凄いでしょう?わたくし、その子をもう一度見たくって、気になって、夜もぐっすり眠れるんです!」

 「それ気になってないんじゃないですかねアルカティーナさん」

 そんなツッコミをしたユグドーラの顔は真顔だった。

 「でも『性別という境界を越えた』…か」
  
 「はい…!そうなんです!」

 キラキラとした目でユグドーラを見つめるアルカティーナは、明らかにそれを実現させて欲しいと訴えている。マドモアゼルの製作者であるユグドーラにしか、頼めないことだ。アルカティーナが引くわけもない。
ユグドーラは、何やら難しい顔で思案にふけっている。
そんな二人の様子を交互に見ながら、ゼンはおもった。

 ーー頼むからお嬢の暴走を止めてくれ!

 しかし、ゼンが止めに入ったところで仕方がない。これは、アルカティーナとユグドーラの問題なのだから。
つまり、全てはユグドーラにかかっていた。
ゼンは、彼とは初対面だったが、何となくユグドーラは信頼に値する常識人だと見抜いていた。彼を信じていた。

 だが、ずっと眉間にしわを寄せていたユグドーラが何かを閃いたように顔を上げ、そして次に放った言葉。

 「なんてことだ、これは世紀の大発見だ。でかしたアルカティーナ!こりゃもうやるっきゃない!『性別という境界を越えたマドモアゼルちゃん』!いいじゃないか最高だ!」

 この言葉に、ゼンは気が遠くなった。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 次回、いよいよお待ちかね。
『性別という境界を越えたマドモアゼルちゃん』がついにイラスト付きで登場!
皆さんワクワクドキドキが止まりませんよね?私もです。

 ……………………さて、冗談はさておき。
(本当に冗談ですよ?)
 本編の補足です。
アルカティーナとユグドーラは長期にわたって文通でやりとりしていたので、初対面とはいえかなり砕けた関係です。
これは、この作品に足りないLOVE要素のキッカケとなる…!?予感…!?
そんな予感がするようなしないような。
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