2 / 7
第二話
しおりを挟むある日の昼下がり、エマは一人の女性と対峙していた。
カミーユ・ロザリオ公爵令嬢だ。
「何度言われても首を縦に振るつもりはないの、残念ながらね」
カミーユは固い意思でぴしゃりと断りを入れた。
カミーユとエマは事あるごとに縁があった。
幼児期の習い事から、学園のクラスや委員会、社交界の交友関係などその縁は多岐に渡る。
所謂"くされ縁"というものだ。
その縁では、時にレイモンドも登場する。
しかしながら、レイモンドとカミーユの相性はあまり良くは無いようだが。
「もう数えるのも疲れてしまったわ」
カミーユはわざとらしくため息をついて見せた。
エマがレイモンドとの婚約についてカミーユに打診する回数は優に二桁を超えている。
「だけど、私では殿下の婚約者としては力不足なの。わかるでしょう?」
「確かに、歴代の王妃を見ても子爵家出身の女性はいないわ。その殆どが伯爵家以上の身分を持つ女性ね」
カミーユはエマの言いたいことも良く理解している。
そして、それが理にかなっている主張であることも。
だが、彼女は頑としてその申し出を受け入れるつもりはなかった。
「それで、伯爵家以上の年相応の女性で未婚且つ婚約者がおらず、殿下に相応しい人物がわたくししかいないということも良く理解しているわ。本当に、残念ながら」
カミーユは先ほども発した"残念ながら"という言葉を再び繰り返して強調する。
彼女は簡単に折れる相手ではないことはエマも良く知っていたが、そこで簡単に諦めるつもりもない。
いつもは『やっぱりだめか』という調子で話を切り上げていたが、既にレイモンドにも婚約解消について話した所為か、今回は食い下がった。
「でもカミーユ、国のためよ。国をより良くすることは貴族の務めでもあるでしょう」
大義名分をちらつかせたエマに対して、カミーユはムッと顔を顰めた。
飄々としている彼女が感情を露わにすることは珍しいことだった。
「国のため、ね……あなたのその自己犠牲の精神は素晴らしいけれど、あいにくわたくしはその理論には賛同いたしかねるわ。貴族であろうが、王族であろうが平民であろうが、人それぞれ自由に夢を持っていいはずよ。貴族に生を受けただけで、国のために人生を投げ打たなければならない、というのはいかがなものかしらね」
自分の意見を全て伝えたカミーユはスッキリとした表情でお茶を口に含む。
彼女の言っていることは確かに理にかなっているとエマは納得をする。
だが、頭でわかっていても心の中はもやもやとしていた。
エマの表情を見たカミーユの頭には疑問が浮かんだ。
自身がレイモンドと結婚することを頑なに拒んでいる、というよりは、本心からより良い状況を求めているように思えた。
何が彼女をそこまでさせているのだろう。
その疑問は、エマの言葉で解消される。
「カミーユの言っていることは、きっと正しいのだと思う。だけど、一つ間違っているよ……レイモンドには自由がない。王太子として生まれた彼は、国の王になるという使命が生まれながらにして付き纏ってる。その重責から逃げる道は彼に与えられていない。そして、レイモンドは必死に自分の責務に立ち向かってる」
カミーユもレイモンドとは小さい頃から見知った仲だ。
彼女もレイモンドが本来は打たれ弱く良く泣いていることを知っている。
だから、ふたりの脳裏に浮かぶ幼少期のレイモンドの姿は一致していた。
泣きながらも果敢に努力をして、苦労を経験してきた彼の様子。
「確かに彼は泣き虫だけれど、心根はとても強いことも知っているわ。努力も苦労もいつか報われることを心の底から願う度に、そのとき彼の隣にいるべきは私ではないと感じているの」
カミーユは彼女がなぜそこまで自分にレイモンドとの婚約を打診してくるのか理解した。
それから、エマがレイモンドを1人の人間として尊重していることも明白であり、幼少期からの縁もあってどうにか助力したいとも思った。
だからこそ、カミーユは婚約を頑として受け入れるつもりはなかった。
「わたくしは、話を聞いて尚更あなたが彼の隣に立つべきだと感じたけれどね」
その言葉がエマには良く理解が出来なかった。
12
あなたにおすすめの小説
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
冷遇夫がお探しの私は、隣にいます
終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに!
妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。
シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。
「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」
シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。
扉の向こうの、不貞行為。
これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。
まさかそれが、こんなことになるなんて!
目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。
猫の姿に向けられる夫からの愛情。
夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……?
* * *
他のサイトにも投稿しています。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる