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II 奪われる
VII
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――それが何か、理解するのに数秒掛かった。
鉄製の物体にある、黒い穴が私を見つめる。物語の中でしか知らないものだ。だが、何かの本で見た事がある。――拳銃だ。
この国で暮らしていれば、いずれは目にしたかもしれない。簡単に手に入るものでは無いが、然程珍しいものでは無いからだ。
それでも、平和に暮らしていればこうして銃口を見る事は無かっただろう。
ゴリ、と鈍い音を立てて、その銃口が私の額に押し付けられた。
「無駄口を叩くな。ガキを殺すのに躊躇する程、俺は優しくない」
氷の様に冷たい声と冷えた瞳に、その言葉が嘘でない事を悟る。
――人を殺す事に、慣れているのかもしれない。
そう思ってしまう程、銃口を額に押し付ける力は強く、彼の纏う空気全てが冷たかった。
「それに、お前に用はない。必要なのは1人だけだ」
「1人って……」
銃を持った男の後ろに居た、ボサボサの茶髪を後ろで雑にくくった男が、下劣な笑みを浮かべながら此方に近づいてきた。そして私を一瞥したのち、「後ろのガキの方が、大人しそうだからな」なんて言って、レイの腕を掴んで引き上げる。
「ま、待って――」
レイに手を伸ばし声を上げるが、黒髪の男が黙って銃のハンマーを起こした為、口を噤む他なかった。
レイは声を上げる事無く、此方に顔を向ける。その顔は今までに見た事が無い程に青く染まっていて、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「待って、私も――」
銃のハンマーは起こされている。トリガーを引けば、弾丸は私の頭を、脳を貫く。
それでも、此処で1人残される位ならば、レイと離れ離れになる位ならば、撃たれて死んだ方がマシだと思った。
「――私も、連れて行って」
私の言葉に、男2人が面食らった表情をした。そしてすぐに眉を顰め、胡乱な目になる。
「お前、物好きな奴だな。この状況がわかんねぇのか? 自分だけは助かりたいって思うのが普通だろうよ」
茶髪の男がレイの腕を掴んだまま嘲り笑い、そう吐き捨てる様に言った。黒髪の男よりも口調が軽い。女、子供に簡単に手を上げたとしても、躊躇い無く人を殺す様な男では無いように見える。
「レイと離れるくらいなら、死んだ方がマシ。私を連れて行かないなら、此処で殺して」
「何言ってるのルイ!」
顔をより一層青くしたレイが悲鳴を上げる様に叫ぶが、茶髪の男が「騒ぐんじゃねぇ」と怒鳴り、彼女の頬を平手で打った。
約14年生きてきて初めて受けた明確な暴力に、レイは泣く事も叫ぶ事もせずに、打たれた頬を押さえてただ呆然としていた。しかしすぐさま、その顔に怯えの色が広がる。
――私の大切な家族、大切な妹、私だけのレイ。
そんな彼女が見知らぬ男に、理不尽に暴力を振るわれた事に怒りが沸き上がる。
最早、怒りなんて言葉では表しきれない。
焦燥感に似た感情に、気付けば袖の中に忍ばせていたペンを握っていて、そのペン先を男の腕に突き立てていた。
たかが14年程度しか生きていない非力な私が、体格のいい男を攻撃できるわけがない。だというのに、運が良かったのか悪かったのか、私の手から離れたペンは男の腕に深々と突き刺さっていた。
「――……」
男は表情を全くと言って良いほど変えず、自身の腕に突き刺さったペンを見つめている。
――最初に、気付くべきだった。
顔に目立つ傷があり、戦闘に長けた男となれば、ペンが刺さった程度では動じないという事に。
このまま、殺されるかもしれない。
しかし不思議と、後悔はしていなかった。
レイは理不尽な理由で暴力を振るわれた。だから私も反撃をした。それだけだ。当然の事だろう。
最愛のレイを傷つけられて、黙って居られる程私はいい子じゃない。
「――ルイ!」
私を呼ぶ、レイの叫び声が聞こえたと思った瞬間。ガツン、と額に衝撃が走り、視界が揺れた。何が起こったか理解をする前に、その場に倒れ込む。
ぐわんぐわんと奇妙な耳鳴りが聴力を妨げ、視界に映る全てが歪み、揺れている。衝撃を受けた額は痺れる様に痛み、そっと額に触れると流血でもしているのか指先にぬるりとした感触が伝わった。
――撃たれたのか? 違う、銃のグリップエンドで、額を思い切り殴られたのだ。
「そこまでの覚悟があるなら構わない。だが、お前を受け入れるかどうかは、あのお方次第だ」
腕にペンを突き立てられたというのに、男は私を殺す事は無かった。
何故殺さなかったのだろうと考えるも、頭は回らずどれだけ考えても無駄だという事を悟る。
「行くぞ」
黒髪の男が、銃を持っていない方の手で私の服の襟首を掴んだ。引き摺られた拍子に膝がカーペットの上を擦り、摩擦熱で肌がひりひりと痛む。
私とレイは、何処へ連れて行かれるのだろう。あのお方とは誰の事なのだろう。
これは子供を目的とした無差別の誘拐なのか。それとも、私とレイを狙ってのものなのか。だが、男は私達を見て『なんだ、2人居たのか』と言った。となれば、やはり無差別なのだろうか。
悶々と考えながら、引き摺られるままに、初めて間近で目にする何処かの家紋が描かれた四輪馬車に乗り込んだ。
父の仕事が関係しているかもしれない――なんて事は、今は考えたくなかった。
鉄製の物体にある、黒い穴が私を見つめる。物語の中でしか知らないものだ。だが、何かの本で見た事がある。――拳銃だ。
この国で暮らしていれば、いずれは目にしたかもしれない。簡単に手に入るものでは無いが、然程珍しいものでは無いからだ。
それでも、平和に暮らしていればこうして銃口を見る事は無かっただろう。
ゴリ、と鈍い音を立てて、その銃口が私の額に押し付けられた。
「無駄口を叩くな。ガキを殺すのに躊躇する程、俺は優しくない」
氷の様に冷たい声と冷えた瞳に、その言葉が嘘でない事を悟る。
――人を殺す事に、慣れているのかもしれない。
そう思ってしまう程、銃口を額に押し付ける力は強く、彼の纏う空気全てが冷たかった。
「それに、お前に用はない。必要なのは1人だけだ」
「1人って……」
銃を持った男の後ろに居た、ボサボサの茶髪を後ろで雑にくくった男が、下劣な笑みを浮かべながら此方に近づいてきた。そして私を一瞥したのち、「後ろのガキの方が、大人しそうだからな」なんて言って、レイの腕を掴んで引き上げる。
「ま、待って――」
レイに手を伸ばし声を上げるが、黒髪の男が黙って銃のハンマーを起こした為、口を噤む他なかった。
レイは声を上げる事無く、此方に顔を向ける。その顔は今までに見た事が無い程に青く染まっていて、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「待って、私も――」
銃のハンマーは起こされている。トリガーを引けば、弾丸は私の頭を、脳を貫く。
それでも、此処で1人残される位ならば、レイと離れ離れになる位ならば、撃たれて死んだ方がマシだと思った。
「――私も、連れて行って」
私の言葉に、男2人が面食らった表情をした。そしてすぐに眉を顰め、胡乱な目になる。
「お前、物好きな奴だな。この状況がわかんねぇのか? 自分だけは助かりたいって思うのが普通だろうよ」
茶髪の男がレイの腕を掴んだまま嘲り笑い、そう吐き捨てる様に言った。黒髪の男よりも口調が軽い。女、子供に簡単に手を上げたとしても、躊躇い無く人を殺す様な男では無いように見える。
「レイと離れるくらいなら、死んだ方がマシ。私を連れて行かないなら、此処で殺して」
「何言ってるのルイ!」
顔をより一層青くしたレイが悲鳴を上げる様に叫ぶが、茶髪の男が「騒ぐんじゃねぇ」と怒鳴り、彼女の頬を平手で打った。
約14年生きてきて初めて受けた明確な暴力に、レイは泣く事も叫ぶ事もせずに、打たれた頬を押さえてただ呆然としていた。しかしすぐさま、その顔に怯えの色が広がる。
――私の大切な家族、大切な妹、私だけのレイ。
そんな彼女が見知らぬ男に、理不尽に暴力を振るわれた事に怒りが沸き上がる。
最早、怒りなんて言葉では表しきれない。
焦燥感に似た感情に、気付けば袖の中に忍ばせていたペンを握っていて、そのペン先を男の腕に突き立てていた。
たかが14年程度しか生きていない非力な私が、体格のいい男を攻撃できるわけがない。だというのに、運が良かったのか悪かったのか、私の手から離れたペンは男の腕に深々と突き刺さっていた。
「――……」
男は表情を全くと言って良いほど変えず、自身の腕に突き刺さったペンを見つめている。
――最初に、気付くべきだった。
顔に目立つ傷があり、戦闘に長けた男となれば、ペンが刺さった程度では動じないという事に。
このまま、殺されるかもしれない。
しかし不思議と、後悔はしていなかった。
レイは理不尽な理由で暴力を振るわれた。だから私も反撃をした。それだけだ。当然の事だろう。
最愛のレイを傷つけられて、黙って居られる程私はいい子じゃない。
「――ルイ!」
私を呼ぶ、レイの叫び声が聞こえたと思った瞬間。ガツン、と額に衝撃が走り、視界が揺れた。何が起こったか理解をする前に、その場に倒れ込む。
ぐわんぐわんと奇妙な耳鳴りが聴力を妨げ、視界に映る全てが歪み、揺れている。衝撃を受けた額は痺れる様に痛み、そっと額に触れると流血でもしているのか指先にぬるりとした感触が伝わった。
――撃たれたのか? 違う、銃のグリップエンドで、額を思い切り殴られたのだ。
「そこまでの覚悟があるなら構わない。だが、お前を受け入れるかどうかは、あのお方次第だ」
腕にペンを突き立てられたというのに、男は私を殺す事は無かった。
何故殺さなかったのだろうと考えるも、頭は回らずどれだけ考えても無駄だという事を悟る。
「行くぞ」
黒髪の男が、銃を持っていない方の手で私の服の襟首を掴んだ。引き摺られた拍子に膝がカーペットの上を擦り、摩擦熱で肌がひりひりと痛む。
私とレイは、何処へ連れて行かれるのだろう。あのお方とは誰の事なのだろう。
これは子供を目的とした無差別の誘拐なのか。それとも、私とレイを狙ってのものなのか。だが、男は私達を見て『なんだ、2人居たのか』と言った。となれば、やはり無差別なのだろうか。
悶々と考えながら、引き摺られるままに、初めて間近で目にする何処かの家紋が描かれた四輪馬車に乗り込んだ。
父の仕事が関係しているかもしれない――なんて事は、今は考えたくなかった。
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