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75 公爵令息の独白①
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私に相応しい令嬢――それは、シャーロット・ヨーク公爵令嬢、ただ一人だ。
グレトラント王国で、我が家門ドゥ・ルイス家と一二を争う名家の令嬢。
建国にも携わった歴史ある家で、幾つかの王家の血の入ったヨーク家は、現王家を凌駕するほどの名門だった。
その由緒あるヨーク家の唯一の令嬢のシャーロット嬢は、まさに私の理想とする完璧な令嬢だった。
彼女の姿を初めて見たときは、一瞬鼓動が止まってしまった。
それは、まだ幼い頃に高位貴族の子女たちが集う茶会での出会いだった。
透き通るようなホワイトブロンドに、強い意思が込められているようなアイスブルーの瞳。すっと背筋を正してカーテシーをする様子は女神のように美しく、その場の誰もが彼女に見惚れていた。
彼女は幼いながらに淑女として完成していたのだ。
それは貴族令嬢というよりも、まるで王女のような気品を備えていたのだった。
私は一目で彼女に心が奪われた。
あの瞬間から、彼女こそが己の伴侶になる女性だと、信じて疑わなかったのだ。
あの頃はまだ思慮分別のない子供で、私は茶会が終わって屋敷に戻るなり、父上に「ヨーク公爵令嬢と婚約したい」と強く懇願したのを覚えている。
しかし、父の無慈悲な言葉は、瞬時に地の底に落とされるような絶望を私に与えたのだ。
シャーロット嬢は、生まれた時から第一王子エドワードとの婚約が密かに内定している……と。
現国王の嫡男で、いずれは王太子となる第一王子エドワード・グレトランド。
私は、物心つく頃から、この男のことを憎々しく思っていた。
なによりもまず、現王家の者どもは先々代から下賤の血を引いている。平民の、薄汚れた血だ。
高貴な血は、存在そのものに価値がある。
我々は代々その血を守る為に、連綿と命を繋いでいると言っても過言ではない。
それを、一時的な情という浅はかなもので自ら価値を打ち捨てる行為は、愚の骨頂だ。
王家は、後世への影響を顧みずに、歴史的にも非常に愚かな選択を行ったのだ。
そのような下等の血を受け継いだエドワードは、とても国の頂点に君臨できるような器とは思えなかった。
あの下賤の血は勿論のこと、あの低い能力もだ。
あの男は、私が習い終わった事柄を、倍以上もの時間を掛けてやっと習得するような愚鈍で、学問も剣術も、常に私の遥か後方を歩んでいた。
そして、傲慢な性質。
卑しい血が混じって国内の高位貴族よりも濁っているのに、あの男は当然のように、己より良い血統の貴族らの上で、居丈高に振る舞っていたのだ。
あのような小物が、国一番の素晴らしいヨーク公爵令嬢と婚約するなど、絶対に許しがたいことだった。
幼かった私は、彼女に自分に振り向いてもらいたいと考えた。
その為に、もっと彼女に会えないかと画策したが、それは二人の立場により困難を極めたのだった。
ヨーク公爵家は国王派の筆頭貴族。
対して、我がドゥ・ルイス家は王弟派の嚆矢だ。そもそも、国王派と王弟派に貴族社会が二分したのは、我々の祖先が事の発端だった。
隣国の王女との間に出来た息子と、騎士だか何だか知らないが平民の女の息子――どちらが次の王に相応しいのか、火を見るより明らかだ。
しかし、現王家の子孫は、殊勝なことに卑しい血の女を選択した。
そこからグレトラント王国の歴史は、歪んでいったのだ。
ヨーク家は、不可解にも現王家の血筋を支持していた。
あのような高貴な家門が、一族より下等な血を受け入れるなど疑問だが、ヨーク家は建国時からの忠臣で王家には絶対服従。
それに当時は、継承権よりも国防が喫緊の課題になっていたので、国に内紛を起こすのは避けたかったのだろう。
だから、当時は仕方のないことだったのかもしれない。
だが、時が巡って現在、小さな歪は益々肥大化しており、今や現王家の存在こそが国の混乱の原因なのだ。
汚らわしい彼ら――特にエドワードは、欲にまみれ高貴なる者の務めを果たそうとしていないのは明白だ。
それらを正すためには、真の高貴なる血を引く我がドゥ・ルイス家が、玉座を取り戻さなければならない。
その為にも、私とシャーロット嬢の婚姻は不可欠だった。
彼女に相応しいのは私だけ……家柄も、何もかもが釣り合っているのは、私たち二人だけだ。
しかし、先の人生の彼女は、歯痒いくらいに愚かだった。
彼女は周りが見えない程に、エドワード・グレトラントに恋慕の情を抱いていたのだ。
はじめは仕方ないと思った。
あの男は顔だけは良かったから、彼女もその甘いマスクに騙されたのだろう。
それに、若い女性は悪い男に惹かれるもの。
世間知らずで経験の浅い貴族令嬢なら、一時期の気の迷いはあるだろう。彼女は、恋に恋している状態なのだと思えたのだ。
まずは二人を引き剥がさなければならない。彼女の目を覚まさせなければならない。
ついでに、あの男の地位や名誉も引きずり降ろそう。暗殺は容易だが、それよりも大衆に我々王弟派の正当性を誇示しなければ……と、私は考えた。
そこで、私の駒の一つである阿婆擦れ女――ロージー・モーガンを使うことにしたのだ。
グレトラント王国で、我が家門ドゥ・ルイス家と一二を争う名家の令嬢。
建国にも携わった歴史ある家で、幾つかの王家の血の入ったヨーク家は、現王家を凌駕するほどの名門だった。
その由緒あるヨーク家の唯一の令嬢のシャーロット嬢は、まさに私の理想とする完璧な令嬢だった。
彼女の姿を初めて見たときは、一瞬鼓動が止まってしまった。
それは、まだ幼い頃に高位貴族の子女たちが集う茶会での出会いだった。
透き通るようなホワイトブロンドに、強い意思が込められているようなアイスブルーの瞳。すっと背筋を正してカーテシーをする様子は女神のように美しく、その場の誰もが彼女に見惚れていた。
彼女は幼いながらに淑女として完成していたのだ。
それは貴族令嬢というよりも、まるで王女のような気品を備えていたのだった。
私は一目で彼女に心が奪われた。
あの瞬間から、彼女こそが己の伴侶になる女性だと、信じて疑わなかったのだ。
あの頃はまだ思慮分別のない子供で、私は茶会が終わって屋敷に戻るなり、父上に「ヨーク公爵令嬢と婚約したい」と強く懇願したのを覚えている。
しかし、父の無慈悲な言葉は、瞬時に地の底に落とされるような絶望を私に与えたのだ。
シャーロット嬢は、生まれた時から第一王子エドワードとの婚約が密かに内定している……と。
現国王の嫡男で、いずれは王太子となる第一王子エドワード・グレトランド。
私は、物心つく頃から、この男のことを憎々しく思っていた。
なによりもまず、現王家の者どもは先々代から下賤の血を引いている。平民の、薄汚れた血だ。
高貴な血は、存在そのものに価値がある。
我々は代々その血を守る為に、連綿と命を繋いでいると言っても過言ではない。
それを、一時的な情という浅はかなもので自ら価値を打ち捨てる行為は、愚の骨頂だ。
王家は、後世への影響を顧みずに、歴史的にも非常に愚かな選択を行ったのだ。
そのような下等の血を受け継いだエドワードは、とても国の頂点に君臨できるような器とは思えなかった。
あの下賤の血は勿論のこと、あの低い能力もだ。
あの男は、私が習い終わった事柄を、倍以上もの時間を掛けてやっと習得するような愚鈍で、学問も剣術も、常に私の遥か後方を歩んでいた。
そして、傲慢な性質。
卑しい血が混じって国内の高位貴族よりも濁っているのに、あの男は当然のように、己より良い血統の貴族らの上で、居丈高に振る舞っていたのだ。
あのような小物が、国一番の素晴らしいヨーク公爵令嬢と婚約するなど、絶対に許しがたいことだった。
幼かった私は、彼女に自分に振り向いてもらいたいと考えた。
その為に、もっと彼女に会えないかと画策したが、それは二人の立場により困難を極めたのだった。
ヨーク公爵家は国王派の筆頭貴族。
対して、我がドゥ・ルイス家は王弟派の嚆矢だ。そもそも、国王派と王弟派に貴族社会が二分したのは、我々の祖先が事の発端だった。
隣国の王女との間に出来た息子と、騎士だか何だか知らないが平民の女の息子――どちらが次の王に相応しいのか、火を見るより明らかだ。
しかし、現王家の子孫は、殊勝なことに卑しい血の女を選択した。
そこからグレトラント王国の歴史は、歪んでいったのだ。
ヨーク家は、不可解にも現王家の血筋を支持していた。
あのような高貴な家門が、一族より下等な血を受け入れるなど疑問だが、ヨーク家は建国時からの忠臣で王家には絶対服従。
それに当時は、継承権よりも国防が喫緊の課題になっていたので、国に内紛を起こすのは避けたかったのだろう。
だから、当時は仕方のないことだったのかもしれない。
だが、時が巡って現在、小さな歪は益々肥大化しており、今や現王家の存在こそが国の混乱の原因なのだ。
汚らわしい彼ら――特にエドワードは、欲にまみれ高貴なる者の務めを果たそうとしていないのは明白だ。
それらを正すためには、真の高貴なる血を引く我がドゥ・ルイス家が、玉座を取り戻さなければならない。
その為にも、私とシャーロット嬢の婚姻は不可欠だった。
彼女に相応しいのは私だけ……家柄も、何もかもが釣り合っているのは、私たち二人だけだ。
しかし、先の人生の彼女は、歯痒いくらいに愚かだった。
彼女は周りが見えない程に、エドワード・グレトラントに恋慕の情を抱いていたのだ。
はじめは仕方ないと思った。
あの男は顔だけは良かったから、彼女もその甘いマスクに騙されたのだろう。
それに、若い女性は悪い男に惹かれるもの。
世間知らずで経験の浅い貴族令嬢なら、一時期の気の迷いはあるだろう。彼女は、恋に恋している状態なのだと思えたのだ。
まずは二人を引き剥がさなければならない。彼女の目を覚まさせなければならない。
ついでに、あの男の地位や名誉も引きずり降ろそう。暗殺は容易だが、それよりも大衆に我々王弟派の正当性を誇示しなければ……と、私は考えた。
そこで、私の駒の一つである阿婆擦れ女――ロージー・モーガンを使うことにしたのだ。
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