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76 公爵令息の独白②
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ロージー・モーガン男爵令嬢……彼女とは偶然の出会いだった。
あれは、王都にあるドゥ・ルイス傘下の商会への視察の帰り、裏路地にひっそりと店を構えてある暗殺組織へと向かった時だ。
「きゃあぁぁぁっ!!」
卒然と女の悲鳴が聞こえ声の元へ目を向けると、彼女が暴漢たちに襲われそうになっている最中だった。
人通りの少ない治安の悪い地域……現王家の怠慢で王都内にも危険な区域があるのだ……で、若い女性が襲撃されることは珍しくない。
路地裏でこのような事件は日常で、放って置くのが裏社会の常識なのだが、私は貴族として女を助けることにした。
「た……助けていただき、ありがとうございます……!」
その女は、明るい栗色の髪に薄茶色の瞳で愛らしい顔立ちをしているが、特に華はない平均的な平民の女といった風貌だった。シャーロット嬢に比べると、輝く希少な宝石と薄汚い道端の小石くらいだ。
娘の名は、ロージー・モーガン。
地方都市の商人の娘で、父親が昨年に男爵位を買って貴族の仲間入りを果たしたばかりとのことだった。つまり、平民だ。
私は卑しい血の者は嫌いだ。
奴らは押し並べて育ちが悪く、天から与えられた霞を食しているくせに、もっともっとと権利ばかり主張してきて、不愉快極まりない生物なのだ。
私が王となった暁には、平民が金で爵位を買うなどという愚劣な制度は完全に廃止する予定だ。貴族とは、歴史ある血筋が全てなのだから。
ひとまず弱い女性を助けるという高貴なる者の義務を果たしたので、私は場を去ろうとしたのだが――……、
「……離してくれないか?」
「いっ、嫌ですぅっ!!」
「もう暴漢は去ったから問題ない」
「嫌ぁっ! 一緒にいるのぉっ!!」
「…………」
この女は無礼にも私の腕を強く両手で握って、頑なに離さなかった。
まずは紳士的に丁重に説得を試みたが、梃子でも動かない。どうやら初めて王都へ来て、右も左も分からずに参っているようだった。
平民の田舎娘の相手をしたくないので手を振り払おうとも思ったが、なにせ人目がある。
仮にもドゥ・ルイス家の者が、人前で女性を弾き飛ばして暴力を振るった……などと噂になったら、ほとほと困る。
それに、この女の家は爵位を買うほどに事業を発展させた実績があるのだから、いつか利用できる機会が訪れるかもしれない。
だから恩を売っておくかと、私はこの平民娘に王都の案内を引き受けることにしたのだった。
この娘と半日共に過ごして、私は辟易していた。
品がない、マナーがなっていない、言葉使いも下品……。
最後のほうは、このような下賤な娘を隣に置いている様子を知人に見られでもしたら、私の公爵令息としての沽券に関わるのでは……と、不安な気分になったくらいだ。
改めて、高貴な血は高貴な者同士で保持しなければならないと、強く思った。
そして、やはり私の運命の相手はシャーロット嬢、ただ一人だとも……。
こんな育ちの悪い卑しい娘は、平民の血の入っているエドワードにこそお似合いではないかと想像すると、不意にある名案を思い付いた。
この娘を利用してエドワードを籠絡させよう、と。
そして、あの王子を堕落させ位から引きずり下ろして、我々が王位を取り戻すのだ。
その計画を実現させる為にも、まずはこの娘を私の駒として育て上げることにした。
誂え向きにも、この娘は私に好意を持っている。
それを利して私は甘い言葉を囁いて、完全にこの娘を己の手中に収めたのだった。
無知な田舎娘を調教するのは容易だった。あれを使用したのも効を奏して、この娘は私が死ねと言えば喜んで死ぬような従順な雌犬に仕上がったのだ。
この娘は、私と交わった時は既に純潔ではなかった。
貴族令嬢ではあり得ないことだが、平民なら仕方あるまい。むしろ、その慣れた手腕で確実に王子を肉体的にも虜に出来ると期待したものだ。
故に、そちらのほうも教育することにした。この娘は、元より性に奔放なのか、喜んで奉仕の学習をした。
それから数年たって、王立学園への入学――ついに私の計画は本格的に始動したのだ。
長い間、水面下で準備を進めていた現王家を滅ぼす為の計略を。
そして、エドワードは、滑稽なほどにあの娘に夢中になったのだった。
それは私の計画通りだった。
あれは、王都にあるドゥ・ルイス傘下の商会への視察の帰り、裏路地にひっそりと店を構えてある暗殺組織へと向かった時だ。
「きゃあぁぁぁっ!!」
卒然と女の悲鳴が聞こえ声の元へ目を向けると、彼女が暴漢たちに襲われそうになっている最中だった。
人通りの少ない治安の悪い地域……現王家の怠慢で王都内にも危険な区域があるのだ……で、若い女性が襲撃されることは珍しくない。
路地裏でこのような事件は日常で、放って置くのが裏社会の常識なのだが、私は貴族として女を助けることにした。
「た……助けていただき、ありがとうございます……!」
その女は、明るい栗色の髪に薄茶色の瞳で愛らしい顔立ちをしているが、特に華はない平均的な平民の女といった風貌だった。シャーロット嬢に比べると、輝く希少な宝石と薄汚い道端の小石くらいだ。
娘の名は、ロージー・モーガン。
地方都市の商人の娘で、父親が昨年に男爵位を買って貴族の仲間入りを果たしたばかりとのことだった。つまり、平民だ。
私は卑しい血の者は嫌いだ。
奴らは押し並べて育ちが悪く、天から与えられた霞を食しているくせに、もっともっとと権利ばかり主張してきて、不愉快極まりない生物なのだ。
私が王となった暁には、平民が金で爵位を買うなどという愚劣な制度は完全に廃止する予定だ。貴族とは、歴史ある血筋が全てなのだから。
ひとまず弱い女性を助けるという高貴なる者の義務を果たしたので、私は場を去ろうとしたのだが――……、
「……離してくれないか?」
「いっ、嫌ですぅっ!!」
「もう暴漢は去ったから問題ない」
「嫌ぁっ! 一緒にいるのぉっ!!」
「…………」
この女は無礼にも私の腕を強く両手で握って、頑なに離さなかった。
まずは紳士的に丁重に説得を試みたが、梃子でも動かない。どうやら初めて王都へ来て、右も左も分からずに参っているようだった。
平民の田舎娘の相手をしたくないので手を振り払おうとも思ったが、なにせ人目がある。
仮にもドゥ・ルイス家の者が、人前で女性を弾き飛ばして暴力を振るった……などと噂になったら、ほとほと困る。
それに、この女の家は爵位を買うほどに事業を発展させた実績があるのだから、いつか利用できる機会が訪れるかもしれない。
だから恩を売っておくかと、私はこの平民娘に王都の案内を引き受けることにしたのだった。
この娘と半日共に過ごして、私は辟易していた。
品がない、マナーがなっていない、言葉使いも下品……。
最後のほうは、このような下賤な娘を隣に置いている様子を知人に見られでもしたら、私の公爵令息としての沽券に関わるのでは……と、不安な気分になったくらいだ。
改めて、高貴な血は高貴な者同士で保持しなければならないと、強く思った。
そして、やはり私の運命の相手はシャーロット嬢、ただ一人だとも……。
こんな育ちの悪い卑しい娘は、平民の血の入っているエドワードにこそお似合いではないかと想像すると、不意にある名案を思い付いた。
この娘を利用してエドワードを籠絡させよう、と。
そして、あの王子を堕落させ位から引きずり下ろして、我々が王位を取り戻すのだ。
その計画を実現させる為にも、まずはこの娘を私の駒として育て上げることにした。
誂え向きにも、この娘は私に好意を持っている。
それを利して私は甘い言葉を囁いて、完全にこの娘を己の手中に収めたのだった。
無知な田舎娘を調教するのは容易だった。あれを使用したのも効を奏して、この娘は私が死ねと言えば喜んで死ぬような従順な雌犬に仕上がったのだ。
この娘は、私と交わった時は既に純潔ではなかった。
貴族令嬢ではあり得ないことだが、平民なら仕方あるまい。むしろ、その慣れた手腕で確実に王子を肉体的にも虜に出来ると期待したものだ。
故に、そちらのほうも教育することにした。この娘は、元より性に奔放なのか、喜んで奉仕の学習をした。
それから数年たって、王立学園への入学――ついに私の計画は本格的に始動したのだ。
長い間、水面下で準備を進めていた現王家を滅ぼす為の計略を。
そして、エドワードは、滑稽なほどにあの娘に夢中になったのだった。
それは私の計画通りだった。
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