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6 小屋を作る

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※爬虫類が出てきます※





「……最近とても楽しそうですね、デニス様」と、ブレイク子爵令息は胡乱な目で主を見た。

「えぇ~? そうかな~~?」

 デニスはニタニタと顔を綻ばせながら、高い声音で答える。

「あんな中央貴族のいけ好かない娘のどこがいいんですか?」と、ブレイクのため息。

「可愛くて、面白いっ! ……そして可愛い! あと、面白い!」

 彼はきらきらと瞳を輝かせる。側近は主人が同じ言葉を繰り返すのに呆れて果てて、肩をすくめた。

「はぁ……オレには理解不能ですよ」

「お~う、それでいい。お前までマギーに惚れたら困るからな。もしそうなったら絶交だぃっ!」

「あー、はいはい。あの令嬢に構うのはいいですけど、ちゃんと仕事を終わらせてくださいね」

「よしっ、秒で終わらせるぞっ!」


 マーガレットが領地へやって来てからというもの、デニスは毎日が楽しくてしかたなかった。

 彼女と話していると時がたつのも忘れ去り、延々と一緒に居られてしまう。
 ちょっとずれているが、一生懸命なところや少し頑固なところが好ましく思った。

 公爵令嬢を迎えるにあたって、王宮からは特に説明はなかった。おそらく大声で言えない事情があったのだろう。

 王都でデニスと出会った頃には、既に王太子の婚約者だったマーガレット。その長い歴史に終止符を打つとなると、王都で大きな事件があったのは火を見るより明らかだ。

 彼女は王家から体よく処分された。
 どうせ、あの評判の悪い王太子が何か問題を起こしたのだろう。そのうえ自分のことを棚に上げて、理不尽に彼女を責めたに違いない。何か卑怯な手を使って彼女を貶めたのだ。

 婚約破棄は、彼女にとって酷く辛いものだったのだろう。あの奇妙な言動は、そこから来ているはずだ。

 ならば、自分のできることは、彼女の傷を癒やすことだ。
 辺境でやりたいことを全部やらせて、王都の悲しい記憶を忘却の彼方へ吹っ飛ばして欲しい。

 そして……マーガレットの片えくぼ。
 あの日、王宮で見たチャーミングな笑顔をもう一度見たいと切に思った。彼女は、まだえくぼを見せてくれない。

「絶対に俺がマギーを笑わせてやる……!」









「よし、これでやっと10本目……」

 わたしは相変わらず木を切っていた。小屋を作るために丸太が必要なのだ。

 はじめは辺境伯が実演してみせてくれて、枝を折るみたいに軽々と切り倒していた。
 だから、自分も簡単に出来ると思ったけど、ただ見るのと実際にやるのでは全く異なっていた。

 まず、斧が重い。一振り一振り、気合いを入れて振り上げなければならない。それだけで体力がごっそりと持って行かれてしまう。

 そして、刃こぼれ。斧の刃先はすぐに駄目になって、その度に研がなければならない。その作業がまた時間がかかるのだ。

「はぁ……」自然とため息が漏れる。「自立って難しいのね……」

 辺境伯には偉ぶって自立をするなんて宣言したけど、木を切るだけなのにこんなに重労働だなんて……。
 わたしは、本当に自立できるのかしら?


 ――カサッ。

 その時、奥の茂みで物音が聞こえた。
 また辺境伯かしら? あの人、たまに変な行動を取るから。……まぁ、いつもだけど。

「辺境伯様? なにをなさっていますの? もう、バレバレなんですからね」

「……」

 返事はない。全く、なにをやってるのかしら。

 仕方なく、斧を置いて茂みのほうへ向かう。きっと辺境伯がまた馬鹿な真似をやっているんだわ。本当に子供なんだから。

「ちょっと、辺境伯様? いい加減に――きゃあああぁぁぁぁぁぁあっっ!!」









「イヤあぁぁぁぁぁああっっ!!」

「マギーっ!?」

 何度目かの悲鳴のあと、やっと辺境伯がやって来た。これほど彼を待ち遠しく思ったことはない。

 わたしの身体は、赤ちゃんくらいの大きさの七色に輝く冷たい物体がペタペタと貼り付いて、それは無数の舌でペロペロと全身を舐めて来たのだ。

「ひぃぃぃっ!!」

 気持ち悪い! 気持ち悪い!
 粘液性の垂れた唾液がねちょねちょと絡み付く。くすぐったくて、気持ち悪くて、ぞわぞわと全ての皮膚が粟立った。

「こらっ! お前ら! マギーから離れろ! しっ! しっ!」

 にわかに辺境伯がそれらの物体に水魔法を放つと、蜘蛛の子を散らすようにザザッと離れていった。

 脱力して、へなへなとその場にへたり込む。身体中がべちょべちょで、不快感でたまらなかった。

「マギー、無事か? 怪我はない?」

「あ、ありがとう……怪我はないけど…………気持ち悪い」

「びっくりしただろう? あれはスペクタルカメレオンと言って、ただひたすら舐めるだけの魔物だよ。人間を傷付けるようなことはないけど、何が楽しいのかとにかく舐めてくるんだ。――って言うか、王都周辺には出ないんだっけ?」

「あ、あんな変なの生まれて初めて見たわよ!」

「そうか。そりゃ災難だったな。ま、国を守る身としては、王都が平和でなりよりだ」と、辺境伯は苦笑いをした。

「はぁ……。辺境って不思議なところだわ。わたし……本当にここで自立できるのかしら……」

「おいおい、何を弱気になっているんだよ? いつもの威勢はどうした!?」

「だって……木だって全然切れてないし……」

「もう10本も切っているじゃないか」

「あなたなら10本なんて一日も掛からずに終わらせるでしょう?」

「身体能力には個人差があるのだから仕方ない。少しずつだけど、前進しているよ。頑張ってるじゃん」

「そうかしら……」

 その時、にわかに身体がふわりと宙に浮いた。

「きゃっ――何をするのっ!?」

 それは、辺境伯がわたしの身体を包み込むように持ち上げたのだ。

「このままじゃ風邪をひく。一旦屋敷に帰って湯浴みをしようぜ」

「……っ」

 わたしの全身は、スペクタルカメレオンの粘液で、べちゃべちゃでどろどろだった。

 彼はわたしの返答も待たずに、すたすたと馬のほうへ向かって行く。硬質な肉体の彼から優しく抱きかかえられて、頑丈な肉体のはずなのに、なんだか柔らかく感じた。

 心地良いけど、このままじゃ――……、

「ま、待って!」

「ん? どうした?」

「このままでは、あなたまで汚れちゃうわ。一人で歩けるから、離してちょうだい」

「はっはっはー! これくらい何ともないぜー!」

「でも!」

「普段から魔物の返り血を浴びているから、平気だよ」

 そう言って彼はわたしを決して離さずに、屋敷まで連れて帰った。





「げ……えんがちょ……」

 ブレイク子爵令息が、顔を引きつらせながらわたしたちを迎え入れる。彼は心底嫌そうにこちらを見ていた。

「こら! ブレイク!」

「だって、デニス様。その女、汚ねぇじゃん」

「悪かったわね」

 屋敷に着くなり、わたしはメイドたちに預けられて綺麗にしてもらったのだった。
 あんなにべちょべちょに汚れていたのに、文句も言わずにお世話をしてくれて頭が下がるわ。……ブレイク子爵令息以外は。

 急遽、用意してくれたお風呂は薔薇の花びらが浮かんで香りが良くて、粘液の不快感や肉体の疲労さえも吹き飛んだわ。
 最近、慣れない力仕事で疲れが溜まっているみたいで、久しぶりのゆったりとした時間だった。
 湯船の温度が、辺境伯から抱き上げられた時の温かさに似ていて、不覚にも彼の顔が頭から離れなかった。

 なんだか、辺境に来てから驚くことばかりだわ。
 辺境伯とはもっとドライな関係になるだろうと思っていたけど、想定外に深く関わるようになって、すっかり調子が狂っている気がする。一人で自立するって決めたのに、彼はうるさいくらいに構ってきて。

 ……でも、それが嬉しい…………かもしれなくて。


「――駄目駄目。しっかりしなきゃ!」

 強く頭を振る。いくら彼がお人好しだからって、このまま甘えてちゃ駄目よね。
 当面の自分の目標は、小屋を作ること。
 明日から、また頑張らなくちゃ!

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