雫物語 Rewrite 〜神剣に導かれて神話の世界に行ったら『先祖の恩人の恩人』の姫を救う戦いに巻き込まれただけじゃないらしい〜

くろぷり

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紅の剣士と恐怖の剣

赤き悲劇2

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 森の中を切り裂くような、甲高い叫び声が周囲に響き渡った。

「きゃあああああああああ!」

 エストの声は、まるで魂が引きちぎられるような悲鳴だった。
 木々が震え、鳥たちが恐怖に飛び立つ中、彼女の目の前には信じられない光景が広がっていた。
 父クレイサーが血に染まり、冷たく横たわるその姿。
 そして……その傍らに立つ幼馴染の父親、ゲイン。
 父を切り裂いた男。
 血まみれの剣を握るその手が、エストの心を凍てつかせていた。
 彼女の瞳は焦点を失い、涙が溢れる前にただ茫然と揺れていた。
 何が起きたのか。
 なぜ、こんなことに……理解が追いつかない。

 森の入り口で出会った男の言葉が、頭の中で狂ったように反響する。

「裏切り者のゲインに、クレイサーが戦いを挑んでいる」

 ゲインさんは妹の病気の事で、父と話すのではなかったのか?
 助けになってくれるのでは、なかったのか?
 考えもしていなかったその一言が、彼女をこの場所へと駆り立てた。
 息が乱れ、肩が激しく上下している。
 心臓が、胸を突き破りそうに暴れていた。

「エストか? 何が起きたのか、自分にも理解が出来ないんだが……そんな事より、クエイサーに応急処置を……」

 ゲインの声の掠れた声が、エストの耳を通り抜けていく。
 理解出来ない?
 自分のやった行動が?
 その言葉を聞くや否や、エストの全身がゲインを拒絶した。

「いゃあああぁぁ!」

 恐怖と憎しみが爆発し、彼女は近付いてくるゲインを力任せに突き飛ばした。
 そして森の出口へと逃げるように走り出しす。
 足がもつれそうになるたび、父の声が脳裏を掻き乱す。

「ティアの病気の原因は、ゲインかもしれない。この村をヨトゥンに売ったと、情報もある。大丈夫だと思うが、ガイエンにも気をつけておいた方がいいだろう……」

 その言葉を聞いた時は、ティアが病気になった事で、父の頭が混乱しているのかと思った。
 しかし目の前で起きた現実が、その言葉を信憑性を高めている。
 もし父の言葉が真実なら、背後から追ってくる男は怪物だ。
 恐ろしくて、たまらない。
 誰か、助けて……ただその一心で、彼女は走った。

 ゲインはヨトゥンに襲われた時の様な慌て方で逃げて行くエストの背中を見つめ、心臓が締め付けられるような不安に襲われた。
 彼女を追わなければ……そう思った瞬間、横からヨトゥン兵の剣が唸りを上げて襲いかかってきた。

「っ!」

 その攻撃は、村の騎士でも避けられるような拙い一撃だった。
 だが、今のゲインは違う。
 動揺が、彼の全てを狂わせていた。
 剣が左肩を深く抉り、バシュッと鮮血が噴き出す。
 あまりの痛みに、一瞬意識が飛びかけた。

 その痛みが、彼を現実に引き戻す。
 二撃目が迫る。
 刹那……身体が本能的に動き、剣を紙一重で躱す。
 そして……一閃。
 ヨトゥン兵の胴を切り裂き、敵は血飛沫を上げて倒れた。
 ゲインの瞳に、冷静さを宿す光が宿る。

(ヨトゥン軍の陰謀だ! クレイサー……そして、このオレも利用された! 胸騒ぎが……収まらん!)

 彼は知っていた……敵の戦術家、クロウ・クルワッハの狡猾さを。
 肩から滴る血を気にする余裕もなく、ゲインは村へと走り出した。
 エストを……村を……この悪夢から救うために。

 村に辿り着いたゲインを待っていたのは、氷のように冷たい空気だった。
 かつては英雄と讃えられ笑顔で迎えられた彼に、今は誰もが敵意を向ける。
 視線が突き刺さり、心が軋む。

(嫌な予想通りの展開だ。まずは、事態を掴まなければ!)

 剣士の詰め所へ向かおうとしたその時、仲間の騎士の1人が近づいてきた。
 だが……その目は既に、友のものではなかった。

「ゲイン……お前、クレイサーを殺したのか? 村中がその話で持ちきりだぞ! ティアが病に伏せって、悩んでいるクレイサーを……なぜ殺した?」

「もう、話が回っているのか……エストが言い回っているのか? それとも、他の誰かが?」

 ゲインの胸に、疑問と焦りが渦巻く。
 エストが村に着いてから、まだ数分しか経っていない。
 それなのに、なぜ?
 不信感が膨らむ中……突然、耳を劈く叫びが上がった。

「裏切り者のゲインがいるぞ!  味方の情報をヨトゥンに流し、ティアを誘拐してクレイサーに罪を着せた犯人がっ! 我々を見限って、ヨトゥンに寝返ったんだ!」

 村人の声に、ゲインの心臓が凍りつく。

「何……だと? 誰が、ヨトゥンなどと手を組むか? みんな、何かの陰謀だ! この村を崩壊させる為に、ヨトゥン軍が策を巡らせている!」

 耳を疑った。
 話が、あまりにも歪んでいる。
 誰かが、意図的に嘘を織り交ぜている……それは、明白な陰謀だった。

 叫んだゲインの声は、虚しく村の中心地に響くだけだった。
 疑念の眼差し……
 恐怖に歪む村人の顔……

 その中で、ほくそ笑む1人の村人。
 その叫びを上げた村人は、実はヨトゥンだった。
 上級神聖魔法と呼ばれる堕変で、人間に化けた存在。
 神やヨトゥンが人間の姿を借りるこの魔法は、クロウ・クルワッハの得意技だ。
 彼はクレイサーを餌に村人を誘い出し、次々と殺た。
 殺した村人と同じ姿に化けたヨトゥン兵を村に潜入させて、同じように生活させていた。
 来たるべき時に備えて……
 用意周到に動いている策略の全貌を、ゲインはこの時まだ知る由もなかった。
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