雫物語 Rewrite 〜神剣に導かれて神話の世界に行ったら『先祖の恩人の恩人』の姫を救う戦いに巻き込まれただけじゃないらしい〜

くろぷり

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紅の剣士と恐怖の剣

白銀の戦乙女2

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 ガァキキキィィン!

 その瞬間……風がまるで咆哮する獣のように唸りを上げ、一陣の突風となって彼を救った。
 その風が運んできたのは、激しさとは逆の柑橘系の清涼な香り……オレンジとレモンが混じり合った様な、鋭くもどこか懐かしい香りが戦場の血と硝煙の臭いを一瞬にしてかき消た。

 戦場には似合わない甘い香りが航太の肺を満たし、心に僅かな余裕が生まれた。
 まるで天からの啓示のように、それは希望の残響だった。  
 開かれた瞼の先では、銀色の髪が嵐のように激しく揺れ動き吹き荒れる風の中で壮絶に舞い上がる。
 漆黒の闇の中ですら輝きを放つその髪は、光の刃となって空を切り裂く。
 まるで神話の戦士の魂が宿ったかのように、崇高で苛烈な美しさを放っていた。  

「ちっ! ゼークか……もう、戻ってきやがったのか!」  

 恐怖と驚愕が絡み合った叫びは、喉から絞り出されるように響いた。
 苛立ちに歪んだガイエンの顔が、信じられないといった表情を浮かべる。

 そこにはオゼス村の焦土と化した廃墟から、血と涙に塗れた手で生き残りの村人達を救い出した後の戦乙女ゼークが屹立していた。
 ボロボロに裂けたマントが風に翻り、煤と汗に汚れた顔には仲間を守るためなら命すら投げ出す覚悟が炎となって燃え盛っていた。
 彼女は救援の使者として、オゼス村のヨトゥンを撃退すると直ぐに駆けつけたのだ。

 細い腕がまるで天を裂く雷鳴のように震え、想像を絶する力が爆発的にほとばしる。
 彼女の握るバスタード・ソードが空気を切り裂き、疾風と共に大地を震わせた。
 ガイエンはその圧倒的な勢いに抗えず、よろめきながら一歩……また一歩と後退した。
 空気が軋むような緊張が戦場を支配し、次の瞬間を予感させる不気味な静寂が訪れる。  

 その時……
 ポツリ……ポツリ……
 ザアアアァァァ……

 空が泣き出し、冷たい雨が大地を叩き始めた。  

「航太さん、大丈夫ですか!?」  

 ゼークの声が、雨音を切り裂く。
 濡れた銀髪が揺れるたび柑橘系の香りが漂い、航太の心に奇跡のような安らぎをもたらした。  

「エリサ、航太さんの傷を診てあげて。ガイエンは、私が抑えるわ!」  

 ゼークの指示に、航太は首を横に振る。

「まだ……まだ大丈夫だ! 俺はまだ、戦える!」  

 航太はエアの剣を握り直し、声を張り上げた。
 自分より年下であろう少女に、頼り切りたくない……そんな意地が、彼を突き動かしていた。  

「航太様、傷だけでも癒します。戦闘中は、何が起きるか分かりません! このぐらいの傷なら、直ぐに終わりますから!」  

 エリサが静かに呪文を唱えると航太の全身が薄緑の光に包まれ、ヘルギに付けられた傷が跡形もなく消えていく。  

「エリサさん、ありがとう! これで、少しはマシに戦える!」  

 航太は即座にゼークに加勢しようとするが、すでに戦況は一変していた。  

 雨がヘルギの赤い輝きを曇らせ、その力を半減させていた。
 そして剣技において、ゼークはガイエンを圧倒していたのだ。  

(すげぇ……可愛いだけじゃねぇ、こんなに強いのかよ!)  

 銀髪を激しく振り乱し雨の中を疾風のごとく舞うゼークの姿は、戦いの女神そのもの……いや、それを超えた圧倒的な存在感を放っていた。

 彼女の剣はただ風を切り裂くに留まらず、まるで嵐そのものを従え降りしきる雨すらその刃に跪かせるほどの勢いで振るわれた。

 一閃ごとに空気が震え、地面に叩きつける雨粒が彼女の周囲で弾け飛ぶ。
 まるで水の幕が彼女の戦意を讃えるかのようだった。

 ガイエンはその猛攻に抗おうと剣を構えるも、ゼークの刃は予測不能な軌跡を描き彼の防御を次々と打ち砕く。
 彼女の足運びは雨に濡れた大地をものともせず、滑るように移動しながら間合いを詰めていく。

 一撃ごとに、ガイエンの息を奪う。
 刃が交錯するたび火花が飛び散り、雷鳴のような金属音が戦場に響き渡る。
 ヘルギが輝く余裕すら与えない猛攻で、ガイエンを追い詰めていく。

「ヘルギの力が弱まるこの状況、俺が不利だ!さすがは7国の騎士の末裔……くやしいが、単純な剣術じゃ奴が上か!」  

 ガイエンは身体を引いてゼークから一瞬の隙を引き出すと、ヘルギを一瞬だけ強く輝かせた。  

「くっ! ヘルギの力か……」  

 ゼークの動きが、刹那止まる。
 その僅かな隙を突き、ガイエンは踵を返して逃げ出した。  

「今日は、退屈しのぎで隊を離れてただけだ。次に会う時は、必ず勝負をつけるぞ!」  

 その背中は雨に霞み、やがて見えなくなった。  

 通り雨だったのか……ガイエンの姿が消えると同時に雨が止み、 空に淡い光が差し込み始めた。  

「おい……あんた、大丈夫か? エリサさん! この人も頼む!」  

 航太は胸を裂かれた男に駆け寄り、エリサに助けを求めた。
 エリサは魔法を試みようとするが、すぐに顔を曇らせて首を振る。  

「航太様……この方、生命の灯がもう……これでは……」  

 女性の声が、遠くに聞こえる……
 男の……レイの意識は風に散る花びらのように儚く薄れ、やがて遠い記憶の海へと静かに沈んでいった。
 息も絶え絶えに閉じゆく瞼の裏に最後に浮かんだのは、戦火に焼かれ尽くした荒野の情景だった。
 黒煙が空を覆い焼けた土の匂いが鼻をつき、耳に響くのは遠くで途切れた悲鳴の残響。  
 赤き男が作り出した絶望の大地で、彼は彼女と出会った。

 ティア……その名を思うだけで、レイの胸は締め付けられるような痛みと温もりで満たされる。  
 彼女は、そこに佇んでいた。
 ボロボロに裂けた服がまるで彼女の傷だらけの心を映すように細い身体を包み、煤と涙に濡れた頬が風にさらされている。
 擦り切れた布の端が寂しく揺れ、彼女の小さな足元には冷たい瓦礫と灰色の土が寄り添うように広がっていた。

 それでも、ティアの瞳は別だった。
 その瞳は、まるで夜空に瞬く最後の星のように深い悲しみと優しさを湛えながら、消えない希望の光を宿している様に見えた。
 レイはその眼差しを思い出すたび、心が震え涙がこぼれそうになる。
 あの出会いは彼の凍てついた魂にそっと触れ、冷え切った胸に温かな波紋を広げた。
 ティアの存在は彼にとって救いであり、失うことのできない祈りだった。

 レイはガイエンに付けられた傷を憎悪に満ちた手で触り、そして動かなくなった……
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