雫物語 Rewrite 〜神剣に導かれて神話の世界に行ったら『先祖の恩人の恩人』の姫を救う戦いに巻き込まれただけじゃないらしい〜

くろぷり

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紅の剣士と恐怖の剣

一真の戦い2

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 一真は決意と共に、神剣グラムを握った。
 その手には、救いたい命への執念が宿っている。
 ガラス製のグラスに剣を振り下ろすと、ガラスが溶け出し灼熱の涙のように赤く輝いた。

 一真はためらうことなく、その燃える液体状になった塊を素手で掴んだ。
 皮膚が焼ける感覚が全身を貫き、心臓が締め付けられるような痛みが彼を襲う。
 それでも一真は手を止めず、ストローの形に丸め始めた……ただ、彼女を救いたいという思いだけで……

「ぐぅっ!」

 熱が肉を焦がし、鼻を突く臭いが一真の意識を揺さぶる。
 溶けたガラスが手に食い込み、血と混じり合って赤黒い川が流れ落ちた。
 皮膚が溶ける悍ましい感覚は、まるで自分の命が削がれているかのようだった。
 それでも一真は先端を尖らせ、針へと作り変える。
 彼女の命を繋ぐためなら、こんな痛みなど何でもない……そう、自分に言い聞かせながら。

「ぬあぁぁぁぁぁ!」

 そんな気持ちを嘲笑うかの様に、火傷した皮膚にガラスの破片が突き刺さり鋭い痛みが魂を引き裂く。
 一真の絶叫は空に届き、雲を震わせるかのようだった。
 彼の声には痛みだけでなく、届かない命への慟哭が込められていた。

「一真様!」

 ネイアの叫びが、響き渡る。
 彼女の目に映るのは、血とガラスにまみれた一真の手……
 たまらず冷気の魔法を放つと、凍てつく風が一真の手を包み込んだ。
 その瞬間、一真は力尽くで皮膚ごとガラスを剥ぎ取る。
 血が、床に叩きつけられた。
 まるで彼の心が零れ落ちたかのように、赤い花が咲き乱れた。
 ネイアの胸は締め付けられ、涙が溢れる。

 回復の魔法をかけようと、手を伸ばすネイア。
 だが……一真の火傷し腫れ上がった手が、ネイアの手を掴み静かに押し戻す。

「魔力は、必要な時にとっておいて。こんな傷、彼女の今の状況と比べたら大した事ない」

 その言葉は、ネイアの心に突き刺さった。
 一真の声には痛みを押し殺した優しさと、揺るがぬ決意が滲んでいる。
 ネイアの手が震え、閉じる。
 瞳に溜まった涙が頬を伝い、床に落ちた。

 この人はなぜ、他人のためにここまで自分を捨てられるのか? 
 絶望が全てを飲み込む瞬間でも、なぜ希望を握り潰さないのか? 
 彼女の心は理解を超えた一真への畏敬と、止められない悲しみで溢れていた。

「一真様、なぜそこまで……そして、この道具は何ですか?」

 ネイアの声は涙に震え、喉が詰まった。
 一真が作り上げた奇妙な道具……それは、彼女にとって未知の形だった。
 使用用途を知っておかなければ、手伝う事も出来ない。
 彼の戦いに、少しでも寄り添いたい。
 その想いが、彼女の言葉に滲み出ていた。

「これを血管に刺して、血を流し込むんだ! 彼女の命の灯を……取り戻す為に!」

 一真の瞳に、涙はない。
 痛みを超越した決意が宿り、星のように輝いていた。
 彼女を救うためなら、自分の全てを捧げてもいい……その覚悟が、彼を突き動かしていた。

 だが……水がない。

 倒れた女性の体温が、少しずつ冷えていく。
 血は止まったが、彼女の命は細い糸のように揺れていた。
 床に広がった血は乾き、固まっていく。
 まるで希望が砕け散る音を立てられている様に……ゆっくりと、少しずつ……
 一真の胸は締め付けられ、彼女の命が遠ざかるたび心が引き裂かれる。
 水と血を混ぜ、魔法で清め、体内に戻す……その一連の行為が、彼女を死の淵から引き戻す唯一の希望だった。

 固まった血に再び命を吹き込む為には、どうしても水が必要だ。
 その水が……ない。

 絶望が2人を飲み込もうとしたその時、玄関が音を立て開いた。

 助けか?

 一真の目に希望の光が宿り、心が跳ね上がる。
 一真は、勢いよく振り返った。

「あ~、人が倒れてた民家だったでしゅ~。血で、汚れてしまったでしゅ~。やっちまったでしゅよ~」  

 ガーゴの間の抜けた声が、一真の希望を木っ端微塵に砕いた。
 肩が落ち、心が奈落へと沈む。
 彼女を救えないかもしれない……その恐怖が、彼の全身を凍り付かせた。

(どうする……このままじゃ、彼女が……)

 ポツリ……ポツリ……  
 ザアアアァァァ……

 突然、空が裂けたかのような豪雨が大地を叩いた。
 雨音が轟き、雨粒が希望の鼓動となって一真の心に響く。
 一真は、自らの手を見つめる。
 腫れ上がり血が滲むその手は、まるで彼の壊れた心を映し出していた。
 火傷した手で、水を運ぶのは困難だ。
 ネイアには、別の役目を果たしてほしい。

 自分が行くしかない……歯を食いしばったその瞬間、閃光のような名案が一真の魂を貫いた。

「ガーゴ! 水を運んできてくれ!」 

 一真の声は、豪雨を凌駕する希望の叫びだった。
 彼女を救いたいという想いが、彼の全てを突き動かしていた。

「無茶でしゅ~! ガーゴは、ヌイグルミなんでしゅからね~!」

「都合のいい時だけ、ヌイグルミかよ! だけどヌイグルミだからこそ、できるんだ! その身体に、大量の雨水を吸って来てくれ!」  

 一真の叫びに、ガーゴの体が震え上がる。
 その瞳に宿る必死の願いが、ガーゴの小さな心を揺さぶった。

「一真、恐いでしゅ~! 行くでしゅ~! 水を吸うと、重くなって嫌なんでしゅよね~!」  

 泣き言を漏らしながら、ガーゴは嵐の中へと飛び出した。
 その背中に、一真は全てを託した。

「ネイアさん、床の血に水を含ませて、液体に戻せますか?」

 一真の声は、命を懸けた懇願だった。
 その心は、彼女を救うためだけに燃えていた。

「大丈夫です。そんな魔法がなかったとしても、やってみせます。一真様が道を示してくださるなら……私は、どこまでもついていきます……」

 ネイアの声は震え、涙が溢れる。
 彼女の胸には一真への信頼と、彼の痛みを少しでも癒したいという切なる願いが渦巻いていた。

「ありがとう! けど、無理な時は無理って言って下さいね!」  

 一真はポケットからビニール袋を取り出して、穴を開けてガラス製のストローを通す。ネイアに魔法でビニール封を頼み、ガーゴの帰りを待った。
 彼の心は、希望と恐怖の間で揺れていた。

 ガラガラッ!

 裏口が開き、ずぶ濡れのガーゴが嵐を引き連れるように戻ってきた。

「もー、ビチャビチャで重いでしゅ~! もー嫌でしゅ~!」

 ガーゴの愚痴に、一真は笑みを浮かべる。

「サンキュー、ガーゴ! けど、もーもー言ってると、アヒルじゃなくて牛になっちゃうよ」

 冗談で緊張を切り裂きながら、一真は自らの震える心を抑え込む。
 これからが、真の戦いだ。
 真剣な表情に戻った一真はネイアに視線を向けると、彼女は涙を堪えて力強く頷いた。

 魔法が迸り、ガーゴの体から水が絞り出される。
 床の乾いた血と混ざり合い、赤黒い液体が再び命を宿した。
 血液はビニールへと流れ込み、別の魔法で一瞬にして消毒される。
 ネイアの瞳には、彼女を救いたいという祈りが宿っていた。

「一真様、もう大丈夫です!」

 ネイアの額から汗が滝のように流れ、膝が崩れ落ちる。
 彼女の心は一真に全てを捧げた瞬間、限界を超えていた。

「ありがとう! ネイアさんは、休んでて! 繋げてくれた希望を、絶対に無駄にはしない!」  

 一真は女性の上腕を全力で握り、駆血をしようとした。
 だが火傷した手が悲鳴を上げ、力が入らない。
 心が……折れそうになる。

「くっ……」

 痛みよりも、彼女を救えない苛立ちが一真を苛んだ。
 血流の少ない血管に、無謀にも針を刺すしかないのか?
 お手製の針は太く、少しのミスも許されない。
 血管から外れた場所に、貴重な血を流す訳にはいかなかった。

 再び駆血を決意した……その時、手が優しい緑の輝きに包まれた。

「ネイアさん、無茶だ!」

 彼女の魔力は、枯渇しているはず……
 そんな状態で魔法を使うのは、命を削るようなものだ。
 先程の魔法ですら、魔力を絞り出して使っていたのは分かっていた。
 魔法の知識が無くても、そのぐらい分かる。
 見てて分かるぐらい、消耗した状態で魔法を使っていた。
 短時間で回復するような状態でないのは、明らかだった。

 一真の心は、震えた。
 力ないネイアの瞳には、それでも決意の力が宿っている。
 最後の力を振り絞る為の力……それは、白いヌイグルミから与えられていた。

「一真様、これが最後です。私と……ガーゴちゃんの全てを、預けます。後は、頼みました……」

 ガーゴの全身からネイアの身体に、緑の光が繋がっている。
 そしてネイアの手から、一真の手に緑の光が繋がっていた。
 その光は、2人の魂から一真に注がれる最後の贈り物だった。

「もー、ガーゴはフラフラでしゅよ~。航太達といた方が、楽だったでしゅ~」

 ガーゴの小さな声に、一真の瞳に熱い涙が溢れる。
 彼はその涙を振り払い、2人の想いを胸に刻んだ。

「ありがとう、ネイアさん……ガーゴ! 必ず助ける!」

 一真の集中力は、極限を超えた。
 微かに浮かぶ血管を捉え、看護学校から持ち出したアルコール綿で拭く。
 通常なら不可能なその血管に、針を刺す。
 一真には、確信があった。
 全てが、見える……位置も、深さも。
 それは、ネイアの思いが彼に与えた奇跡だった。
 一真は一息つき、ガラスの針を一気に突き刺した。

 血液は……逆流してこない。
 それでも一真は、迷わずにゆっくりとビニール袋を掲げる。
 血が、少しずつ流れ始める。
 刺した部位は腫れず、女性の脈が僅かに力強さを増していった。
 蒼白だった顔が、血色を取り戻していく。

「やった!」

 ネイアの涙声が、響く。
 たった1人の命を救っただけだ……それなのに、心が熱くなる。
 命の尊さを、胸一杯に感じた。
 彼女の瞳には喜びと、安堵と……一真への深い愛情が宿っていた。

 ビニールの血が尽きると一真は針を引き抜き、アルコール綿で傷口を押さえた。

「ふう……」

 長い長い溜息とともに、一真の緊張が解ける。
 女性の瞼が僅かに震え、そして目が開いた。

「大丈夫ですか?  名前は……分かりますか?」

 一真の声は、命を呼び戻す祈りだった。
 彼女が生きてくれた事に、ただ感謝した。

「名前……私の名前は、ティア・ノースラン……」

 その言葉を残し、ティアは深い眠りに落ちた。一真の胸に安堵の涙が溢れ、床に落ちた。
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