雫物語 Rewrite 〜神剣に導かれて神話の世界に行ったら『先祖の恩人の恩人』の姫を救う戦いに巻き込まれただけじゃないらしい〜

くろぷり

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紅の剣士と恐怖の剣

決意の夜明け1

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 朝の薄明かりが、空を切り裂くように差し込み始めた。
 冷たくも清冽な風が吹き抜け、血と汗にまみれた大地を浄化するかのように周囲を包み込む。
 航太は立ち尽くし、胸の奥で静かに燃える安堵と疲弊を感じていた。
 ついさっきまでの激戦……それはまるで悪夢のように遠く、信じがたい静寂が彼を支配していた。

 ガラガラ……

 重々しい音とともに、民家の朽ちかけた扉が開いた。
 一真が現れ、その背には血に染まった女性が力なく寄りかかっている。
 彼女の命は、細い糸で繋がれているかのようだった。
 智美が息を呑み、一真に駆け寄る。

「その人……ガイエンに斬られた人だよね? まだ、生きてるの? 大丈夫なの?」

 一真の顔は、疲労と痛みで生気を失いかけていた。
 それでも目を細め、掠れた声で呟く。

「なんとか……生きてる。でも……まだ、どうなるか分からない。いや、ホワイト・ティアラ隊の人達が何とか……助けてくれるはずだ」

 その言葉は力無く風に溶け、虚しく響いた。
 彼の肩は重く下がり、治療という名の戦いの爪痕がその身に刻まれているのが見て取れた。

 ネイアに抱えられていたガーゴは、その腕からフワリと智美に飛び移る。

「ガーゴ、すっごく大活躍だったんでしゅよ~! 一真なんて、命令するだけで全然役に立たなくてダメ駄目だったでしゅ~!」

 場に不釣り合いな明るさで、得意気に話すガーゴ。

 その無垢な声が、智美の凍りついた心を一瞬だけ解きほぐした。
 彼女は男の死が残した深い傷を押し隠し、優しくガーゴの頭を撫でる。

「そう……ガーゴも頑張ったのね。偉いぞ……偉かったね」

 無事だった安堵感が押し寄せ声が僅かに震えた智美は、涙を堪えるように微笑んだ。

 その光景を、航太は遠くから見つめていた。仲間たちの命が無事であることと戦いを切り抜けた事実が、彼の胸を熱く締め付けた。
 生きて……いる。
 それだけで、涙が溢れそうだった。

 ネイアは白いローブに身を包んだ女性たちと短く言葉を交わし、一真へと鋭く振り返る。

「一真様、こちらへ! その手は、まだ治療が必要です」

 その声は、優しさと命令の間で揺れていた。

 そして、白いローブの集団……ホワイト・ティアラ隊の隊員たちに向かって、ネイアは疲労を感じさせない凛とした声で命じる。

「全員……女性の手当てと、一真様の治療を急げ! 女性の方は、命の灯が消えかけている! それでも、一真様が必死に繋げた命だ! 無駄にするな!」

 一真は背負っていた女性……ティアをホワイト・ティアラ隊の隊員たちに預け、自らも膝をついて治療を受け始めた。

 一瞬の魔法で、完治するはずはなかった……
 焼けただれた手からは血が滴り始め、一真の顔は苦痛に歪むんだ。
 その手を握ったネイアは跪き、静かだが熱を帯びた声で語りかけた。

「私、一真様の意志の強さに震えました。人を救いたいという、その想い……私は医療部隊の長として、恥ずかしいです。たった1人、知らぬ人間だから助ける理由が見つからない……そう思ってしまった、自分の心が。見習わなきゃいけない……そう、感じます」

 一真は目を閉じ、手の平から伝わる鋭い痛みに耐えながら呟いた。

「そんなこと……ない。結局、赤ん坊は助けられなかった。オレの力だけじゃ、女性も助けられなかった。ネイアさんが限界を超えてまで与えてくれた力がなかったら、どうにもならなかった。無理をさせてしまって、ごめんなさい……」

 悔しさが彼の声を砕き、沈黙が2人を包んだ。
 しかし次の瞬間、彼は顔を上げネイアを真っ直ぐに見つめた。

「オレを、ネイアさんの隊に入れてもらう事は出来ませんか? ネイアさんの元で、多くの事を学びたい。だから、様ってって呼ぶの……止めてください。できたら同じチームの仲間として、一緒に多くの人を救いたい」

 ネイアの瞳が揺れ、驚きと敬意が交錯した。ネイアは小さく頷き、力強く答えた。

「一真の考えは、分かったわ。私も一真から、多くの事を吸収したい。ホワイト・ティアラ隊に迎え入れられるよう、アルパスター将軍に直訴します。大丈夫……拒否されたって、強引にでも入隊してもらうから! よろしくね、一真!」

 呼び捨ての響きに、一真はこの世界に来て初めて安堵を感じた。
 回復した手で神剣グラムを握り直し、彼の心に炎が灯る。

(この世界で、オレにしかできない事がある。その為に、皆んなに苦労をかけるかもしれない。でも、やるしかない……この部隊の全てを、背負う覚悟で……)

 その決意は、静かに……しかし確実に燃え上がり、一真の魂を貫いた。

「オゼス村の生き残りを、救いに行くぞ! 村の部隊と合流し、1人でも多くの者を救う! 動ける者は、ついてこい!」

 ゼークの声が大地を震わせ、彼女は馬に飛び乗った。
 華奢な身体に、可憐な顔立ち……
 小さな身体で敵の将を追い返し、更に村に戻り救出作戦の指揮をとろうとしている。
 その姿を見て、奮い立たない人間などいない。

 航太たち4人も、折れそうな体に鞭を打ちオゼス村へと急いだ。
 誰も言葉を発する事なく、村への道を急ぐ。
 心の底では、村の惨状が恐ろしかった。
 それと同時に、村の状況を知りたいという衝動にも駆られていた。
 この世界と、自分たちがかつて知っていた平穏な日常との断絶が、4人の魂を切り裂いていた。

 そんな中、ガーゴをお手玉の様にして遊んでいた絵美が疑問を口にする。

「カズちゃん……あの女の人、よく生きてたね。ガイエンなら、一撃で仕留めてると思ったけど……」

 絵美が一真に声をかけると、彼は腕を組みながら答えた。

「そうだね……腹部に深い傷があったけど、内臓までは届いてなかった。オレたちが来たから、様子を見るために外に出た……止めを刺すタイミングを、逃したのかな?」

「どうなんだろ? 考えたくもないけど、女性を甚振る趣味とかあって……甚振ってる最中に私達が来たから、手を止めた可能性もあるよね」

 智美は自分の想像に嫌悪感を感じ、身を震わせる。

「まーまー、でもさー……こうやって話しながら歩いてると、大学のキャンパスをみんなで歩いてるみたいだね!」

 絵美がガーゴを頭に乗せ笑い、暗くなっていた場を明るくした。

 絵美の声に、皆の心が一瞬だけ軽くなった。暗闇を切り裂く絵美の明るさに、航太は救いを覚える。

(絵美の声って、どんな時でも明るくなるパワーがある。気分が沈んでる時は、いつも皆んなを救ってくれて助かるな……)

 航太は絵美を見ながら、何を考えているか分からない彼女の笑顔に助けられている事を実感する。
 それと同時に、智美と同じ疑問に行き着く。

 大剣を振り翳し、不意打ちで襲って来た男を一振りで斬り裂いた剣……
 それ程の腕を持つガイエンが、打ち損じるなんてあり得るのか?
 智美の言う通り女性を甚振る様な男だと、航太は思えなかった。
 だとしたら……なんだ?

 疑問が頭をよぎる中、一真が思い出したように呟いた。

「そういえば……最後に一瞬だけ、意識が戻ったんだよ。直ぐに、意識を失っちゃったけど」

「えー、本当に! 何か喋った? 愛の告白とか、しちゃった?」

 絵美が目を輝かせると、肩のガーゴが騒ぎ出した。

「一真は、馬鹿でしゅからね~。名前しか聞かなかったでしゅ~! レデーに、失礼でしゅよね~。お茶に誘うのが先でしゅよ! お嬢しゃん、一緒にお茶でもいかがでしゅか? って、言えば良かったんでしゅ!」

 一瞬の静寂が流れ……絵美ですら、ガーゴに冷ややかな視線を向ける。

「で……なんて名前だったの?」

 呆れた顔で、ガーゴを視界に入れない様に一真に声をかける智美。

「し……シカトでしゅ……」

 ガーゴは泣きながら絵美に抱きついたが、そのまま無言でリリースされた。

 その一部始終を頭を掻きながら見ていた一真が、その時の情景を思い出しながら口を開く。

「ティア・ノースラン……って言ってたな……」

「ティア? どこかで聞いたような? どこかで聞いたよね?」

 絵美が航太と智美の方に振り返り、同意を求める様に手を動かす。
 その時、智美が思い出し声を大きくする。

「分かった! ティアって、ガイエンの昔話に出てきた女の子の名前だ!」

「昔話って……航兄達は、ガイエンと仲良くなってた訳? こっちが必死に人命救助している時に……」

 一真からの疑う様な視線を感じた航太は、慌てて手を振り否定する。

「何を勘違いしてんだ! こっちだって、なかなかの激戦だったんだぜ! ガイエンが急に過去の話を始めるから、コッチがビビったぐらいだ。その後にガーゴの野郎が余計な事を言いやがって、更に大変になったんだよ!」

 草むらから尻尾と後ろ脚を出して動かないガーゴを睨み、航太は怒りを吐き出した。

「まぁまぁ……ガイエンが昔話したくなったのて、ティアさんと同じ名前の人と出会ったからなのかな? 確かティアさんの名字ってファンライトだよね? ノースランじゃなかった気がする……」

「そっか……分からない事もあるけど、ティアさんの意思が戻ったら分かる事もあるかな?」

 智美と一真の話を、航太は腕を伸ばしながら聞いていた。

「何にしても、生きてるんだ。それで、いいだろ……」

 航太は、疲れ果てた声で遮った。
 もはや思考する力も使いたくないというのが、本音だ。
 が……まだ、状況は休みを与えてはくれない。

「うわっ……何! この、嫌な臭い!」

 村が近づくにつれ異臭が強くなり、絵美が顔を歪めた。

 血の臭いに混じり腐敗した死の匂いが風に乗り、鼻を突いた。
 オゼス村は、すぐそこに迫っていた……
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