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第三章 八年前とは違う夏
第十八話 先の読める展開
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試合開始時刻になると、真っ黒に日焼けした球児達が整列した。両校が向き合って挨拶すると機敏な動きで所定の位置についた。
一回の表、攻撃は前北高校だ。ピッチャーの透矢は、初回からマウントに立っていた。前北高校の応援席では、吹奏楽部の演奏が球児達を鼓舞している。力強い音色を聞くだけで、臨戦態勢に入る感覚になった。
前北高校の一番がバッターボックスに入る。透矢は緊張した面持ちで初球を投げた。
ストライク。透矢の球は、吸い込まれるようにキャッチャーのグローブに収まった。
隣に座る日和が安堵の溜息をつく。こずえ姉さんと透矢の妹達は、声をあげながらガッツポーズをしていた。
緊張の色を浮かべていた透矢も、二球、三球と投球を重ねるたびに、表情が柔らかくなる。
「透矢さん、調子いいみたいだね」
「ああ、そうだな」
滑り出しが好調だったこともあり、初回は無得点で抑えた。伊崎高校の応援席に歓声が沸く。盛り上がる観客とは裏腹に、俺は頬杖をつきながら試合展開を眺めていた。
俺は過去にもこの試合を観戦している。大まかな試合展開も記憶に残っていた。
結論から言えば、この試合は伊崎高校の勝利で終わる。二回の裏で伊崎高校が四得点し、そのまま押さえて勝利した。何事もなければ、今日の試合もそのように進んでいくだろう。
勝敗を知っている試合ほど、つまらないものはない。俺は周りとの温度差を感じながら、最後まで試合展開を見守っていた。
結局この日も、四対〇で伊崎高校が勝利し、準決勝出場が決まった。透矢をはじめとした野球部の面々は、嬉しそうに肩を組んでいた。
◇
試合が終わると、日和は透矢の妹達を連れて伊崎高校の野球部と合流する。日和からは一緒に行こうと誘われたが断った。野球部とは無関係の俺が行っても邪魔になりそうだったからだ。
こずえ姉さんは、高校時代の同級生と再会したらしく、球場の外で楽しそうに会話をしている。俺と朝陽は木陰で涼みながら、こずえ姉さんの無駄話が終わるのを待っていた。
「野球している透矢さん、めっちゃカッコ良かった! パパも見たでしょ、あの真剣な顔!」
朝陽は目を輝かせながら、俺の肩をバシバシと叩く。興奮気味の朝陽に呆れながらも、その発言には同意した。
「ああ。野球をしているときのあいつは、カッコ良いよ」
「おおっ! パパが珍しく素直だ!」
「その言い方だと、俺が普段からひねくれてるみたいじゃないか」
「ええー、大体ひねくれてるじゃん!」
俺の指摘に、朝陽はケラケラと笑っている。そんな朝陽の反応が気に食わなくて、俺はあえて毒のある言い方をした。
「まあ、伊崎高校は次の試合で負けるんだけどな。透矢の活躍も、これで終わりだ」
それはこれから辿る未来だ。伊崎高校は、次の試合で甲子園常連の強豪校にあたる。そこで圧倒的な得点差を付けられて敗北するのだ。
その事実をこの時代の人間にバラしたら問題になりそうだが、未来から来た朝陽にだったらバラしても問題ないだろう。俺の言葉を聞いた朝陽は、冷めた視線でこちらを見つめる。
「うっわ、ネタバレとか最悪。知らなければ、楽しく観戦できたのに」
その反応が妙に可笑しくて、俺は小さく吹き出した。
「余計なこと言って悪かった。そんなに怒るなよ」
「いまさら謝ったって遅いよ! あーあ、パパのせいで興ざめだよ」
朝陽は不貞腐れたように背中を向ける。その背中にもう一度謝ろうとしたところで、違和感を覚えた。
目を擦ってから、もう一度朝陽の背中を見る。セーラー服をまとった朝陽の身体から、向こう側の景色が透けて見えた。
朝陽の身体と前方に広がる並木道が、一度に視界に飛び込んでくる。まるでガラス越しに向こうの景色を見ているようだった。
「お前、透けてないか?」
口に出して、違和感の正体に迫ろうとする。朝陽は「え?」と声をあげて、不思議そうに首をかしげていた。
朝陽の肩へ手を伸ばす。肩を掴む感触が指先に伝わった。同時に先ほどまで透けていた朝陽の身体が、はっきりとした輪郭を取り戻した。
気のせいだったのか? 首をかしげながら朝陽の肩を掴んでいると、朝陽が唇を尖らせながら俺の手を払いのける。
「今度は私を幽霊扱いするの? やめてよ、もう!」
そのまま朝陽は、俺から逃げるようにこずえ姉さんのもとへ走っていった。
一回の表、攻撃は前北高校だ。ピッチャーの透矢は、初回からマウントに立っていた。前北高校の応援席では、吹奏楽部の演奏が球児達を鼓舞している。力強い音色を聞くだけで、臨戦態勢に入る感覚になった。
前北高校の一番がバッターボックスに入る。透矢は緊張した面持ちで初球を投げた。
ストライク。透矢の球は、吸い込まれるようにキャッチャーのグローブに収まった。
隣に座る日和が安堵の溜息をつく。こずえ姉さんと透矢の妹達は、声をあげながらガッツポーズをしていた。
緊張の色を浮かべていた透矢も、二球、三球と投球を重ねるたびに、表情が柔らかくなる。
「透矢さん、調子いいみたいだね」
「ああ、そうだな」
滑り出しが好調だったこともあり、初回は無得点で抑えた。伊崎高校の応援席に歓声が沸く。盛り上がる観客とは裏腹に、俺は頬杖をつきながら試合展開を眺めていた。
俺は過去にもこの試合を観戦している。大まかな試合展開も記憶に残っていた。
結論から言えば、この試合は伊崎高校の勝利で終わる。二回の裏で伊崎高校が四得点し、そのまま押さえて勝利した。何事もなければ、今日の試合もそのように進んでいくだろう。
勝敗を知っている試合ほど、つまらないものはない。俺は周りとの温度差を感じながら、最後まで試合展開を見守っていた。
結局この日も、四対〇で伊崎高校が勝利し、準決勝出場が決まった。透矢をはじめとした野球部の面々は、嬉しそうに肩を組んでいた。
◇
試合が終わると、日和は透矢の妹達を連れて伊崎高校の野球部と合流する。日和からは一緒に行こうと誘われたが断った。野球部とは無関係の俺が行っても邪魔になりそうだったからだ。
こずえ姉さんは、高校時代の同級生と再会したらしく、球場の外で楽しそうに会話をしている。俺と朝陽は木陰で涼みながら、こずえ姉さんの無駄話が終わるのを待っていた。
「野球している透矢さん、めっちゃカッコ良かった! パパも見たでしょ、あの真剣な顔!」
朝陽は目を輝かせながら、俺の肩をバシバシと叩く。興奮気味の朝陽に呆れながらも、その発言には同意した。
「ああ。野球をしているときのあいつは、カッコ良いよ」
「おおっ! パパが珍しく素直だ!」
「その言い方だと、俺が普段からひねくれてるみたいじゃないか」
「ええー、大体ひねくれてるじゃん!」
俺の指摘に、朝陽はケラケラと笑っている。そんな朝陽の反応が気に食わなくて、俺はあえて毒のある言い方をした。
「まあ、伊崎高校は次の試合で負けるんだけどな。透矢の活躍も、これで終わりだ」
それはこれから辿る未来だ。伊崎高校は、次の試合で甲子園常連の強豪校にあたる。そこで圧倒的な得点差を付けられて敗北するのだ。
その事実をこの時代の人間にバラしたら問題になりそうだが、未来から来た朝陽にだったらバラしても問題ないだろう。俺の言葉を聞いた朝陽は、冷めた視線でこちらを見つめる。
「うっわ、ネタバレとか最悪。知らなければ、楽しく観戦できたのに」
その反応が妙に可笑しくて、俺は小さく吹き出した。
「余計なこと言って悪かった。そんなに怒るなよ」
「いまさら謝ったって遅いよ! あーあ、パパのせいで興ざめだよ」
朝陽は不貞腐れたように背中を向ける。その背中にもう一度謝ろうとしたところで、違和感を覚えた。
目を擦ってから、もう一度朝陽の背中を見る。セーラー服をまとった朝陽の身体から、向こう側の景色が透けて見えた。
朝陽の身体と前方に広がる並木道が、一度に視界に飛び込んでくる。まるでガラス越しに向こうの景色を見ているようだった。
「お前、透けてないか?」
口に出して、違和感の正体に迫ろうとする。朝陽は「え?」と声をあげて、不思議そうに首をかしげていた。
朝陽の肩へ手を伸ばす。肩を掴む感触が指先に伝わった。同時に先ほどまで透けていた朝陽の身体が、はっきりとした輪郭を取り戻した。
気のせいだったのか? 首をかしげながら朝陽の肩を掴んでいると、朝陽が唇を尖らせながら俺の手を払いのける。
「今度は私を幽霊扱いするの? やめてよ、もう!」
そのまま朝陽は、俺から逃げるようにこずえ姉さんのもとへ走っていった。
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