君の未来に私はいらない

南コウ

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第三章 八年前とは違う夏

第二十二話 負け試合

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 ひまわり畑に行った翌日。俺は朝陽と共に球場へ向かった。こずえ姉さんがバイトだったため、今日はバスを乗り継いで球場まで向かう。

 伊崎高校の対戦相手は、甲子園常連の徳英高校だ。ここで勝てば決勝に進める。

 しかし、過去と同じ試合展開を辿るなら、伊崎高校は得点差をつけられて敗北する。甲子園出場の夢は果たせなかった。

「伊崎高校、負けてほしくないな……」

 朝陽は神妙な面持ちで呟く。前回の試合の後、俺がこの先の展開をバラしてしまったから、試合展開は知っているはずだ。だけどこの時代に来て、透矢ともそれなりに打ち解けたことで、負けてほしくないという気持ちが強くなったのだろう。

 負けてほしくないのは俺も同じだ。透矢が野球に打ち込めるのは、これが最後なんだから。せっかくなら華々しく甲子園出場を果たして、有終の美を飾ってほしかった。

 それに、縁側で零した言葉も気になっている。

『俺さ、今年の県大会で優勝したら、日和に告白する』

 あの時の透矢は冗談だとはぐらかしていたけど、俺には本心に思えた。今日の試合に勝って、決勝でも勝てれば、日和に告白する決心が付くのかもしれない。そうなれば、最悪な未来は回避できるはずだ。

 とはいえ、一観客でしかない俺に試合展開を変えることなんかできない。俺にできることなんて、せいぜい応援席で祈っていることぐらいだろう。

 応援席を見渡すと、少し離れた席に日和がいた。日和の隣には、透矢の妹達がいる。三人は祈るような表情で、まだ誰も立っていないマウンドを見つめていた。

 日和の横顔を眺めていると、不意に視線が合う。俺の存在に気付いた日和は、ふわりと笑いながら小さく手を振った。俺も小さく手を振り返した。



 試合開始時刻になると、真っ黒に日焼けした球児たちが整列する。真正面に並ぶと、あまりの体格さに愕然とした。徳英高校の面々は、高校生離れした恰幅の良い体格をしている。伊崎高校のメンバーも決して貧弱ではないが、並ぶと差は歴然だった。開始前から威圧され、伊崎高校の応援席に動揺が走る。

 一回の表。伊崎高校の攻撃から試合が始まった。吹奏楽部の力強い演奏が選手達にエールを送る。

 伊崎高校の一番打者がバッターボックスに入る。ヒットを狙う構えをしていたが、荒々しい剛速球に手も足も出なかった。あっという間に三振。続く二番、三番打者も、球の速度に圧倒され、ランナーを出すことなく一回の表が終わった。

 徳英高校は強い。素人が見ても、はっきりとわかった。

 徳英高校のピッチャーが投げる球は、前回対戦した前北高校のピッチャーとは比べ物にならないくらい速い。それに安定している。放たれた球は、吸い込まれるようにキャッチャーのミットに収まった。

 これが甲子園常連校の実力なのか。格上のチームを前にして、伊崎高校の応援席に緊張が走った。厳しい試合展開になると誰もが確信しただろう。

 一回の裏。いつになく表情をこわばらせた透矢がマウンドに立った。強豪校相手に投げるのは、透矢といえども緊張するだろう。いつもの透矢らしからぬ様子に心配をしていたけど、いざ投げ始めると球は吸い込まれるようにキャッチャーのミットへ収まった。

 好調な滑り出しだ。徳英高校の強力な打線を前にしても、透矢は怯まなかった。伊崎高校の応援席では、安堵のため息が漏れた。

 一回の裏は、ランナーを出すも、伊崎高校の盤石な守備で無得点に抑えた。それからもお互い得点を許さず、二回、三回、四回と無得点のまま試合が進んだ。ジリジリと攻防戦を続ける試合を前に、緊張感が滲む。

 流れが変わったのは五回の裏だ。透矢が低めの球を投げると、打者は力強いスイングをしてバットに当てにいった。

 球は速度を保ったまま地面を這う。内野手がスライディングで球を取ろうとするが、あと一歩距離が届かず、後方にすり抜けた。長打のヒット。打者は二塁まで進んでいた。

 そこから試合の流れが一気に変わった。続く打者は、バントでランナーを三塁に送る。ここで抑えたいところだったが、次の打者に再びヒットを許してしまった。

 三塁ランナーがホームに戻り、得点が入る。先制を許したことで、徳英高校が勢い付いた。

 そこからあっという間に満塁に追い込まれる。なんとか流れを止めたいところだったが、不運なことにバッターボックスに入ったのは四番打者だった。

「あの四番、前の試合で決勝打を決めた奴だぞ」

 誰かがそう呟いていた。そんな事前情報がなくても、強豪校で四番を任されている奴が手強いことは、素人の俺でも分かった。

 透矢が大きく振りかぶる。球が真っすぐ放たれた直後、鋭い金属音とともに二遊間へ飛んでいった。三塁ランナーと二塁ランナーがホームに帰ってくる。伊勢高校は、追加の二得点を許してしまった。

 徳英高校の応援席からは、管楽器の音色が高らかに響く。透矢はマウンドで放心していた。その光景を見て、俺は過去の試合展開を思い出した。

 そういえばこの試合は、透矢が崩れたことで大量失点を許したんだ。強豪校相手に打ちのめされて、球がブレブレになってしまったんだ。

 過去と同じ展開が、目の前で繰り広げられている。三失点した直後から、透矢のピッチングが明らかに乱れた。球がストライクゾーンに入らないのだ。

 ノーストライク、スリーボールに追い込まれるも、球はストライクゾーンに入らない。結局、打者を歩かせてしまい、再び満塁に追い込まれた。キャッチャーが声をかけるも、透矢の焦りは払拭できない。

 焦りに満ちた表情で、次の打者と対峙する。もう外すわけにはいかない。その焦りからだろうか、透矢はゆるい球を真っすぐ投げた。

 勢いを失った球は、打者に簡単に捉えられた。カキンという小気味良い音とともに、球は青空に向かって真っすぐに打ち返される。

 ホームランだった――。

 徳英高校の応援席から歓声が沸き上がる。ランナーは次々とホームに帰還した。伊崎高校はまたもや追加点を許してしまった。
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