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揺れない、この意思

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「大丈夫ですか、ベンチで少し休みます?」

 私の後ろを青い顔でフラフラと着いてくる梨ヶ瀬なしがせさんが心配になってきてそう声をかける。私はジェットコースターと怖がる梨ヶ瀬さんのおかげでとても楽しめたが、彼はそうではないだろうし……
 運よく近くに二人で座れるほどのベンチが空いている、私はそこへと梨ヶ瀬さんを引っ張っていった。

「……お水、買ってきましょうか?」

 私の肩に頭を置いて目を閉じたままの梨ヶ瀬さんにそう問いかける。肩を貸してほしいと頼まれたから仕方ないとはいえ、恋人のような距離にさすがに心臓が落ち着かなくなる。
 少しでも離れる理由を探してみるが、梨ヶ瀬さんは小さく首を振るだけで何も言ってはくれない。チラリチラリとこちらを見る人の視線も気になるし、そろそろ離れたいな~なんて思っていると……

「……今、俺の事を情けない男だと思っているでしょ?」

「別にそんな事はないですよ、人間一つくらい欠点があった方が可愛いってものです」

 これは本音だ、いつも余裕綽々の梨ヶ瀬さんのこんな姿を見られるのは少なくとも今は私だけ。こうして拗ねたような言葉も、今は憎めない気がするし。

「可愛いとか言われてもぜんっぜん嬉しくないけど、もしかして横井よこいさんは可愛い男がタイプ?」

「さあ、どうでしょうね? 考えた事も無かったけれど、意外とありかもしれませんねぇ」

 ぼんやりと空を見ながらそう答えてた、その隙をついて梨ヶ瀬さんの腕が私の腰に回っていると気付きもしないで。

「じゃあさ、今の俺なら横井さん的にはアリなんだ?」

「え……?」

 そう聞き返した瞬間、腰をグンと強い力で引き寄せられてそのまま梨ヶ瀬さんの胸の中へと倒れ込む。
 ……え? いったい何が起こったの?




 触れる瞬間にふわっと香る、梨ヶ瀬なしがせさんの爽やかなシトラスの匂い。目の前に景色が一気に変わったことで私は上手く反応出来なかった、梨ヶ瀬さんの行動に……
 チュッと音を立て何かが額に触れた感触、もしかして今のって?

「スキあり、だよね。自分を狙っている男といる時に、そんな無防備でいる横井よこいさんが悪い」

「な、何するんですか! 具合が悪そうだから心配してあげたのに」

 さっきまで青い顔をしていたはずなのにこんな事をする余裕があるなんて、と梨ヶ瀬さんを見れば彼は涼しい顔をしていて。え? まさかこの人……

「もしかして、私を騙したんですか? 絶叫系が苦手なんてのも、全部嘘だったり?」

「さあ、どうだろうね? 想像に任せておこうかな、その方が横井さんの反応が面白そうだし」

 絶対私を騙したんでしょ、梨ヶ瀬さんは。さっきまでとは違うケロリとした話し方に、私の頭に血が上りそうになる。グググっと両手で梨ヶ瀬さんの胸を押して離れようとするが、彼の腕ががっちり背中に回っていて少しも距離が取れない。

「ふざけないで下さいよ、無防備になったのは梨ヶ瀬さんがそういう事しないと思ったからで……」

「うん、意外と簡単に騙されてくれたから俺も調子に乗っちゃったよね。でも具合が悪いからと男が気になる女性に手を出さない理由にはならないし?」

 屁理屈! そう言うの屁理屈っていうんです! もう一回くらいは殴ってやってもいいんじゃないかって思いそうになる。それくらい今は梨ヶ瀬さんが憎らしい。


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