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信じない、そんな愛
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しおりを挟む私が言うことを聞かなかったのが意外だったのか、彼は一瞬だけ驚いた表情をしたが伊藤さんの方に視線を向けたと思ったらちいさく舌打ちをしてみせた。
……誤解したのだとすぐに気付いたが、その方が都合がいいのでわざと伊藤さんに寄り添って見せる。
「いいのか、麗奈。俺の話を聞かないと後悔するぞ?」
「後悔する理由が見当たらないし、今はこの人といる時間を優先したいの。また会うことがあれば、気が向いたら話くらいは聞いてあげる」
冷い態度でそう言い返せば、隣で伊藤さんが吹き出しそうなのを堪えて肩を震わせている。
目の前で顔を真っ赤にしている男性をその場に残して、私たちは真っ直ぐ歩いて目的の改札口も通りすぎていく。この改札口で別れれば、あの男がまた絡んでくる可能性もある。伊藤さんも私も何も話さなかったけれど、お互いに当然というように駅から離れたカラオケボックスの中へと入っていった。
「ふ……はははははは! 見たか、あの男の顔? この世の終わりみたいな表情をしてたぞ、よほど麗奈に相手にされなかった事がショックだったんだろうな」
「私にそうするように視線で合図してきたくせに、伊藤さんも相当性格悪いですよね?」
カラオケボックスの個室で笑い転げている伊藤さん、彼は多分あの状況を楽しんでいたに違いない。私の心配をしているかもしれないと思ったが、気のせいだったのかも。
まあ、元々この人が性悪だということは随分前から分かっていたことだからいいのだけど。
「俺はああいう思い上がった男を見ると虫酸が走るんでね。まあ……麗奈が可哀想だと思ったのなら謝るけれど?」
「そんなつもりないくせに。それに……それって伊藤さん自身にも当てはまるんじゃないんですか?」
全く反省の色など見せないくせに、そう言ってくる伊藤さんをそのままにしておくほど私は優しくない。だって彼は私の親友の紗綾に同じようなことをしたのだから。
「……だから、だ。大事なものが何なのか全く分かってない、そのくせ自分は愛されて当然だと思ってるなんて。そんな奴には痛い思いでもさせて現実を見せてやるべきだろ?」
「本当に面倒くさい人ですね、伊藤さんは」
過去の自分と重なって見えた、だから余計に許せなかったのだろうか? 今でも紗綾への想いを捨てきれない彼の複雑な心境は、私には全部理解することは出来そうにない。
そんな私の言葉も、伊藤さんは笑って聞いているだけで……
「面倒なことばかりを呼び寄せる麗奈に言われたくはないな。ところで今回の事、梨ヶ瀬さんに話す気はあるんだろうな?」
「話さなきゃ……ダメですかね」
私的にはこれは自分の問題だし梨ヶ瀬さんに話すつもりはなかった、だけど伊藤さんにはそれも見抜かれていたようで。
彼の表情がいつもよりも少し険しくなる、そんな顔も出来るのかと思うほどには。
「怒られてもいいんなら俺はどうこう言うつもりはないけど? あー、でも梨ヶ瀬さんが本気で怒ったらきっと面倒だろうなあ」
「棒読みの台詞で私を脅すの止めてもらえません? 普通に心配だから相談しろって言えないんですか」
私の周りにはややこしい男ばかりが集まってくるのかもしれない。そう考えると、大きなため息がこぼれるのも仕方ないことだった。
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