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第1章 転生令嬢たちは決意する。

04. 妹も戦慄する。

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たいそう心配してくれていたのに申し訳なかったが、一人でゆっくり休みたいからとやんわり告げて、侍女には部屋から出てもらった。
そうやって一人きりになった部屋の中、ルチアはそっとベッドから抜け出すと、鏡台の前に座った。

向き合った鏡の中には、プラチナブロンドにピンクの瞳をした、たいそう可愛い美少女がいる。

「これって⋯⋯確か、ルチアだよね。『白薔薇』の。
──え?つまり生まれ変わったの?それで、ここっての世界?」

意識を失っている間に、彼女は自分の前世のことを思い出していた。
こことはまったく異なる世界の、地球という惑星の日本という国の片隅で暮らしていた記憶だ。
個人を特定できるような情報は、なぜか思い出せない。
ただ強烈に憶えているのは、前世の自分は異世界ファンタジーのお話が大好きで、大量に読み漁っていたこと。
そしてその中に、鏡越しに見返す色味の淡い美少女が出てくる話があったことだ。

『白薔薇』──正式タイトルは、『白薔薇は愛の中で咲き誇る』不遇ヒロインが報われる系のよくある話だ。
それなりにハマって何度か読み返したので、ストーリーはよく憶えていた。

主人公は、王都の下町で母と二人で慎ましく暮らしていた少女ルチア。
あるとき、二人を父である伯爵が迎えに来て、母親は彼の後妻になり、ルチアは伯爵令嬢になった。
満たされた生活が始まったが、父の伯爵には前妻との間に娘がいた。それがアーテル──本作のいわゆる悪役令嬢だ。

ルチアはアーテルに虐げられるが、あるとき使い手は絶えたと言われていた伝説級の魔法・光魔法に目覚める。
『聖女』の再来と呼ばれるようになったルチアは、高位貴族の令息や王子などたくさんの人の助けを得て、やがてアーテルの罪を糾弾して伯爵家から追い出すことに成功する。
エンディングは確か、恋に落ちた王子と結婚するとかそんな感じで、とにかく超ハッピーエンドだった。

そう。ハッピーエンドだった。

「いやいやいや、本編で明かされてない設定多すぎでしょ!これがわかってたら、絶対にあんなほんわか平和な結末にならなかったし!」

鏡台に手をつきながら一人喚く。完全に独り言だが、今は周りの目を気にする必要もない。
正面の鏡を見れば、顔色の悪い美少女と目が合った。

「だってこれ、最悪わたし──処刑されちゃうんじゃないの⁉︎」

今まで"ルチア"として生きてきたからこそ知り得た様々な情報が、安易なハッピーエンドには至れないぞと教えてくれる。
柔らかな白金髪をかきむしりながらのその叫びにも、当然返事はなかった。
ただ、心臓だけがバクバクとうるさい。

(いやいやいや、落ち着け。そもそもここが『白薔薇』の世界とも限らないし!)

胸に手を当て深呼吸しながら、自分自身にそう言い聞かせる。

まずはわたし──ルチアの名前と容姿は物語と同じ。
母と二人で王都に住んでいたし、父親は伯爵で、ある程度の歳になったら迎えが来た。
伯爵には前妻との子がいて、彼女はアーテル。

(うん──違うところが見つからない)

それに、侍女から聞いた話で気になることがあった。

(今意識を失ってたのって、魔法の練習中の事故って話だったよね?それってもしかして⋯⋯)

ルチアは光魔法に目覚めるが、そのきっかけはアーテルが暴走させた風魔法が直撃したことだったのだ。

(でもあれ、暴走っていうかむしろ狙われてたような⋯⋯)

やがて断罪されることになるアーテルは、ルチアを目の敵にしていた。
狙われたとしても、まぁ、不思議ではない。

(えーっと、原作のお話スタートは学院入学とかそのあたりだったよね?てことは、少なくともそこまでは命があるってことだよね)

もちろん、ここが『白薔薇』の世界に忠実ならの話だが。
ルチアとしてはぜひとも夢オチであってほしいところだ。
とはいえ、こんな感じで物語の登場人物に転生する話もたくさん読んでいた─好物だった─ので、ありえるとは思う。

何よりも、ルチアとして15年生きてきた記憶が、これは現実だと教えてくれる。
だから、ひとまず現実として考えることにした。

(⋯⋯アーテルはつまり、ルチアを仕留め損ねたってことだよね?簡単に諦めるのかな?)

むしろ彼女の性格なら、それこそねちっこく狙ってきそうな──そこまで考えたときだった。

ふと、部屋の前が騒がしいことに気づいた。
何だろうと思って、鏡台の椅子から立ち上がると扉へと向かう。
ドアの前で耳を澄ませると、女性数人が言い合っているようだった。

『──ルチア様はお休みになっていますので、また改めてお越しください』
『少し顔を見るだけでいいの。無事かだけ確認させて』

聞き覚えのある声──姉のアーテルだ。
その彼女が、ルチアに会いたいと訪ねて来ているのだろうか。

(まさか⋯⋯早速トドメを刺しに?)

ぞわ、と鳥肌が立つ。
どうしよう──と思うが、せっかく侍女たちが止めてくれているようなのだ。
このまま追い返されるのを待とう。

そう思ったものの、心の隅がちくりと痛む。

(でも──アーテルは気が短いから、暴れ出すかもしれない。髪を梳かしていた侍女がちょっと櫛を引っかけただけで、激怒して平手打ちしたって聞いたし)

それなら、自分のことを庇う侍女たちが今度は酷い目に遭うのでは⋯⋯。

(いやでも、わたしは命の危機かもしれないし!──ッ、あぁ~もう!)

両手でわしわしと髪の毛をかき混ぜると、ぱちんと両頬を叩いた。
薄紅色の瞳に力をこめて、キッと扉を見つめる。

「⋯⋯頼んだ、主人公補正」

ルチアは自分でもどうかと思う一言を呟くと、えいやとばかりに扉を開いた。
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