二人の転生令嬢はフラグを譲り合う。〜悪役令嬢もヒロインも、ただ平穏に生きたいのです〜

福田 杜季

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第2章 転生令嬢たちは平穏な生活を望む。

04. 妹も絶句する。

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「ヴェインローゼ伯爵家令嬢ルチア様!」

名乗りを受け、ルチアは父のエスコートを受けて会場に入った。ちなみに、同じ馬車でやってきた母はお友達のところに行くと、早々に離脱している。──娘のデビュタントよりも、同年代の夫人とのおしゃべりなのだろう。

衆目が一斉に集まる。あまり好意的な視線には感じない。
だけど、それは覚悟していたことだ。
ルチアは、努めて穏やかな微笑を浮かべると、特に慌てるでもなく楚々と入場した。
手を引く父の方が余程緊張していたように思えた。

絡みつく視線とひそひそ囁き合う声には気づかぬふりで、ルチアは父を見上げた。

「お父さま、お約束の方というのは⋯⋯」
「お、おぉ、そうだった」

完全に場の雰囲気に呑まれていたらしい父はそれでやっと我に返っているようだった。
そのまま約束した場所だという会場の隅、大窓の前へ連れて行かれ、そこでルチアは一人の男性と会ったのだが──

金髪に青い瞳の、どちらかと言うとがっしりした体格の青年。麗しの騎士様といった風情である。
歳はルチアより少し上くらいだろうか。

その姿を見て、どこかで見たような、とルチアは奇妙な既視感を覚えた。
だが、"ルチア"として会った記憶はない──ということは、前世の記憶からくるものかもしれないと考えていたところに、彼は微笑して名乗った。

「初めまして。私はオスヴァルト・クレヴィングと申します。ルチア嬢とお呼びしても?」

その一言で察した。既視感を覚えるはずだ。
クレヴィングの家名と、どこかで見た容姿──おそらく、彼はアーテルの婚約者アドルファスの兄弟なのだろう、と。


オスヴァルトとはその後しばらく立ち話をしたが、最初の名乗り以降、その青い目がルチアに向けられることはなかった。
美しいご令嬢だとか、そういう常套句のような褒め言葉も父に対して話されていた。

貴族の家にとって娘は、婚姻によって家同士の縁を取りもつ橋渡しを担う存在だといえる。
そのため、一人の人間ではなく、駒として考えられることもままあることだとは聞いてはいたが。

オスヴァルトも父も、まさしくそのようにしかルチアを見ていないのだろう。
自己紹介以降、視線すら向けられなかったのはそういうことなのだとルチアは了解した。

「いいか、ルチア。オスヴァルト殿はクレヴィング侯爵家の令息であられる。お前のことも気に入っているようだし、私たちのためにちゃんと取り入りなさい」

別の約束があるからとさっさとオスヴァルトが去って後、父はそんなことをくどくどと言ってきた。
ルチアがおざなりに返事をしていると、後から入場した姉がやって来た。

ルチアとしては、このまま父と二人でいるよりはありがたかったのだが、例によって父が難癖をつけ始めた。
言いがかりに近い文句を言う父にも論理的に対応するアーテルに、感心しながらも申し訳なく思っていたときだった。

人垣が割れる。
割れた人々は一様に頭を垂れて道を譲っていた。
そうやってできた道を、数人を従えて悠々と歩いてくる人影がある。

「初めまして、『ヴェインローゼの薔薇』と謳われるご令嬢がた」

照明に輝くまばゆいばかりの金髪。
宝石のような翡翠の瞳が笑みの形に細まって、真っ直ぐにこちらを向いていた。

「レイフォードと申します。よろしければ、私と踊っていただけませんか?」

あまりに突然すぎる第二王子殿下のご登場に、ルチアは絶句した。

(──は?え、なんで?なんで第二王子が今ここでやって来るの?)

頭の中が一気に混乱する。
だって彼とルチアヒロインが出逢うのは、王立学院入学後だったはずだ。
それだというのに──。

(なんなのよ、この強制イベント!)

「──殿下」

心の中でルチアが絶叫したとき、静かな声がかかった。

「お戯れはお止めください。ダンスにお誘いすべきは、ヴェインローゼ伯爵家のご令嬢がたではなく、殿下の婚約者候補の方たちでしょう」

第二王子レイフォードの傍らに控えたアドルファスだった。
至極真っ当な指摘をしつつ、はばかることなく咎めるような視線を向ける侍従に、レイフォードはにやりと笑った。

「安心しろ、お前の婚約者殿はお前と踊ればいい。私は妹君にお相手を願おう」
「ですから、殿下──」
「気になる婚約者殿とのファーストダンスが踊れなかったと、後から文句を言われるのは嫌だからな」
「なっ──!」

楽しげに言われた言葉に、アドルファスの頬にさっと朱が走った。
なんてわかりやすい反応だろうと思いながら、ルチアは唖然とした。

『白薔薇』に出てくるアドルファスは、普段は好青年を装っているものの、実際は感情を表に出さない朴念仁だったはずだ。
複雑な生い立ち故に外面を取り繕うようになった青年。
もちろん、婚約者のアーテルとの仲は冷え切っており、アーテル断罪の際には一切庇うことなく、むしろ証拠集めに奔走していた。

それが──なんだ、この、純情な少年のような反応は。

「やっぱり図星か。私が気を遣ってやったんだ、感謝しろ」
「⋯⋯だからといって、ただでさえ混迷を極める殿下の婚約者選びにさらなる混乱を来すわけには──」
「畏れながら、殿下」

言い合う主従の前で唖然としていたルチアを庇うように、アーテルが一歩進み出て、深々と頭を下げた。
さらに何事か言おうとしていたレイフォードは、その翠の瞳を彼女に向ける。

「そう畏まらなくていい。今この場においては、互いにデビュタントを迎える者同士だ。無礼講と思ってもらって構わない」
「ありがたきお言葉、感謝いたします」

メラニーのもと、厳しく指導を受けた今だからこそ、ルチアにもわかった。
アーテルの所作は完璧だと。

「ダンスへのお誘い、たいへん光栄なことでございます。しかし──このルチアは未だに良き人もおらず、殿方とダンスを踊るのは本当に初めてなのでございます。そのため、粗相をいたしてしまうやもしれません」

これは事実だ。
ダンスは屋敷に来て最初の方に講師の先生についてもらって練習したが、それ以来まともに踊っていない。
デビュタントで踊るだろうからと、メラニーと基本的なステップを確認した程度だ。

「殿下のお相手にご指名いただいたこと、たいへん名誉なことではございますが、間違って殿下の御足を踏んでしまっては一大事でございます。たいへん失礼ではございますが、ダンスのお相手は別のご令嬢がよろしいかと、僭越ながら申し上げます。
──ですね、お父様」
「あ──あぁ、そう、それがいい」

アーテルに横目で睨まれ、固まったままだった父がかくかくと頷いた。
本来は父が上手く断らねばならないところだったが、この通り硬直していたのを見て姉が動いてくれたのだろう。

下手したてに下手に出ながら、誘いをかわそうとするのも当然だ。
伯爵家とはいえ、婚約者候補でもない令嬢が第二王子殿下のデビュタント初のダンスの相手になったとなれば、それこそ一大事である。
この一時の戯れのせいで第二王子殿下の目に留まったとされれば、何年も前から第二王子の婚約者を狙っていた錚々そうそうたる家々に睨まれるのはもちろん、まともな結婚相手まで寄って来なくなるだろう。
貴族令嬢としては死活問題だ。

そしてその当然すぎる危惧は間違いなく第二王子に伝わっているはずなのに、彼は快活に笑うだけだった。

「確かにいきなりダンスの誘いは唐突すぎたな。たいへん失礼をした。少しがっつき過ぎたようだ」
「⋯⋯いえ、そんな⋯⋯」
「だが、私が貴女に興味をもっているということは理解していただけたかな?できれば二人きりで話をさせてもらいたいのだが」

曖昧に微笑んだルチアに、ずいと第二王子が寄る。

(ひいいぃ、逃げたい!)

ルチアは横目で父を見て──予想外の展開の連続に思考停止しているらしい顔に気づき、今度は姉を見た。
アーテルは完璧なつくり笑顔を浮かべる。

「たいへん申し訳ありませんが、殿下。婚約者でもない殿方と妹を二人きりになどできませんわ」
「そう言うだろうと思った。ならば、姉であるそなたも同席することを許そう」

ここまで食らいつかれることが恐ろしくて、ルチアは顔を青くする。
どうしてここまで執着されるのかわからない。それともこれも『強制力』の一つなのだろうか。

「⋯⋯ええ、それでしたら」

さすがにこれ以上第二王子の誘いを断り続けることが難しかったのだろう、とうとうアーテルも折れた。
それにレイフォードがにっこりと満足げに笑う。

何か劇的な出逢いが以前にあったわけがあるはずもなく、顔を合わせるのはもちろんこれが初めてだ。
そもそも今回の邂逅だって、第二王子の接近に直前まで気づいていなかったというのに。
その状態で彼の琴線に触れる何かを自分がしたとは到底思えない。

(⋯⋯原作から流れが変わってきている?どうしよう、怖い)

もう物語が始まろうとしているのに、先の流れが読めなくなる──それが自分や大好きな姉の破滅に繋がりはしないかと、ルチアは恐ろしかった。
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