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77話

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「では始めましょうか。」

と、郡の言葉で二回目の会議が始まった。

出席者は前回と一緒…。

ではない。

津久見は秀信が前回座っていた方を見ながら目を瞑った。

(秀信さん…。)

津久見は一人、襲撃された秀信の身を案じながら思った。

と、そこに

「おや。一人いらっしゃらないようでございますな。」

安国寺恵瓊だ。

笑顔で扇子を振りながら言う。

キッと、津久見は安国寺を睨みつける。

「まあ。岐阜殿がおられなくても問題ございませんでしょう。」

安国寺は淡々と話す。

「何やら襲撃されたと伺っております。」

吉川広家が安国寺に言う。

「そうでございましたか。戦は一旦休戦とは言え…。脇の甘さは御父上譲りでございますかな。」

「なんと!!!!」

一同立ち上がらんばかりに憤る。

安国寺は持っている扇子をピシッと閉め一同を指しながら

「だまらっしゃい!!!!」

声は怒気をこもっているが、顔は笑顔である。

「今後の大事を決めるこの会議の途中に京に足を伸ばす馬鹿者がおりますか!!軽率な行動とは思われませぬか!!??どこに落ち武者狩りがおるかも分からんのに!」

安国寺は周りの諸将を見渡すように言った。

「…。」

反論の余地は存分にある。

が、前回からの安国寺恵瓊のペースに呑まれ、皆何も言えずにいた。

「これだから浅知恵者は困りまするの。今後この日の本を収めていく気概なぞどこにもござらんとお見受けいたす。いかがか治部殿。」

と、安国寺は津久見に一旦委ねる。

「…。ですが…。」

「一刻も早くこの混乱した世の中を平定する事こそが肝心。故に、私はここ数日の会議の休止も如何かと思っておりました。」

津久見が話そうにも安国寺が遮って来た。

(なんだよこいつ!!!自分で話振ってきておいて!!)

津久見は唇を噛みしめながらさらに安国寺を睨みつける。

「はあ。その目おやめできないか?『戦の無い世を造りたい』と仰る方の目ではござらん。あ~怖い怖い。」

安国寺は扇子を開き顔を隠すような仕草をした。

「…。」

(落ち着け…。ここで怒ったら相手の思う壺だ…。)

と、津久見は心の平静を保っていた。

「して、どこから始めまするか?」

安国寺はまた扇子を仰ぎながら言う。

「やはり、治部殿が勝手に和議強行されたものですから皆色々と憶測と不安とごちゃごちゃでございまするぞ。」

「まあまあ。治部殿も我豊臣家を想っての事の次第。治部殿…」

郡が割って入る。

が、

「もうその方にお聞きする事はござりません。」

安国寺が言う。

「いや、それでは…。」

困惑した顔で郡は安国寺を見る。

「聞いた所で、綺麗事を並べるだけでござろう。もう聞き飽きましたわ。一刻も早く領土分配と殿を決めて国許に帰りとうござる。」

「!!!!」

場内がざわめく。

殿

つまり、今回の和議強行を良しとせず、その責任を津久見一人に負わせる。

そんな意図が込められていた。

「ちょっと待たれよ!!!」

後ろに控えていた喜内が叫んだ。

安国寺はそちらを見るとまた、扇子で制す。

「ああ。もうよい。そこもとらは発言権がござらん。今度勝手に話したら場外退出ぞ。」

「うるせー!!!」

「ん?」

「うるせえ!くそ坊主が!!何が殿じゃ!!殿があの日から今日に至るまで、どんだけ苦労して来たか知ってるのか!!?このくそ坊主が!!大変だったんだぞ!!!」

喜内は大声で叫ぶ。

(喜内さん…。)

「なんと!!汚いお言葉でしょうか。即刻出て行かれよ!」

安国寺はハエを振り払う様に扇子を振った。

「うるせえな!俺はこういう所は苦手だ!!!でもてめえみてえな陰湿極まりねえ奴はもっと嫌いだわ!!!」

「ああ…喜内さん…。」

津久見は困惑しながら喜内を見ていた。

喜内の隣に座っていた左近は喜内の袴を握り、座らせようと力を入れたが喜内は止まらない。

「前の会議では殿の仕置きなんて話題にも上がってもねえのに、今日いきなしこれか???あんたらここ数日でそんな話でも進めてたんか?」

喜内は前に歩き出していた。

「あ!」

と左近が立ち上がろうとしたが、喜内は一瞬左近の方を向き

「殺しはしません。退席覚悟でござる。殿を守らねば。」

と、言う。

袴を握った左近の手が緩んだ。

その隙に喜内はひしめく諸将を掻き分け、とうとう対面で座る大名家の前まで至った。


が、すぐに小姓二人が喜内の脇を固めていた。

「っち。邪魔くせえな。」

と、喜内は小姓を少し押しながら言った。

「自分で出て行くわい。ただ…。」

と、安国寺の方を向いた。

「殿が、秀頼様の為に苦心して加藤殿、黒田殿を説得して、民と触れ合う姿をわしはこの目で見て来た。」

喜内は清正の方をちらっと見て続ける。

「それは殿の掲げる『大一大万大吉』そのものじゃ。人が死なない戦の無い世?いいじゃねえか!おもしれえと思わねえか!」

喜内は諸大名を見渡し言う。

おおよそ喜内が直接話せる様な身分の人間ではないが、喜内は津久見を守るために続けた。

「それなのにあんたらは誰かに責任取らせて…って、あああ!まあ何が言いたいか分からんけど。出て行くわ!このくそ坊主が!」

と、吐き捨てると喜内は自ら広間を出て行った。

場内は静まり返る。

喜内を抑えるために出て来た小姓が郡の後ろに控えると安国寺が口を開いた。

「ふう。野蛮な方で…。良いですかそこもとら!次にあのような真似をなされたらどうなるか!!!」

と、諸将を扇子で指して言った。

「まあまあ。」

と、郡が割って入る。

「毛利様…少し安国寺殿は…。」

と、毛利輝元に喋りかけると遮るように安国寺は

「拙僧は毛利家の外交僧でございまする。毛利家の名代として、ここに参加しておりまするので。郡殿何か?」

「いや…。確かに先程、蒲生殿(喜内)の言ったように、殿は、それがし初めて聞きました故、それはどうかと。」

「まあ、それに関しては領土分配終わってからでもよろしいかと。」

「いや、そもそもその話自体が…。」

「郡殿。時間がございません故。岐阜殿が襲撃されるような物騒な時ですので。一刻も早く話を進めねばなりませぬ。」

「ピクッ。」

秀信の名前を聞いて津久見の目が吊り上がった。

「治部殿よ。そなたの仕置きは後回しで良かろう。さっさと所領の分配について話し合いましょうぞ。」

「…。」

「よろしいか?それでは私が進めまするぞ。」

「……。」

「何か異論でも?治部殿。」

「………。」

津久見は込み上げる怒りを抑えていた。

(こいつは俺の勘を逆なでして脇を狙ってる…。)

「ほほほほほほほほほほほ。何も言えないですか。」

安国寺の甲高い笑い声が広間に広がる。

「そもそもそこもと。太閤秀吉様との出会いは鷹狩の折と聞いておりまする。三献の茶で秀吉様に可愛がられて、今では五奉行の端くれ。内府殿と勝手に和議をなされて…。」

津久見は目を細くしながら安国寺を見ている。

「それに比べて我々毛利勢の由緒ある事。太閤秀吉様の備中攻めでは正々堂々と戦われ…。」

と、毛利輝元・吉川広家をそっと見ながら続ける。

「ですが、この世は儚い物…。本能寺で信長公は横死され…。」

安国寺は扇子で顔を覆った。時代の流れの悲壮感を出していた。

(!!!!!!)

津久見の目が一層細くなった。

「秀吉様は信長公の弔い合戦の為、我々と和議をなされた。これが本当の和議でござらんか。治部殿?」

(ここだ!!!)

津久見の目が、カっと開いた。

「ちょっと良いですか。」

「ん?」

津久見は立ち上がって言う。

(喜内さんありがとう。流れが変わりましたよ!)

と、心で思いながらゆっくりと喋りだした。

と、同時に諸将の後ろで控えている左近は

「御免。ちと中座を…。」

と、広間を出て行った。

いよいよ、津久見達の反撃が始まる。


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