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第82話

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「おお、治部よ…。」

大谷屋敷の間《ま》で吉継は病床に伏せていたが、津久見の見舞いで起き上がりながら言った。

「いやいや、寝てて下さい。大谷さん。」

津久見はゆっくりと大谷の背中を支え寝かせると、掛布団をゆっくりとかけてやった。

「すまぬな。ゴホン。」

「良いんです。急に来たのは私たちですから。」

「いや、大事な会議でお主の力になれなかった事を今でも無念に思うておる。」

「そんなことありません。なんとか…勝てたのかな…?」

「ははは。大勝じゃよ治部。会議の内容は聞いておる。見事な捌きであったようじゃな。」

「あ、知ってたんですか。」

「ああ。で、今日は堺に出向くところか?」

「あ、はい!」

「そうかそうか。」

「ですので、一目お会いしておこうと…。」

「すまぬな治部よ。堺の統治…。堺は先の戦で家康の勝ちを見越して徳川方になびく商人がいくつかおるであろう。」

「…。そうですよね。大谷さん、ちょっと堺について教えてもらえませんか?」

「ん???お主も深く携わって来たのだから詳しいであろう。」

「いや、ちょっとおさらいで…。」

「おさらい?まあ、良い。堺は信長公の統治、太閤様の代では千利休殿、今井宗久殿等が実権を握っておったが、利休殿の切腹に端を発し統治に歪みが生じ始めておる。」

「歪み?」

「ああ。先の合戦の東軍側の諸将の名を上げて行けば、利休殿の弟子の多くが東軍についておる。」

「…。」

(千利休の影響はそんな大きかったのか…)

「堺の代表でもある千利休殿が抹殺された事で、豊臣政権内部での堺の地位や発言力は大きく低下した。当初から堺の会合衆が長年培ってきた大きな政治力の排除が狙いだったのかもしれんな。」

(千利休が政治的に大きな力を持ち過ぎたという事か…。)

「秀吉様は、大阪城に経済や物流拠点を集約し、畿内各地から商人たちを集め、貿易や商業の中心を堺から大阪へと移動させた。
そこで、堺の会合衆は限定的な自治を維持できたものの、以前のような政治力は失い、地方の商業都市の一つになった。」

(あんなに賑やかだったのになあ…。)

「今井宗久や千利休たち会合衆は、政権に利用されつつも、政権内部における堺の政治力を低下させないためにも茶の湯という文化の浸透などによって、地位を守ろうと試みたと思う。ただ、大名たちを動かすほどに巨大になってしまった政治力は、太閤様にとっては邪魔でしかなかったのかもしれんな。」

(そうか、今の企業で言えば、コンサルタントが、顧問先の企業の経営者以上に、従業員たちから信頼や人望を得てしまうのは、警戒感を生み出していってしまうような構造か‥‥。)

「つまり最盛期の堺の賑わいは今無い。というより我々が利休殿を切腹に追い込み、抑え込んだようなものじゃ。」

「…。そうだったんですね…。」

津久見の顔が曇る。

「ゴホン。まあ、一筋縄ではいかないと思うし、裏にはある人物が絡んでいそうだとわしは考えておる。ゴホンゴホン。」

「大谷さん!もう大丈夫です。ゆっくり寝てください」

「すまぬな。こんな体で…。」

「全然です!お会いできるだけで私は幸せです!」

「治部?」

「取り敢えず行ってみます!!堺に!」

「うむ。小西殿も同行なさるるなら心強いの。」

と、小西行長を見ながら吉継は言う。

「刑部よ。ゆっくり休んでおれ。治部はわしが守るでな。」

小西は大谷の手を握る。

「任せたぞ。ゴホン。」

津久見一行は大谷屋敷を後にした。


______________________________
その日の夕方津久見一行は堺に到着した。

町は相変わらずの盛況振りであった。

(大谷さんの言う『一地方都市に成り下がった』様には見えないんだけどなあ)

津久見は吉継の言葉を思い出しながら堺の町を進む。

「あ、ここや治部。」

と、先頭を行く行長が一つの屋敷を指さし言った。

そこは一際大きな屋敷であった。

「大きな屋敷ですね。」

「ああ。会合衆の面々ももういてるはずや。入ろうか。」

と、行長は屋敷の戸をくぐった。

そこに屋敷の使い番が現れ、行長と話すと、使い番は屋敷の奥へ案内した。

「こちらでございます。」

使い番はそう言うと、広間の襖を開いた。

「失礼します。」

行長に続いて津久見も中に入る。

そこには、4.5人の男たちが座っている。

「治部様。お久しぶりでございまする。」

と、津久見が入るやいなや男たちは深々と頭を下げた。

「え?」

津久見は驚いた様子で男たちを見た。

「いや、あ。はあ。こちらこそお久しぶり?です。」

と、津久見も深く頭を下げた。

「???」

それを見た男たちは動揺した。

「いや、治部様?」

「はい?」

「ん?まあ、お座りくださいませ。」

男たちは自分たちの知っている石田三成とは違う雰囲気に呆気に取られていた。

津久見一行も座り、男達と対座する形となった。

津久見は行長の耳元小声で囁いた。

「あの~。私って、堺と関わりありました?」

と、尋ねた。

「ん?治部よ。どうした?太閤様の堺まとめあげの責任者であったのを忘れたのか?」

「え?」

「堺の立ち上げに、博多の商業化はお前が成しえた様なもんやないか。」

「え???博多も?」

津久見は驚いた。

(石田三成って行政に秀でた事は知ってたけど…太閤検地とかしか知らなかったな…。)

津久見は改めて自分の身体を見て

(石田さん…色々頑張ってたんだな…)

と津久見は感心していると、一人の男が口を開いた。

「小西様・石田様、本日は遠路はるばるお越しくださいました。手前、堺会合衆茜屋宗佐あかねやそうさが長男、茜屋宗二郎と申しまする。」

「おお。あの茜屋宗佐殿の御子息であられるか。」

行長が答える。

「はあ。小西様より早馬を頂き、我々との会談の場をという事で、本日は堺の有力者を集めてはおりますが、一体どのようなお話でございましょうか。」

心なしか宗二郎の声は震えていた。

(ん?何か怯えているのかな?)

津久見は咄嗟に察した。

「いや、実はだな…先の戦で内府殿(家康)と和議が成立しましてな…」

「それは知っておりまする。それで何故今日この堺に?」

宗二郎は行長を遮るように言った。

「いや、まあ、今後の堺に関して話し合いがしたくて堺に来たまでじゃ。」

ビクっ。

宗二郎の、いや他の男達全員の肩が動いた。

(ん?やっぱし何か怯えているな…。)

津久見はそれを見て感じた。

「堺を…。堺をどうされるおつもりでしょうか?」

宗二郎が言う。

「どう…。ん~…。」

行長は一瞬言葉に詰まった。

「わ、わ、我々堺の商人はいかに生きて行けば宜しいのですか‥‥。」

宗二郎は震えた声でまた言った。

その目には涙すら浮かんでいた。

「噂では堺を再度一大都市になされると聞きまするが…。」

宗二郎は振り絞るように言葉をつないだ。

「おお。そうじゃ。この治部めがそう豪語しておったわ。」

「石田様が!!??」

「おお。そうじゃ。何かあるか?」

「いや…。」

宗二郎は顔を落す。

(様子がおかしいな…。)

津久見は一連の宗二郎や他の男たちを見て感じていた。


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