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第三章:初めての恋に
第37話 桜のお礼
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──ザクトアリア庭園。
その一角で、魔法で灯した幾多の明かりが闇の中で幻想的に光る。
それによって、桜の大木が浮かび上がり、この世のものとも思えない美しい情景が出来上がっていた。
「カレヴィ、お花見のお願い聞いてくれてありがとう」
ハルカは余程嬉しかったのか、にこにこしている。
「いや、おまえの願いならこのくらいささやかなものだ」
カレヴィのその言葉通り、本当にハルカの願いはつつましいものだった。
今回は邪魔者がいるが、彼女が喜ぶのなら、外での会食くらいいくらでもしようとカレヴィは心に決めた。
桜の大木の近くに準備された卓には既に料理が並べられている。
カレヴィはいつも通りハルカの皿に料理を取ってやると、彼女は礼を言ってまた周囲の桜に目を移した。
ハルカがこの景色を楽しんでいるのは分かってはいるが、カレヴィはなんとなく一人置いてきぼりを食らったような気持ちになる。
そこでカレヴィは、ハルカの気持ちを自分に向けさせようと、ふといたずら心を起こした。
カレヴィは皿に盛った旨そうに焼けた肉をハルカの食べやすい大きさにしてからフォークに刺し、彼女へと差し出した。
「ハルカ、口を開けろ」
それを見て、ハルカの白い頬が赤く染まる。
「え……、は、恥ずかしいよ」
ハルカはちらりとシルヴィ達を見て躊躇している。
カレヴィはハルカの口元まで肉を持っていくと、彼女は諦めたらしく、可愛らしく口を開く。
「それでは入らない。もっと口を開けろ」
ハルカが大きく口を開けるとカレヴィは焼けた肉をハルカの口に入れ、食べさせた。
なんだか、可愛らしい小動物を餌付けしているようで心が和む。
しかし、近くでその様子を見ていた侍女達はそうは思わなかったらしい。
「今のは意味深ですわーっ!」とやたら騒いでいる。
……確かに今の会話は聞きようによっては誤解を生みそうだ。
見れば、アーネスとイアスはこの様子を呆れて見ている。シルヴィは妙な想像をしたのか真っ赤になっていたが。
しかし侍女達が浮かれているのは、この雰囲気のせいだろうか。
幻想的な風景は嫌でもめでたい気分を煽るようだ。そして、どう見てもカレヴィがハルカに夢中なのもそれを助長した。
カレヴィとハルカはこの花見の間中侍女達から祝いの言葉を貰っている。
カレヴィはルルア酒を飲みながら、傍に愛するハルカがいて、それを祝ってくれる者がいる状況に酔っていた。
そんな時、隣に座っていたハルカが震える声で言った。
「カ、カレヴィ」
「ん? なんだハルカ」
見るとハルカはふるふると震えている。
──まさか寒いのか? 夜風に当たって風邪を引いたのではあるまいな。
しかし、ハルカはそんなカレヴィの考えを裏切って、可愛らしく彼の前に肉を刺したフォークを差し出した。
「……はい、あーん、して?」
その直後、カレヴィの時間が止まった。
ハルカの「はい、あーん」はこれ以上ない程、可愛らしかった。
おまけにハルカは猛烈な恥ずかしさに襲われたのか、耳や首まで真っ赤になっていた。
その様子は、近衛といえども他の男共の目に曝すのも惜しいほどだ。しかも、今は邪魔者達が三人もいる。
見ればその三人は口に手を当てて、ハルカの可愛らしさに身悶えていた。
──萌え死ぬとはこういうことか。
「カ、カレヴィ」
反応のないカレヴィに対して、不安になったのかハルカが涙目になってこっちを見ている。
「あ、ああ……」
そこでようやくカレヴィは我に返った。
せっかくハルカが恥ずかしがってまでしてくれたのにこちらが反応しないのはまずかった。
カレヴィが肉を食べると、ほっとしたようにハルカが息をついた。
自分が固まっている間、ハルカにはどうやら不安な思いをさせてしまったようだった。
悪かったなと思いつつも、カレヴィはハルカに素直な感想をぶつけてみる。
「……まさかおまえがそこまでしてくれるとは思わなかったぞ」
「う、うん……」
まだ恥ずかしいのか、赤い顔で俯いているハルカが愛しくて、カレヴィは思わずハルカを抱き寄せてしまった。
「真っ赤になって、本当に可愛いなおまえは」
食事の席ではあったが、カレヴィは構わずハルカを膝の上に乗せて口づけた。
「カ、カレヴィ、食事中、食事中!」
口づけの合間にハルカがそう叫んだことで、カレヴィは仕方なく彼女を元の席に戻した。
確かに、食事中にすることではなかったが、ハルカのあの可愛さは殺人的だった。
出来ることなら、この席を早く終わらせて、ハルカを寝室に連れ込んでしまいたかった。
「おまえのために用意した席だが、俺は早くおまえを可愛がりたくて仕方ないぞ」
カレヴィがそう言うと、ハルカは顔を真っ赤にし、周りにいた侍女達が嬉しそうな歓声をあげる。
「わ、わたしはまだ桜見てるから……っ」
恥ずかしそうにカレヴィから視線を逸らしたハルカは、ルルア酒に手を伸ばすとそれを一気にあおった。
「お、おい……」
ハルカの酒癖があまり良くないことを知っているカレヴィは焦った。
「いや、ハルカ嬢はとても可愛らしいね。思わずカレヴィと変わりたいと思ったよ」
アーネスが胡散臭い笑顔でハルカにそう言う。
「そう? じゃあみんなにもした方がいいのかな?」
とろんとした目つきでハルカがそう言うと、カレヴィ以外の三人が目を輝かせた。
「だ、駄目だ、ハルカ。それは俺だけの特権だ」
慌ててカレヴィが言うも、ハルカは聞く耳を持っていなかった。
「でも、せっかく招待して来て貰ってるんだからこれくらいいいじゃない」
酔っているハルカは、まずシルヴィの為に肉を食べやすい大きさに切ると、フォークに刺して彼に差し出した。
「はい、シルヴィ、あーん」
すると途端にシルヴィは耳まで真っ赤にしていた。
「仕方ないですね。今回はあなたに従いますよ。本当に今回だけですからね!」
そう言って、肉にぱくりと食いついた。
その様子をハルカはにこにこして見ていたが、今度はアーネスが催促した。
「ハルカ嬢は、わたしにはしてくれないのかな?」
それでハルカはアーネスにあーん、と肉を食べさせた。そして、イアスにも。
「ハルカーッ」
こちらの気も知らず、のんびりとあーんとかやっているハルカが恨めしい。
しかしハルカは気にもとめずに、ルルア酒に手を伸ばす。
そして危うい手元でルルア酒をグラスに注ぐと、くいくいと飲み出した。
これは飲みやすい酒だが、結構強い酒なのでもう止めた方がいいだろう。
そう思った直後、ハルカが椅子から転がり落ちそうになり、カレヴィは慌てて彼女を抱き留めた。
「俺とハルカはこれで居室に戻る。後は見物でも食事でも好きにしろ」
ハルカを心配げに見てくるシルヴィ達にカレヴィはそう通達すると、ハルカを横抱きにして王宮まで戻った。
しかし、部屋に戻ったハルカは機嫌が良く、ふらふらとあちらこちらを歩き回っている。
「お風呂~、お風呂~」
どうやらハルカは風呂に入る気満々のようだ。
酔っているのに大丈夫かと聞いたら、ハルカから「大丈夫~」という返事が返ってきた。
「それなら、俺と一緒に入るか」
「やだ」
その時だけは真顔かつ即答で返されて、カレヴィは落ち込んだ。
「カレヴィ、それじゃ後でねー。今日のお礼するから~」
侍女達に率いられながら、ハルカは非常に気になる発言を残していった。
後でお礼とは一体なんだ!?
たぶん閨の中でのことなのだろうが、ハルカはいったいどんな礼をするというのだろう。
今日はもう例の薬は飲まないほうがいいな。
なにせ礼をするとハルカ自身が言っているのだ。
そんな時に精力減退の薬を飲むなんて馬鹿らしい。
「陛下もお湯を使われてくださいませ」
ゼシリアにそう声をかけられてカレヴィは湯殿まで行ったが、彼のめくるめく想像は湯に浸かっていてもなお止まなかった。
その一角で、魔法で灯した幾多の明かりが闇の中で幻想的に光る。
それによって、桜の大木が浮かび上がり、この世のものとも思えない美しい情景が出来上がっていた。
「カレヴィ、お花見のお願い聞いてくれてありがとう」
ハルカは余程嬉しかったのか、にこにこしている。
「いや、おまえの願いならこのくらいささやかなものだ」
カレヴィのその言葉通り、本当にハルカの願いはつつましいものだった。
今回は邪魔者がいるが、彼女が喜ぶのなら、外での会食くらいいくらでもしようとカレヴィは心に決めた。
桜の大木の近くに準備された卓には既に料理が並べられている。
カレヴィはいつも通りハルカの皿に料理を取ってやると、彼女は礼を言ってまた周囲の桜に目を移した。
ハルカがこの景色を楽しんでいるのは分かってはいるが、カレヴィはなんとなく一人置いてきぼりを食らったような気持ちになる。
そこでカレヴィは、ハルカの気持ちを自分に向けさせようと、ふといたずら心を起こした。
カレヴィは皿に盛った旨そうに焼けた肉をハルカの食べやすい大きさにしてからフォークに刺し、彼女へと差し出した。
「ハルカ、口を開けろ」
それを見て、ハルカの白い頬が赤く染まる。
「え……、は、恥ずかしいよ」
ハルカはちらりとシルヴィ達を見て躊躇している。
カレヴィはハルカの口元まで肉を持っていくと、彼女は諦めたらしく、可愛らしく口を開く。
「それでは入らない。もっと口を開けろ」
ハルカが大きく口を開けるとカレヴィは焼けた肉をハルカの口に入れ、食べさせた。
なんだか、可愛らしい小動物を餌付けしているようで心が和む。
しかし、近くでその様子を見ていた侍女達はそうは思わなかったらしい。
「今のは意味深ですわーっ!」とやたら騒いでいる。
……確かに今の会話は聞きようによっては誤解を生みそうだ。
見れば、アーネスとイアスはこの様子を呆れて見ている。シルヴィは妙な想像をしたのか真っ赤になっていたが。
しかし侍女達が浮かれているのは、この雰囲気のせいだろうか。
幻想的な風景は嫌でもめでたい気分を煽るようだ。そして、どう見てもカレヴィがハルカに夢中なのもそれを助長した。
カレヴィとハルカはこの花見の間中侍女達から祝いの言葉を貰っている。
カレヴィはルルア酒を飲みながら、傍に愛するハルカがいて、それを祝ってくれる者がいる状況に酔っていた。
そんな時、隣に座っていたハルカが震える声で言った。
「カ、カレヴィ」
「ん? なんだハルカ」
見るとハルカはふるふると震えている。
──まさか寒いのか? 夜風に当たって風邪を引いたのではあるまいな。
しかし、ハルカはそんなカレヴィの考えを裏切って、可愛らしく彼の前に肉を刺したフォークを差し出した。
「……はい、あーん、して?」
その直後、カレヴィの時間が止まった。
ハルカの「はい、あーん」はこれ以上ない程、可愛らしかった。
おまけにハルカは猛烈な恥ずかしさに襲われたのか、耳や首まで真っ赤になっていた。
その様子は、近衛といえども他の男共の目に曝すのも惜しいほどだ。しかも、今は邪魔者達が三人もいる。
見ればその三人は口に手を当てて、ハルカの可愛らしさに身悶えていた。
──萌え死ぬとはこういうことか。
「カ、カレヴィ」
反応のないカレヴィに対して、不安になったのかハルカが涙目になってこっちを見ている。
「あ、ああ……」
そこでようやくカレヴィは我に返った。
せっかくハルカが恥ずかしがってまでしてくれたのにこちらが反応しないのはまずかった。
カレヴィが肉を食べると、ほっとしたようにハルカが息をついた。
自分が固まっている間、ハルカにはどうやら不安な思いをさせてしまったようだった。
悪かったなと思いつつも、カレヴィはハルカに素直な感想をぶつけてみる。
「……まさかおまえがそこまでしてくれるとは思わなかったぞ」
「う、うん……」
まだ恥ずかしいのか、赤い顔で俯いているハルカが愛しくて、カレヴィは思わずハルカを抱き寄せてしまった。
「真っ赤になって、本当に可愛いなおまえは」
食事の席ではあったが、カレヴィは構わずハルカを膝の上に乗せて口づけた。
「カ、カレヴィ、食事中、食事中!」
口づけの合間にハルカがそう叫んだことで、カレヴィは仕方なく彼女を元の席に戻した。
確かに、食事中にすることではなかったが、ハルカのあの可愛さは殺人的だった。
出来ることなら、この席を早く終わらせて、ハルカを寝室に連れ込んでしまいたかった。
「おまえのために用意した席だが、俺は早くおまえを可愛がりたくて仕方ないぞ」
カレヴィがそう言うと、ハルカは顔を真っ赤にし、周りにいた侍女達が嬉しそうな歓声をあげる。
「わ、わたしはまだ桜見てるから……っ」
恥ずかしそうにカレヴィから視線を逸らしたハルカは、ルルア酒に手を伸ばすとそれを一気にあおった。
「お、おい……」
ハルカの酒癖があまり良くないことを知っているカレヴィは焦った。
「いや、ハルカ嬢はとても可愛らしいね。思わずカレヴィと変わりたいと思ったよ」
アーネスが胡散臭い笑顔でハルカにそう言う。
「そう? じゃあみんなにもした方がいいのかな?」
とろんとした目つきでハルカがそう言うと、カレヴィ以外の三人が目を輝かせた。
「だ、駄目だ、ハルカ。それは俺だけの特権だ」
慌ててカレヴィが言うも、ハルカは聞く耳を持っていなかった。
「でも、せっかく招待して来て貰ってるんだからこれくらいいいじゃない」
酔っているハルカは、まずシルヴィの為に肉を食べやすい大きさに切ると、フォークに刺して彼に差し出した。
「はい、シルヴィ、あーん」
すると途端にシルヴィは耳まで真っ赤にしていた。
「仕方ないですね。今回はあなたに従いますよ。本当に今回だけですからね!」
そう言って、肉にぱくりと食いついた。
その様子をハルカはにこにこして見ていたが、今度はアーネスが催促した。
「ハルカ嬢は、わたしにはしてくれないのかな?」
それでハルカはアーネスにあーん、と肉を食べさせた。そして、イアスにも。
「ハルカーッ」
こちらの気も知らず、のんびりとあーんとかやっているハルカが恨めしい。
しかしハルカは気にもとめずに、ルルア酒に手を伸ばす。
そして危うい手元でルルア酒をグラスに注ぐと、くいくいと飲み出した。
これは飲みやすい酒だが、結構強い酒なのでもう止めた方がいいだろう。
そう思った直後、ハルカが椅子から転がり落ちそうになり、カレヴィは慌てて彼女を抱き留めた。
「俺とハルカはこれで居室に戻る。後は見物でも食事でも好きにしろ」
ハルカを心配げに見てくるシルヴィ達にカレヴィはそう通達すると、ハルカを横抱きにして王宮まで戻った。
しかし、部屋に戻ったハルカは機嫌が良く、ふらふらとあちらこちらを歩き回っている。
「お風呂~、お風呂~」
どうやらハルカは風呂に入る気満々のようだ。
酔っているのに大丈夫かと聞いたら、ハルカから「大丈夫~」という返事が返ってきた。
「それなら、俺と一緒に入るか」
「やだ」
その時だけは真顔かつ即答で返されて、カレヴィは落ち込んだ。
「カレヴィ、それじゃ後でねー。今日のお礼するから~」
侍女達に率いられながら、ハルカは非常に気になる発言を残していった。
後でお礼とは一体なんだ!?
たぶん閨の中でのことなのだろうが、ハルカはいったいどんな礼をするというのだろう。
今日はもう例の薬は飲まないほうがいいな。
なにせ礼をするとハルカ自身が言っているのだ。
そんな時に精力減退の薬を飲むなんて馬鹿らしい。
「陛下もお湯を使われてくださいませ」
ゼシリアにそう声をかけられてカレヴィは湯殿まで行ったが、彼のめくるめく想像は湯に浸かっていてもなお止まなかった。
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