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#17
しおりを挟むよく聞く言葉なのに反応が遅れる。
ごめん、か。そういえば久しぶりに言われた……。
「もう、何で謝んだよ。俺が勝手に落ちただけだろ」
事実だから素っ気なく返す。寝不足なのに気を抜いた自分の落ち度だから、そこはハッキリ言い切った。
それでも理貴は元気がなかった。ボケっとしてるか飄々としてるか、いつもはそのどっちかだから……何か新鮮だ。
「誰かに見られたら超イヤだったけどさ。運んでくれてありがと。すげー助かったよ」
お礼だけはちゃんと伝えておきたい。彼はきょとんとしてたけど、やがて眩しいぐらいの笑顔で俺の額を小突いた。
「後でまた来るから、絶対そこで待ってろよ」
「う、うん」
不思議だ。今の理貴は夜の理貴みたい。……って、それも日本語おかしいな。
「あー絹川君、水無君の教室に寄って、このことを担任の先生に伝えてもらってもいい? HRに遅れたことは私から説明するから」
「はーい」
先生の声掛けに頷き、理貴は今度こそ部屋を出て行った。その途端に部屋の色味が暗くなった気がした。
痛みがひくまで休んでるよう言われたけど、本当は彼を追いかけて教室へ行きたかった。……置いて行かれるのは昔から苦手だ。彼と離れたときのことを思い出してしまう。
ベッドに倒れ込み、カーテンを引っ張って囲いをつくった。いっそのこと、この空間に留まっていたい。良いことは何も起きないけど、悪いことも起きない。瞼を伏せて深く息を吸った。
昔……大昔だけど、たまに近所の子どもにいじめられることがあった。せいぜい遠くで野次を飛ばされる程度だけど、弱かった自分にとっては外へ出たくなくなるぐらいいやなことだった。
土曜日も日曜日も自分の家の窓から下を見下ろしていた。すると決まって、あの声が隣から飛んでくる。
『いたいた。真陽、外遊びに行こっ!』
手を伸ばしてもギリギリ届かない距離の、隣家。その二階の窓から理貴がひょこっと顔を出す。
彼は何故か、俺が外を眺めるタイミングが分かってるようだった。時間なんて毎日バラバラなのに、本当に不思議だ。
『あ、そうだ……! その前に俺が育ててるアサガオ見てよ』
暑い暑い夏の日、小学生の俺達は外へ出た。そのとき理貴が育てていたアサガオを見せてもらった。あのときの鮮やかな赤紫は今でも覚えている。
こんな優しい理貴に育ててもらえるんだから、このアサガオは幸せだな、とかしょうもないことを思ってた。
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