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20 世界の入り口

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 榎本の自宅にフルダイブ機が二台備えられてからというものの、ガルドはご機嫌だった。榎本と同時にプレイできないというのは、ガルドが思っていた以上にストレスだったのである。
 ログインしていないときでも、榎本とゲーム談義が思う存分出来るというのは心地がよい。ふとした日常のひとコマも、ギルドメンバーのことやゲームでの用語を絡めて会話が出来るというのは楽しいものだ。
 最近は、フロキリ内で食べていた料理を再現するのに凝っている。ひいきにしている「青椿亭」という酒場には、缶に入ったカマンベールチーズに白ワインを注ぎ、缶のまま炭火で焼いたというメニューが存在する。亜流のチーズフォンデュだ。聞いただけでも美味しそうなのだが、VRの味覚再現ではどうもこれが「マカロニの無いグラタン」にしか感じない。
 味覚の再現はフルダイブVR出現当時に比べればかなり良くなった。当時のVR食パンを「まるで炒めたナタデココ」と表現したプレイヤーは伝説となった。今でこそヴァーチャルな食事を楽しめる程度にはなったものの、まだまだ美味しくないものは多い。
 開発スタッフやゲーム運営会社は、美味しく感じることのできるデータしか表に出さない。そこを通過してきたはずのチーズフォンデュは、不味くはないが上手くもない中途半端な料理と化していた。炭火の香ばしさは大層難しいのだろう。期待して注文した同ギルドのレイド班所属メンバーが「こりゃ金の無駄!」と言っていたのが印象深い。

 二人は冬のベランダで寒さに震えながら、リアル炭火チーズフォンデュを目指した。
 榎本が押し入れから引っ張り出してきた七輪を使って再現したのだが、思っていた程スムーズにはいかなかった。網を敷いてその上に缶を置けばよかったのだが、そこまで頭が回らず直火焼きしてしまい、すっぽりと七輪のくぼみに缶が挟まってしまったのだった。
 半ばひっくり返り炭も入ってしまったチーズフォンデュを、せっかくだからと箸でつまむ。
 「バカだなぁ、俺ら」
 「でも旨い」
 「そうだな。炭が入ってなけりゃ、もっと旨いだろうな。じゃりじゃりする……こりゃ炭フォンデュだな」
 そう言って箸で一円玉ほどの大きさの欠片を摘まんだ榎本に、ガルドは珍しく涙が出るほど笑った。腹を抱えて笑うガルドを見るのは久しぶりだった。榎本もつられて笑いだす。
 年の離れたバディは、馬鹿みたいにベランダで笑いあった。


 なにはともあれ楽しい共同生活だったのだが、高校の後輩の一声によってガルドの意識は急変する。
 「先輩?それ、同棲ですよ?」
 「どうせい……?」
 ガルドが探していたフルダイブ機「テテロ」の所在調査に関わるため、後輩であるハルにのみ、居候先が偽装彼氏の元だということを伝えることとなった。彼は「転勤先から半年ほど日本に戻ることになったため、ウィークリーマンションを借りている」ということにされた。
 上手く利用すれば、日本から米国に戻るのにくっついてハワイ旅行に行くという口実に繋げられるだろう。そんな打算を含め、榎本自身が発案した設定だった。
 「先輩の彼氏、年上なんですよね。確かに私たちの年代だと実感ないですけど、二十代の恋人が一緒の部屋に住むのって間違いなく同棲ですよ!」
 「それは、確かに」
 彼女としては、佐野みずきという女子高生が大人な彼氏と同棲生活をスタートさせたという認識でいた。だが本人は、ガルドというゲーマーがギルドメンバーの住まいに転がり込んだという認識である。
 「ちょっと気が早いかもしれないですけど、あれじゃないですか!?」
 鼻息を荒くした後輩が身を乗り出して捲し立てる。
 「あれ?」
 「結婚を前提にした、ってやつですよー!」
 けっこん。みずきの脳には欠片もない単語だった。信じられないものをみるような表情で、後輩ハルを見つめる。とても楽しそうだ。
 「同棲っていうのは、結婚前に、練習としてするもんですよ。兄がそうですから!」
 身近に経験者がいたからこその発想だったのか、とみずきは納得した。高校一年にしては、やけに大人びた考え方だ。余計な入れ知恵を恨みながら、爽やかなあのハルの兄を思い浮かべる。大卒で新入社員で一年目にして、すでに結婚前提の同棲をスタートさせているらしい。確かに見た目通りの人生を歩んでいるようだ。つまるところ、リア充なのだろう。
 「そうなのか」
 なにしろあの榎本だ。相棒であり、同志であり、いいライバルだ。彼とどうこうしたいという考えは持ったことがない。いつか決着はつけたいと思っているが、今はそんなことより世界大会だ。阿吽の呼吸を育むのに必死である。

 後輩であるハルは、みずきの恋の応援団長としてやれることは何でもするつもりでいた。自覚のない彼女のために爆弾を落とすのも、必要であれば咬ませ犬にもなるつもりでいる。日本に帰ってきている彼氏さんにご挨拶もしたいと考えていた。
 「先輩の彼、ご家族に紹介しないんですか? もう四年目なんですよね、もういい時期だと思いますよ。彼氏さんもそう思ってると思います!」
 そしてあわよくば自分にも会わせてほしい、という打算をもっているハルは、満面の笑みを浮かべている。
 「……まだ早いかな」
 「そうですかー? まぁ、高校卒業くらいがちょうどいいんですかねぇ」
 みずきは、崩れすぎて原型を留めていない計画を思い出していた。ハワイの世界大会へ穏便に参加するための、友人を利用した両親懐柔計画のことである。
 実際には、穏便にどころかゲームプレイの危機を招くという、散々な状態である。
 計画では、両親へを紹介し、その彼から旅行の安全を保証してもらうというストーリーで段取りを進めていた。ここにきてそれを思い出し、上手く元々の計画へ軌道修正出来ないか考え始めたのだった。


 「そもそも、俺みたいなオッサンを紹介した時点で反対くらうだろ。」
 帰宅した榎本と鍋をつつきながら、計画の再開について話題に挙げた。七輪に続き、アウトドア派の一面を持つ榎本が持っていたカセットコンロで熱々の鍋を楽しむ。みずきの自宅には無かったアイテムだ。その美味しさに感動した彼女のリクエストで今週二回目の鍋、本日は塩ちゃんこだった。
 「そうか?」
 「んだってな、そもそも設定が無理あるだろ。お前、十七。俺、四十一。差が二十四もあるんだから。二十四歳で子供のいる男だっているんだぞ……」
 「もうひと押し減らせる」
 「サバ読めってか。それでも減らせて四つぐらいだな」
 確かに榎本の言うことは事実で、反対は目に見えていた。みずきの両親は同じ年齢の同級生だった過去があり、佐野家の親族にも年の差婚をしている夫婦はいない。
 フルダイブの脳波感受型コントローラに嫌悪感を示した母親が、年の離れた男を連れてくる娘にどう反応するか、考えるまでもなかった。

 ソファ前のローテーブルをちゃぶ台のようにして夕食をとっていた榎本は、すぐ後ろのフルダイブ機を横目で見る。
 ガルドが榎本の自宅に居候するようになったのは、彼女の母親が原因だった。今なお自宅に帰れないでいるのも、世界大会に出場するための海外旅行の件も、ガルドのゲーマー人生そのものについても、母親が壁となって立ちはだかっている。それは、部外者で話を聞き齧っているだけの榎本にも理解できた。
 押し黙ってしまったガルドを眺めながら、鳥つくねをかじる。軟骨が入っているらしく、食感が楽しめて美味だった。出来合いの市販つくねで簡単に鍋が作れることを知り、榎本はまたひとつガルドを尊敬した。
 いい嫁になるだろう。だから、こいつを幸せにしてくれる男は、俺なんかじゃない。もっと若いやつだ。その親心にも似た思いが、榎本を少しづつ侵略していた。アキバオフ会以前には、考えた事もないことである。
 だが、俺以上に理解のあるやつじゃなきゃだめだ。榎本はガルドを支える男の条件を考えた。
 ゲームを愛し、男だらけのフロキリに入り浸るのも許すやつ。少し頑固なところを甘やかしてくれるやつ。
 いるだろうか、そんな男。榎本は少し悩み、考えるのをやめた。ジャッジするのはガルドの親父さんだ。

 榎本はその親父さんに賭けるのがいいだろうと判断した。
 「今までのこともある。おふくろさんは期待できないだろうな。反対されるに決まってる。だが、親父さんならなんとか言いくるめられるかもな」
 ちょうど口一杯に熱々のしいたけを頬張っていたみずきは、返事が出来なかった。
 「お前が親に負けて引退、なんて悪夢だ。正直、うちのギルドは一人でも欠けるとしばらく立ち直れないぞ。特にお前の存在は結構デカい。最悪、解散なんてことになりかねない」
 「ギルマスの時みたいになるって?」
 「それ以上の騒ぎになるだろうな。お前、自分が思ってる以上にレアなのわかってんのか?」
 ため息をつきながら、榎本は冷静に考える。
 銃使いガンナーだったギルマスの抜けた穴は、当初同じ銃で埋めようとした。それが試行錯誤の末、もともとギルド前線メンバーに無かったミドルレンジのオールマイティなポジションを作ることで、なんとか落ち着きを取り戻した。
 銃は比較的人気の武器だ。ギルマスの穴を埋める立候補者は後を絶たなかった。だが、あのギルマスの持つスキルが特殊だったために誰も当てはまることはなかった。
 スキルを取得できたとしても、模倣は難しかっただろう。ギルマスは独自のスタイルを確立し、継承することなく去っていった。見よう見まねで教えたところで、あの領域までたどり着くことは出来ない。新しいスタイル・夜叉彦を産み出すのは必然だった。
 もしガルドが抜けたら、彼を模倣する若い奴が名乗りをあげるに違いない。だが、誰も当てはまらないだろう。プレイヤーのヘイトを稼ぐという稀有な能力、パリィの完成度、装備のレベル、見切りスキルの成功率、判断力、その全てをクリア出来る人材など日本サーバーには居ない。断言してもいい。海外に目を向けても、中に人がいる状態のキャラのヘイトをコントロールできる奴などいるだろうか。
 ベルベットの穴を埋めることになった夜叉彦は、参謀のマグナがプロデュースした「育成されたトッププレイヤー」だ。ロンド・ベルベットが欲しかった能力をオプションで追加したニューフェイスは、期待以上の活躍をしている。
 ガルドのポジションである「最前線・ヘイトを自分から一身に受ける・防御も出来る・火力のデカいアタッカー」など育成できっこない。そもそも誰が育てればいい。
 「お前の代わりなんて、誰も出来ないんだ。せめてフロキリサービス終了までは続けてくれよ?」
 「もちろん」
 すりおろした生姜を茶碗に追加投入しながら、みずきは、ガルドとして深く頷いた。高校卒業後は自立してもおかしくない年齢だ。もし父親にも反対された場合、進学より自立を優先させても良い。そうすれば障害は無くなるはずだ。若さゆえの熱意でもって、みずきは決意を新たにしていた。


 母親より先に父親と話がしたかったみずきは、飛行機で帰ってくるその足を引き留めるのが良いと踏み、空港まで出向くことにした。話す内容は、まず第一にフルダイブ機の許諾、第二に海外遠征の承諾だ。
 国内線を使用する父だが、金額的な問題なのだろう、格安航空を使用していた。前もって便名などを教えてもらったみずきは、中央線と総武線を利用して空港に向かった。
 成田国際空港に来るのは、初めてだった。高い天井に、ユーザーインターフェイスがグローバルな感じがする。自分まで外国帰りのような気分になってくるのが、みずきをうきうきとさせた。
 至るところから日本語でない言語が聞こえてくる。英語に限らず様々な言語圏だが、そのどれもみずきには理解できない。モノアイ型のプレーヤーを装着して、専用の言語翻訳アプリを開けば解るようになるはずだ。だが、狭い日本と広い海外の数少ない橋である空港を満喫するため、あえてプレーヤーはつけなかった。
 海外遠征の話が出てからというものの、みずきは日本の外側を意識するようになった。自分が住む社会というのは相当に狭く、外側が広大な世界だということを再認識したのだ。きっと、世界には自分が知らない常識というのが山ほどあるのだろう。フルダイブ・脳波感受機器による恩恵を生理的に嫌悪する人が多い日本と比較すれば、海外はもっと好意的にフルダイブを受け入れてくれる。それは、プレイ人口から見ても明らかだった。
 時間がまだ余っていることもあり、飛行機を遠目にみることができるテラスまで足を運ぶ。
 「ほぉ」
 休日ということもあり、子供連れが多い。カラフルなパッケージをされた沢山の飛行機が並ぶ様は圧巻だ。轟音をたてて離陸して行く白い翼が、冬の青い空にすうっと溶けていった。風が強い。
 半年後には、あれに乗って南の島に行っているはずだ。それだけではない。英語は社会科ほど得意ではないが、今から頑張れば間に合うだろう。もしもフルダイブプレイヤーであり続けるのが難しくなったら。卒業後はあの飛行機に乗って、別世界に飛び出すのもありかもしれない。時差はあるが、ロンド・ベルベットに在籍し続けるのは不可能ではない。
 世界は広い。みずきは将来を大まかに思い描き始めていた。


 フェンスごしにしばらく飛行機たちを眺めてから、冷えきってしまったみずきは建物のなかに戻っていった。暖かい飲み物でも飲んで、時間までゆっくり空港を楽しもう。そう考え、休めるポイントを探して歩きだした。
 広い空港内には至るところにベンチがあるが、父親と会えないと困る。みずきは辺りを見渡しながら、目に入りやすいポイントを探して回った。途中の日本土産を冷やかしながら、ぽつんぽつんと点在する喫茶店やファーストフードショップが目に入る。どこにでもある赤と黄色のハンバーガーショップの、シンプルなコーヒーのポスターがやけに魅力的に見えた。店内は混みあっていたが、一人用のカウンター席は空いている。この店で待つことにした。
 ホットコーヒーをブラックのままで飲みながら、父親を言いくるめるための台詞を考えた。みずきはコーヒーをお茶の類いだと考えており、ブラックこそ基本だと考えていた。甘い飲み物にするときはとことん甘く、ホイップクリームを乗せるレベルのコーヒーでないと飲まない。
 安さゆえか、苦味が広がる。だがとにかく暖かい。気持ちが落ち着くのを感じ、思考を再開させた。

 まず、母親にどこまで聞いているのかリサーチをすべきだ。その後、状況に応じて自分の気持ちを話す。勝手に散財して勝手に手術を受けたことは、とりあえず謝る。それは確かに悪いことだと理解できるからだ。
 だが、みずきには脳波感受型コントローラを埋め込むということがなぜいけないのか理解できていなかった。個人の思考を外部から覗くことのできる仕組みを嫌悪する者も、体に異物を常時いれていなければならないということを嫌がる者も、みずきは共感できない。
 もし、父がそんな反応を示したら。
 みずきは、以前オフ会の前に感じていた恐怖感に再度包み込まれていた。


 娘から届いた「迎えにいく」というメッセージに、父親は喜びを隠せずにいた。
 「わざわざ成田まで来てくれるなんて、優しいお嬢さんですね」
 出張先で行動を共にしていた部下がこれまたにこにことしながら声をかけてくる。常日頃から娘の自慢話をしていたせいか、彼はやたらとみずきを高く評価していた。実際に会うのは初めてで、それを楽しみにしているようだった。
 「やっぱりここで解散にしようか。電車まで一緒にいる必要は無いんじゃないかい?」
 「ええ!?せめて挨拶だけさせてくださいよー!」
 本当に残念そうな表情で部下がすがってくる。みずきの父より痩せ形の彼は、一瞬見ると骸骨のような立ち姿をしている。有能で得難い部下だが、痩せすぎていることが心配だった。
 「少し話したら帰っていいよ」
 「それはもちろん。こみいった話があるでしょうし、退散します」
 出張中に彼の妻から鬼のように電話がかかってきていたことを、部下はよく目にしていた。娘であるみずきからのメールが届くたびに花を飛ばして喜ぶ様子も、よく見る光景だった。なにやら緊急事態があり、妻と娘が夫を挟み喧嘩していることも察することができた。
 「はは、バレバレだったようだね。うーん、妻から詳しい話を聞いていたんだけど、彼女は正論ぽい持論を捲し立てるタイプなんだ。娘側からも聞かないと、平等じゃないからね」
 マスメディア関係の職業病なのだろうか、彼女の言い分は正しそうに聞こえてくる。それが彼女の視点からの話であり、正確で平等な話かどうかは別の次元である。ただし今回ネックになるのは、娘のみずきがやたら無口で口下手だということだ。
 「佐野さん、いいお父さんしてるんですね。俺も頑張んないと」
 「君はまず相手からだな」
 「婚活、頑張ります……早速明日行ってきますよ!」
 「そうかい、いい結果になるといいね」
 恐らく上手くいかないだろう。部下が相手に求める条件が高すぎる件は、部署の飲み会でよくネタにされる話題だった。
 
 妻から聞いたのは、我が家の一人娘がいつからか脳に電子部品を埋め込んでいたこと、それを使ってゲーム世界に入り浸っていたこと、その機材に二百万近い金額を勝手に投入していることだ。それに関して海外に行く予定があるが、その件については「頭に血が上りすぎてよく聞かなかった」と言っていた。
 みずきの父は、その仕事柄脳波感受型のマルチデバイスを装着した人間に接することが多い。そのことは、あまり家族には言っていなかった。妻がまさかあれほど否定派だったとは知らなかったが、世間一般ではそういう考えの者は多い。
 「娘さん、美人なんですよね。いいなぁ、進学校で美人で運動神経も良いなんて。自慢のお嬢さんだ」
 「やらないよ」
 「そんなこと一言も言っていないっすよぅ……」
 隣でみずきに期待を膨らませている部下も、こめかみのあたりが突起しているのが分かる。プロトタイプで安物だったせいか、皮膚の下で存在感のある大きさのデバイスを埋め込んでいる。
 「話は変わるんだが、高校生が海外一人旅ってどう思う?」
 「ええ? 突然ですね。治安の悪いところは良くないですけど、俺たちの世代より留学とか流行ってますから、いいんじゃないですか?」
 「ふむ」
 行き先も期間も聞いていないが、発展途上国でも無い限り治安の方は大丈夫だろう。大切に、化粧箱にでも入れているかのように育ててきた娘だ。ここまで意思を主張してきたのは嬉しいことだった。まさか家出するとは思いもしなかった。
 「また話は変わるんだが、家出してまで通したいことが否定されたら、君ならどうする?」
 「え、また突然……そうですね。俺、こう見えてフォークソング好きなんですけど」
 「知っているし、似合ってるよ」
 「そ、そうすか!? 嬉しいです。でも親には反対されて……古くさいしうるさいって、必死に貯めた金で買ったヴィンテージ品の蓄音機も、アコギも売り飛ばされて」
 「ずいぶん思いきった親御さんだね」
 「ひどいんすよ……自分達はロックが好きだからって!」
 音楽性の不一致というのは、みずき達佐野一家には無い価値観だった。
 「それで俺、夏休みに武者修行という名の家出したんですよ。フォーク界で有名な楽器屋に直談判して、給料要らないから住み込みで働かせてほしいって言って、一ヶ月間フォークソングに浸りました」
 笑いながらそう話す細っこい部下をまじまじと見つめながら、みずきの父は危機感を覚えた。正直、部下はとても行動派には見えない。有能でほどほど積極的だが、そこまで向こう見ずに行動できるタイプではない。
 その彼がそこまでするのは、親への反抗があってのことだろう。
 「……そうか。君も思いきったな」
 「楽しかったですよ。あの頃は青春してました! 将来とか不安で、欲望のコントロールもできなくて、親は敵だと思ってて。でも、後悔はしてないです。いまでもギターは趣味ですし」
 そう言ってじゃかじゃかと弦を弾く仕草をした。
 娘には、自分が知らなかった熱意があるのだろう。ルールや世間体などクソ食らえという年齢だ。抑圧したところで部下のようになるだろう。つまり、勝手にやる。暴走して、周囲に迷惑をかけ、それでも後悔しない行動をする。
 親の自分は心配で仕方がない。
 脳波感受型コントローラについては、は無いはずだ。むしろ利便性から言って良いことだ。彼らの仕事が早いことは身をもって知っている。そこは自分から妻を説得しよう。
 金額については、妻には昔から「小遣いを渡しすぎだ」と注意していた。それを辞めなかった妻に責任がある。渡したからには、使い方は子供に一任されているのだ。
 問題は、ゲームに入り浸りすぎて勉学に支障が出ること。そして、妻が聞き取りきれなかった海外旅行の件。これを、にクリアさせるために釘を指す。
 「佐野さん、聞くだけ聞いてシカトですか?」
 部下が趣味の「二十世紀高度経済成長期の音楽」について語り出していた。それを当たり前のように聞き流しながら、彼は娘の将来を憂いた。
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