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リリネリア・ブライシフィック
幸せなんかじゃない
しおりを挟む絶句しているとレジナルドは少し迷うような顔をしてから床に腰を下ろした。この部屋には簡易ベッドと小さな書き物机しかない。
そして、書き物机はその役割を果たしておらずただの物置き場と化していた。迷いなく床に座ったレジナルドは未だに呆然としている私を見上げて、少し苦笑するようなーーー複雑な色をうかべた。
「いや、少し違うな。紛らわしかったね。僕が聞きたかったのは、きみが本邸を出たのはきみの意思なのかーーー。あなたの選択だったのか、聞きたかっただけだ」
あっさり断言したレジナルドに、私は返す言葉を失った。
私が本邸を出た理由………?それをあなたが聞くの………?あなたが追い出したようなものなのに?私の死を偽ってまで、隣国の王女を娶りたかったというあなたが、それを聞くの…………?
私はもはや、レジナルドが何を考えているのか分からなかった。
だけど、こうも毎日付きまとわれた挙句、無理やり部屋に押し入ってきたのだ。もう全てぶちまけた方が早い気がした。
そして、もう二度と私に構わなければそれでいい。
もう、私とレジナルドが関わることなんてこの先ないのだから。レジナルドはゆくゆく国王となる人で、エリザベートはただの町娘だ。接点があるはずがない。
随分長く想った隣国の王女を娶った今、なぜレジナルドがこんなに食いついてくるのかよく分からない。だけど、どうせならもうぶちまけた方が早い。言葉の刃を持って、彼を傷つけた方がきっと、いい。何がいいのかわからない。だけど、もう。なんか、もう。本当にどうでもいいんだもの。
「…………それを、あなたが言うの?」
思ったよりも声は震えた。だけどそれは悲しみとか、苦しみとか、そんな色じゃなくて。ただの喜悦だった。面白くて、笑っちゃいそうなの。
ねぇ、レジナルド。やっぱりあなたも私を狂ってるというの?私はおかしい?人間じゃない?こんなに、感情の幅が大きくて、すぐ泣いて、すぐ怒って、かと思いきやいきなり笑って。今でさえ薄く笑みを浮かべている私は気持ち悪い?人間じゃない?
ーーーなら、そうだと言えばいい。
私のことなど嫌いだと言って、私のことなど1ミリたりとも想ってなかったと、そう言えばいい。
そう言われることによって、私はきっと救われるから。嬉しくなるんだ。きっと。自分で自分がわからない、なんてチープな言葉が出てきてまるで安い三文芝居のようだと思った。
さながら今の私は悲劇のヒロインを気取った可哀想な女で、主役の2人からしてみたらきっと私は悪役なのだ。
悪役は滅びるのが宿命なのだから、この先待っているのは私の破滅か。
これ以上破滅することなどあるのだろうか?これ以上の無様さがあるのだろうか?分からない。もう、何もかもわからなかった。
「………リリィ?」
「なんかもう。どうでもよくなっちゃった」
昔のような口調で、昔のように笑みを浮かべて、だけど何一つ昔とは違うリリネリアは、そうやって笑った。きっと、今の私もまたリリネリアなのだ。出来損ないのリリネリア。可哀想なリリネリア。
他の誰でもないあなたが、レジナルドがリリネリアを希望するなら、見せてあげよう。今のリリネリアはただのガラクタで、屑で、人形のような有様なのだと。私は笑った。リリネリアは、微笑んだ。
「あのね。レジナルド」
そうして、私は初めて彼の名を呼んだ。再会してから呼ばなかった、彼の本当の名前を。
「なんで、今更会いに来たの?私を笑いに来たの?無様な私を見て、楽しかった?………いや、ごめんなさい。あなたはそんな人じゃないわね。きっと、これは偶然。神様の悪戯めいた奇跡なんだわ。やだ、奇跡だって。ふふ、面白いわね」
レジナルドは何も言わない。驚いているようだ。あっけに取られているような彼に、ますます気分が良くなってくる。私は小瓶の蓋をとって、それをそのまま真っ逆さまにした。
透明な水がベッドのシーツにしみを作る。理由なんてない。なんとなく、だ。
「それで、お優しいあなたは思うんだわ。自分のせいで、リリネリアがこうなっちゃったって、今、すごく呵責の思いに囚われてるんしょう?そうよね?だからわざわざ私に会いに来て、こうやって構うの。ねぇ。満足?これで満足?私がこうやって、あなたを責めたら少しはあなたは満足なのかしら…………?ねぇ、私の元婚約者さん」
ふふふ、と笑う私に、レジナルドが息を飲む。そしてややあってから、乾いた声で彼が告げた。
「リ、リネリア………?」
「あなたは今、きっと。とーっても幸せなんでしょうね!羨ましいわ。私が喉から手が出るほど欲しがった幸福を、あなたは、あなたたちは手に入れたってことなのでしょう?羨ましいったらないわよ。ふふふふふ。ねぇ、これで満足?私にこう言って欲しかったのではなくて?」
リリネリアであった頃の彼女のように、柔らかな笑みとちょっと気の強い言葉で彼に話しかける。レジナルドはじっと黙っていたけれど、やがてゆっくり目を閉じた。そして、ゆるゆると目を開けてーーー彼は、告げた。
「僕は、幸せなんかじゃない」
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