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2.捨てたのか、捨てられたのか
ウーティスの森
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「…………はい?」
呆気に取られた私に、しかしローレンス殿下は発言を撤回することはしなかった。
自然な様子で彼は話を続ける。
「だから俺は、あなたのことを知っている。そして、俺がここに来たのは、ウーティスの問題を片付けるためだよ」
あっという間に話が変わった。
矢継ぎ早に言われて、私は目を瞬く。
「……わ、たしとあなたとが会っている?十……四年前に?……なにかの、冗談ですか」
少なくとも、私にその記憶はない。
からかわれている──とは思いにくい。
彼の目は至って真剣だし、嘘を言っているようには思えない。
だけど、私は知っている。
世の中には平気な顔をして嘘を吐く人間がいることを。
「あなたは、覚えていない」
「……十四年前といえば、私は六歳です。当時の記憶はあります。あなたと会った覚えはありません」
六歳の頃。
私は聖女の力に目覚め、当時王太子だったヘンリーと婚約した。
その時のこと──聖女の力に目覚めた後、神殿に赴いて神殿所属の聖女となった。婚約式で、書類にサインをした。
全て覚えている。私と彼は、会ったことなどない。
語気を強める私に、ローレンス殿下は真っ直ぐに私を見つめた。
「あなたは、聖女の力が発現したショックで、気を失った。……十四年前、きみは六歳の時のことを全て覚えている?部分的に欠けているところがあるんじゃないかな」
「それは……幼かったものですから。覚えていないことなんて多々ありますわ。誰しもそんなものなのでは?」
ローレンス殿下は、そうではない、と言うように首を横に振った。
そして、私と彼の間に立つルイスの肩に手を置いた。
退くように、という無言のメッセージだ。
ルイスが険しい顔でローレンス殿下を見た。挑むかなのように鋭い目を向ける彼に、ローレンス殿下が静かに言った。
「危害を加えることはしない。俺の……アルカーナの名において誓う」
「…………」
ルイスは答えなかった。
沈黙し、ローレンス殿下の真意を探っているようだ。
そんな彼に、私は代わりに答える。
「わかりました。……ルイス」
「ですが、シャリゼ様」
私はルイスに大丈夫だ、と示すように目配せをした。
彼は、ローレンス殿下は【アルカーナの名に誓って】と言った。それなら、その誓いを破るような──国の名を穢すようなことはしないだろう。
彼は、アルカーナの皇子だ。
私は、彼自身のことはよく知らないし、もしかしたら忘れているだけなのかもしれないけど覚えてもいない。
だけど、アルカーナの王侯貴族の矜恃の高さはよく知っている。
彼らにとって、アルカーナの国名は軽くない。そうかんたんに誓えるものではないのだ。
だから、信じようと思った。
私も、彼に聞きたいことがある。
ルイスが退いて、ローレンス殿下が私の前に立った。
ずいぶん背が高い。ノアと同じか、それより少し高いくらい、かしら。
この際、過去、私と会っていたかどうかは今この時においてそう重要ではない。
もっとも重要視しなければならないことは、ローレンス殿下が今、この場にいる、ということ。
アルカーナ帝国と度々小競り合いが起きる、このウーティスに。
「……ローレンス殿下。あなたはなぜここに?」
「ウーティスの件で、王と話がしたくてきた」
「陛下に?」
それなら、なぜ王都ではなくウーティスにいるのだろう。
聞き返すと、ローレンス殿下は首を横に振って答えた。
「あの男では話にならない。かといって、次期王と思われる王弟──ノア殿下は、今忙しいだろう?そこで、あなただ」
「……私は、王妃という立場を失った身ですが」
「それでも、あなたが王妃であった事実は変わらない。それに……この際、立場なんて関係ないんだ。あなたは、誰よりもこの国、ヴィクトワールを愛し、大切に思っている。だから、話し合いがしたいと思った」
「……お話の意図が見えません。あなたは、私に何をさせたいのですか?」
話の本題を促すと、ローレンス殿下は私の言葉に少し驚いた様子を見せ──ふ、と笑った。
まるで、昔馴染みの相手でも見るように。
……落ち着かない。
相手は私を知っているようなのに、私だけが知らないこの状況に。
「人惑わせの森──ウーティスの魔素を浄化して欲しい」
「ウーティスの浄化……?いえ、【人惑わせの森】?」
思わず、背後を振り返る。
そこには、広大な森が広がっている。
ここは、山なのか森なのか判別がし難いほど緑に溢れた場所だ。
それなのに、今までこの近辺で魔獣の出現も、魔素の汚染も確認されたことはなかった。
それを不思議に思ったことはあるけれど、次から次に出現する各地の魔獣討伐、魔素の浄化、治癒活動に忙しく、森の調査まで手が回らなかった。
私が森を見ていると、ローレンス殿下が静かに言った。
「誰でもない森。アルカーナでは、人惑わせの森とも呼ばれている」
呆気に取られた私に、しかしローレンス殿下は発言を撤回することはしなかった。
自然な様子で彼は話を続ける。
「だから俺は、あなたのことを知っている。そして、俺がここに来たのは、ウーティスの問題を片付けるためだよ」
あっという間に話が変わった。
矢継ぎ早に言われて、私は目を瞬く。
「……わ、たしとあなたとが会っている?十……四年前に?……なにかの、冗談ですか」
少なくとも、私にその記憶はない。
からかわれている──とは思いにくい。
彼の目は至って真剣だし、嘘を言っているようには思えない。
だけど、私は知っている。
世の中には平気な顔をして嘘を吐く人間がいることを。
「あなたは、覚えていない」
「……十四年前といえば、私は六歳です。当時の記憶はあります。あなたと会った覚えはありません」
六歳の頃。
私は聖女の力に目覚め、当時王太子だったヘンリーと婚約した。
その時のこと──聖女の力に目覚めた後、神殿に赴いて神殿所属の聖女となった。婚約式で、書類にサインをした。
全て覚えている。私と彼は、会ったことなどない。
語気を強める私に、ローレンス殿下は真っ直ぐに私を見つめた。
「あなたは、聖女の力が発現したショックで、気を失った。……十四年前、きみは六歳の時のことを全て覚えている?部分的に欠けているところがあるんじゃないかな」
「それは……幼かったものですから。覚えていないことなんて多々ありますわ。誰しもそんなものなのでは?」
ローレンス殿下は、そうではない、と言うように首を横に振った。
そして、私と彼の間に立つルイスの肩に手を置いた。
退くように、という無言のメッセージだ。
ルイスが険しい顔でローレンス殿下を見た。挑むかなのように鋭い目を向ける彼に、ローレンス殿下が静かに言った。
「危害を加えることはしない。俺の……アルカーナの名において誓う」
「…………」
ルイスは答えなかった。
沈黙し、ローレンス殿下の真意を探っているようだ。
そんな彼に、私は代わりに答える。
「わかりました。……ルイス」
「ですが、シャリゼ様」
私はルイスに大丈夫だ、と示すように目配せをした。
彼は、ローレンス殿下は【アルカーナの名に誓って】と言った。それなら、その誓いを破るような──国の名を穢すようなことはしないだろう。
彼は、アルカーナの皇子だ。
私は、彼自身のことはよく知らないし、もしかしたら忘れているだけなのかもしれないけど覚えてもいない。
だけど、アルカーナの王侯貴族の矜恃の高さはよく知っている。
彼らにとって、アルカーナの国名は軽くない。そうかんたんに誓えるものではないのだ。
だから、信じようと思った。
私も、彼に聞きたいことがある。
ルイスが退いて、ローレンス殿下が私の前に立った。
ずいぶん背が高い。ノアと同じか、それより少し高いくらい、かしら。
この際、過去、私と会っていたかどうかは今この時においてそう重要ではない。
もっとも重要視しなければならないことは、ローレンス殿下が今、この場にいる、ということ。
アルカーナ帝国と度々小競り合いが起きる、このウーティスに。
「……ローレンス殿下。あなたはなぜここに?」
「ウーティスの件で、王と話がしたくてきた」
「陛下に?」
それなら、なぜ王都ではなくウーティスにいるのだろう。
聞き返すと、ローレンス殿下は首を横に振って答えた。
「あの男では話にならない。かといって、次期王と思われる王弟──ノア殿下は、今忙しいだろう?そこで、あなただ」
「……私は、王妃という立場を失った身ですが」
「それでも、あなたが王妃であった事実は変わらない。それに……この際、立場なんて関係ないんだ。あなたは、誰よりもこの国、ヴィクトワールを愛し、大切に思っている。だから、話し合いがしたいと思った」
「……お話の意図が見えません。あなたは、私に何をさせたいのですか?」
話の本題を促すと、ローレンス殿下は私の言葉に少し驚いた様子を見せ──ふ、と笑った。
まるで、昔馴染みの相手でも見るように。
……落ち着かない。
相手は私を知っているようなのに、私だけが知らないこの状況に。
「人惑わせの森──ウーティスの魔素を浄化して欲しい」
「ウーティスの浄化……?いえ、【人惑わせの森】?」
思わず、背後を振り返る。
そこには、広大な森が広がっている。
ここは、山なのか森なのか判別がし難いほど緑に溢れた場所だ。
それなのに、今までこの近辺で魔獣の出現も、魔素の汚染も確認されたことはなかった。
それを不思議に思ったことはあるけれど、次から次に出現する各地の魔獣討伐、魔素の浄化、治癒活動に忙しく、森の調査まで手が回らなかった。
私が森を見ていると、ローレンス殿下が静かに言った。
「誰でもない森。アルカーナでは、人惑わせの森とも呼ばれている」
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