15 / 63
2.捨てたのか、捨てられたのか
アルカーナ帝国の第三皇子
しおりを挟む
ノアは今不在で、戻るのは数日後だとマクレガー将軍は答えた。
そのため、私は後日ふたたび砦を訪ねることに決めた。
マクレガー将軍は、砦に部屋を用意すると言ってくれたけど、その好意を断って帰路に着く。
街に、宿を取っているのだ。
道中、後ろを歩くルイスが呟くように言った。
「妃殿下は……負け犬などでは」
苦渋の滲んだ声だ。
ずっと、気にしてくれていたのだろう。
真面目な彼らしい。
彼の気遣いを嬉しく思いながらも、私は言った。
「ありがとう。でも、実際に私は政争に敗れた。それは、事実なのよ」
「ですが」
「あなたが私のことを思って言ってくれているのはわかっているわ。だけど、私が負けたのは紛れもない事実」
私はそこで、足を止めた。
もう少し行けば、街門に到着する。
この坂を下れば、すぐだ。
私は眼下に広がる街の光景を見ると──くるりと振り返った。
予想通り、ルイスは渋い顔をしている。彼を見て、私は笑った。
「そんな顔をしないで!別に私、後悔しているわけでも、絶望してるわけでもないのよ、これでもね」
ルイスは、訝しげに私を見た。
その青の瞳は、【冤罪を着せられて処刑までされたと言うのに?】と雄弁に問いかけていた。
それに、私は手を後ろに組んでからゆっくりと空を見上げた。
びゅう、と春の風が私の髪をさらっていく。
金の髪がなびいて、私はそれを抑えた。
「……反省することはたくさんあるわ。でも、後悔はしていない。だって、私は、私に出来ることは全てしてきたもの。やりきった、と思っているわ」
「妃殿下……」
「今の私は、ただのシャリゼ。どうか、シャリゼと呼んでちょうだい、ルイス」
笑いかけると、彼がぐっと言葉に詰まったように──いや、泣きそうな様子を見せた。
ルイスは誰より親身になって、私に協力してくれた。
それだけに、彼には申し訳ないと思っているし、それ以上に深く感謝している。彼のその気持ちに、そのこころに、報いなければ、と。そう思うほどに。
私は、風に吹かれて揺れる草花に視線を向けて、言葉を紡ぐ。
「……私が政争に敗れたことは事実。負けは負け。言い訳はしないわ」
その時、ルイスがなにか言おうと口を開き──彼の青の瞳が、見開かれる。
「…………?」
それに疑問に思ったと同時、背後から草をふむ足音が聞こえてきた。
「なるほど。ヴィクトワールの王妃は潔くて、たいへん立派だ」
「…………誰!!」
勢いよく振り向くと、いつのまにか私の前には、ひとりの男性が立っていた。
ルイスが庇うように私の前に出て抜剣する。
男性──銀の髪に、空色の瞳。
ちょうど、今の空のような色の、淡い色の瞳だ。
耳には、たくさんの耳飾りをつけていた。
だけど派手さはあまり感じないのは、彼が落ち着いた顔立ちの青年だからだろうか。
左目の下に、一点のホクロがあるのが、印象的だと思った。
彼は警戒する私とルイスを見ると、何かを思いついたようちに胸元を手で探った。
なにか、取り出そうとしている。
ますます警戒する私たちの前に、彼が差し出したのは──懐中時計、だった。
「時計……?」
つぶやく私に、青年は頷く。
「俺は、アルカーナ帝国第三皇子ローレンス・アルカーナ。これがその証だ」
彼は、片方の手で懐中時計のチェーンを持ち、もう片方の手で時計の裏面を見せてくる。
そこには、アルカーナの名と、国章が刻まれていた。
「アルカーナ……。どうして、ここに」
呆然と呟く私に、彼が懐中時計をジャケットの内ポケットにしまいながら、言った。
「ヴィクトワールが落ち着くまで待っても良かったんだけど……早い方に片付けた方がいい、ということになってさ」
「……あなたの目的はなんですか?」
変わらず、ルイスは警戒している。
私も同様に気を緩めず、彼に尋ねた。
青年──ローレンス殿下は、目を細めて笑った。
「話が早いね。相変わらず、あなたは聡いひとだ」
まるで、私のことを知っているような発言だ。
私は警戒を緩めずに、注意深くローレンス殿下を見ながら言った。
「……あなたとは、初めてお会いしたと思いますが」
「うん。そっか、そうだよね。でもね、シャリゼ。あなたは俺と──十四年前に会っているんだ」
そのため、私は後日ふたたび砦を訪ねることに決めた。
マクレガー将軍は、砦に部屋を用意すると言ってくれたけど、その好意を断って帰路に着く。
街に、宿を取っているのだ。
道中、後ろを歩くルイスが呟くように言った。
「妃殿下は……負け犬などでは」
苦渋の滲んだ声だ。
ずっと、気にしてくれていたのだろう。
真面目な彼らしい。
彼の気遣いを嬉しく思いながらも、私は言った。
「ありがとう。でも、実際に私は政争に敗れた。それは、事実なのよ」
「ですが」
「あなたが私のことを思って言ってくれているのはわかっているわ。だけど、私が負けたのは紛れもない事実」
私はそこで、足を止めた。
もう少し行けば、街門に到着する。
この坂を下れば、すぐだ。
私は眼下に広がる街の光景を見ると──くるりと振り返った。
予想通り、ルイスは渋い顔をしている。彼を見て、私は笑った。
「そんな顔をしないで!別に私、後悔しているわけでも、絶望してるわけでもないのよ、これでもね」
ルイスは、訝しげに私を見た。
その青の瞳は、【冤罪を着せられて処刑までされたと言うのに?】と雄弁に問いかけていた。
それに、私は手を後ろに組んでからゆっくりと空を見上げた。
びゅう、と春の風が私の髪をさらっていく。
金の髪がなびいて、私はそれを抑えた。
「……反省することはたくさんあるわ。でも、後悔はしていない。だって、私は、私に出来ることは全てしてきたもの。やりきった、と思っているわ」
「妃殿下……」
「今の私は、ただのシャリゼ。どうか、シャリゼと呼んでちょうだい、ルイス」
笑いかけると、彼がぐっと言葉に詰まったように──いや、泣きそうな様子を見せた。
ルイスは誰より親身になって、私に協力してくれた。
それだけに、彼には申し訳ないと思っているし、それ以上に深く感謝している。彼のその気持ちに、そのこころに、報いなければ、と。そう思うほどに。
私は、風に吹かれて揺れる草花に視線を向けて、言葉を紡ぐ。
「……私が政争に敗れたことは事実。負けは負け。言い訳はしないわ」
その時、ルイスがなにか言おうと口を開き──彼の青の瞳が、見開かれる。
「…………?」
それに疑問に思ったと同時、背後から草をふむ足音が聞こえてきた。
「なるほど。ヴィクトワールの王妃は潔くて、たいへん立派だ」
「…………誰!!」
勢いよく振り向くと、いつのまにか私の前には、ひとりの男性が立っていた。
ルイスが庇うように私の前に出て抜剣する。
男性──銀の髪に、空色の瞳。
ちょうど、今の空のような色の、淡い色の瞳だ。
耳には、たくさんの耳飾りをつけていた。
だけど派手さはあまり感じないのは、彼が落ち着いた顔立ちの青年だからだろうか。
左目の下に、一点のホクロがあるのが、印象的だと思った。
彼は警戒する私とルイスを見ると、何かを思いついたようちに胸元を手で探った。
なにか、取り出そうとしている。
ますます警戒する私たちの前に、彼が差し出したのは──懐中時計、だった。
「時計……?」
つぶやく私に、青年は頷く。
「俺は、アルカーナ帝国第三皇子ローレンス・アルカーナ。これがその証だ」
彼は、片方の手で懐中時計のチェーンを持ち、もう片方の手で時計の裏面を見せてくる。
そこには、アルカーナの名と、国章が刻まれていた。
「アルカーナ……。どうして、ここに」
呆然と呟く私に、彼が懐中時計をジャケットの内ポケットにしまいながら、言った。
「ヴィクトワールが落ち着くまで待っても良かったんだけど……早い方に片付けた方がいい、ということになってさ」
「……あなたの目的はなんですか?」
変わらず、ルイスは警戒している。
私も同様に気を緩めず、彼に尋ねた。
青年──ローレンス殿下は、目を細めて笑った。
「話が早いね。相変わらず、あなたは聡いひとだ」
まるで、私のことを知っているような発言だ。
私は警戒を緩めずに、注意深くローレンス殿下を見ながら言った。
「……あなたとは、初めてお会いしたと思いますが」
「うん。そっか、そうだよね。でもね、シャリゼ。あなたは俺と──十四年前に会っているんだ」
2,030
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?
時
恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。
しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。
追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。
フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。
ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。
記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。
一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた──
※小説家になろうにも投稿しています
いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる