〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。

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2.捨てたのか、捨てられたのか

アルカーナ帝国の第三皇子

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ノアは今不在で、戻るのは数日後だとマクレガー将軍は答えた。

そのため、私は後日ふたたび砦を訪ねることに決めた。

マクレガー将軍は、砦に部屋を用意すると言ってくれたけど、その好意を断って帰路に着く。 

街に、宿を取っているのだ。
道中、後ろを歩くルイスが呟くように言った。

「妃殿下は……負け犬などでは」

苦渋の滲んだ声だ。
ずっと、気にしてくれていたのだろう。
真面目な彼らしい。
彼の気遣いを嬉しく思いながらも、私は言った。

「ありがとう。でも、実際に私は政争に敗れた。それは、事実なのよ」

「ですが」

「あなたが私のことを思って言ってくれているのはわかっているわ。だけど、私が負けたのは紛れもない事実」

私はそこで、足を止めた。

もう少し行けば、街門に到着する。
この坂を下れば、すぐだ。

私は眼下に広がる街の光景を見ると──くるりと振り返った。
予想通り、ルイスは渋い顔をしている。彼を見て、私は笑った。

「そんな顔をしないで!別に私、後悔しているわけでも、絶望してるわけでもないのよ、これでもね」

ルイスは、訝しげに私を見た。
その青の瞳は、【冤罪を着せられて処刑までされたと言うのに?】と雄弁に問いかけていた。

それに、私は手を後ろに組んでからゆっくりと空を見上げた。

びゅう、と春の風が私の髪をさらっていく。
金の髪がなびいて、私はそれを抑えた。

「……反省することはたくさんあるわ。でも、後悔はしていない。だって、私は、私に出来ることは全てしてきたもの。やりきった、と思っているわ」

「妃殿下……」

「今の私は、ただのシャリゼ。どうか、シャリゼと呼んでちょうだい、ルイス」

笑いかけると、彼がぐっと言葉に詰まったように──いや、泣きそうな様子を見せた。
ルイスは誰より親身になって、私に協力してくれた。
それだけに、彼には申し訳ないと思っているし、それ以上に深く感謝している。彼のその気持ちに、そのこころに、報いなければ、と。そう思うほどに。
私は、風に吹かれて揺れる草花に視線を向けて、言葉を紡ぐ。

「……私が政争に敗れたことは事実。負けは負け。言い訳はしないわ」

その時、ルイスがなにか言おうと口を開き──彼の青の瞳が、見開かれる。

「…………?」

それに疑問に思ったと同時、背後から草をふむ足音が聞こえてきた。

「なるほど。ヴィクトワールの王妃は潔くて、たいへん立派だ」

「…………誰!!」

勢いよく振り向くと、いつのまにか私の前には、ひとりの男性が立っていた。
ルイスが庇うように私の前に出て抜剣する。

男性──銀の髪に、空色の瞳。

ちょうど、今の空のような色の、淡い色の瞳だ。
耳には、たくさんの耳飾りをつけていた。
だけど派手さはあまり感じないのは、彼が落ち着いた顔立ちの青年だからだろうか。
左目の下に、一点のホクロがあるのが、印象的だと思った。

彼は警戒する私とルイスを見ると、何かを思いついたようちに胸元を手で探った。
なにか、取り出そうとしている。
ますます警戒する私たちの前に、彼が差し出したのは──懐中時計、だった。

「時計……?」

つぶやく私に、青年は頷く。

「俺は、アルカーナ帝国第三皇子ローレンス・アルカーナ。これがその証だ」

彼は、片方の手で懐中時計のチェーンを持ち、もう片方の手で時計の裏面を見せてくる。
そこには、アルカーナの名と、国章が刻まれていた。

「アルカーナ……。どうして、ここに」

呆然と呟く私に、彼が懐中時計をジャケットの内ポケットにしまいながら、言った。

「ヴィクトワールが落ち着くまで待っても良かったんだけど……早い方に片付けた方がいい、ということになってさ」

「……あなたの目的はなんですか?」

変わらず、ルイスは警戒している。
私も同様に気を緩めず、彼に尋ねた。

青年──ローレンス殿下は、目を細めて笑った。

「話が早いね。相変わらず、あなたは聡いひとだ」

まるで、私のことを知っているような発言だ。
私は警戒を緩めずに、注意深くローレンス殿下を見ながら言った。

「……あなたとは、初めてお会いしたと思いますが」

「うん。そっか、そうだよね。でもね、シャリゼ。あなたは俺と──十四年前に会っているんだ」
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