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第五章・帝国の王女
733.Side Story:僻者は定め、迷者は誘う
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レオナード・サー・テンディジェルを伴い、雷が雨のように降り注ぐ戦場に突入したフリードル・ヘル・フォーロイト。
彼は魔剣極夜の能力“絶対零度”を以て、蛇を殺さんとする。
周囲に次々と、家屋よりも高い氷柱を生成しそれを避雷針とすることで、彼はこの戦場を駆け抜けていた。
雷はより高いものに落ちる。──それは、背丈が子供程の雷神サンディラが、己より高いもの全てに嫉妬し、己より高い全てのものを壊すからだ。故に人も物も自然も問答無用で、高いものから雷に貫かれてゆく。
それを知っていた為、フリードルは破壊されたそばから新しい氷柱を生成することで、無数の落雷を回避することに成功している。そうして飛来する矢を躱わすようにするりするりと氷柱の間を縫い、フリードルはついに蛇に肉薄する。
「凍えて死ね、爬虫類」
魔剣極夜から思わず身震いする程の冷たい魔力が溢れ出す。
身震いどころか、マクベスタとカイルの体をはじめとして、壊れた石畳に、周囲の家屋に、じわじわと霜が降りる。まるで見慣れた冬のように。凍えた空気が辺りを満たしているのだ。
そもそもこの絶対零度の魔剣は、氷の魔力を与えられたライナリーバ・フォーロイトがあまりにも強大すぎる魔力を恐れ、冬の大地と剣──その装飾の宝石に魔力の一部を封じたことで生まれたもの。
人類で初めて氷の魔力を得た人間。当然、その使い方や危険性など知る由もなく。とにかく周囲へ害を為さないよう、ライナリーバはそれを封印することしか出来なかった。
ただでさえ冬の大地たるこの地に氷の魔力を封印しすぎては、この地は生命には過酷すぎる土地となる。生まれ育った地を凍土に変えたくはなかったのだ。なので剣に、宝石が耐えられる限界まで魔力を封印した。
更にその剣を、魔力の解放がてら創った氷の城の地下深くに厳重に封印することで、ライナリーバはなんとか、氷の魔力を安定させることに成功したのである。
それ程に、この絶対零度の魔剣は強力であり凶悪だ。
(爬虫類は寒さに弱いものと記憶しているが……これで多少なりとも動きが鈍るかと思いきや、そうは問屋が卸さないか)
まずは横に一薙ぎ。あらゆる生命の温度を奪う魔剣がうねる蛇の体に触れる。大木に斧を振り翳すように斜め上から剣を入れるも、蛇の体は海のように柔らかく、山のように固い。何故か刃は一切通らず、その体が波打つばかりだった。
神とは聞いていたが、よもやここまで意味不明な現象があるとは。フリードルは眉根を寄せ、鋭く舌打ちする。
「おい、マクベスタ・オセロマイト。お前の雷もこの爬虫類には効かないということでよいのだな?」
「…………」
シャアッと噛みついてくる蛇を魔剣で防ぎ、マクベスタの方へ顔を向ける。しかし彼は喋らない。嫌な汗を滲ませる険しい顔で、マクベスタは黙して頷いた。
(……明らかに落雷の量と質が異常だ、とは思ったが。まさかこの男、喋ることすらままならない程に魔力を行使しているのか)
何かを察したフリードルは「現状は把握した」と短く告げ、魔剣に噛み付く蛇を睨む。
──魔剣の様子がおかしい。
常に絶対零度を発動しているにもかかわらず、蛇は無事だ。いくら攻撃が効かないのだとしても、絶対零度が発動しないというのは不可解である。
魔剣極夜の能力絶対零度は、厳密には攻撃ではなく状態そのもの。魔剣極夜の能力は、絶対零度の状態へと対象あるいは空間を変える能力なのだ。
何故この蛇は、攻撃だけでなく絶対零度をも無効化できるのか。
(攻撃の無効化までならば、妖精共と似通った何らかの能力があるのかとも考えたが。どうもそれだけではないように思えてくる)
魔剣に噛み付く蛇を振り払い、フリードルは飛び退く。彼は蛇を観察する傍らでも、避雷針代わりの氷柱を常に生成し続けていた。
(……この爬虫類は、嘘偽りなく“神”なのだろうな。寧ろ“神”といった理不尽な存在であってくれなければ困る。そうでなければマクベスタ・オセロマイトやカイル・ディ・ハミル、そして僕が、こうも歯が立たないなど腑に落ちないからな)
であれば、と。フリードルは後方のレオナードへと視線を移した。
(やはり、お前の頭と声を頼ることになりそうだ)
♢
相も変わらず、あの蛇には攻撃が効かない。神の雷鎚も、絶対零度も、氷も、異常な魔法も、何一つ決定打にはならないのだ。
その戦場をただ静かに見つめる男がいた。城から民衆を見下ろす王のように冷めた目で戦場を観察する姿は、普段の彼からは想像がつかない程、堂々としている。
「……──フリードル殿下! 俺に一つ、案があります」
満を持して進言するレオナードにフリードルは僅かに片眉を跳ねさせた。ようやくか。と小さくため息をこぼして、蛇に視線を繋いだまま、レオナードにならば聞こえる程度の声で呟く。
「レオナード。何分必要だ」
「──三分あれば、いけます」
「三分だな。あいわかった」
即座に時間稼ぎに身を投じるフリードルの背を見つめ、気弱な青年は拡声魔導具を手に深呼吸をした。
何度も何度も息を吸って、吐いて、耳を澄ませる。雷の音。氷の音。石が砕ける音。魔法が弾ける音。破壊の音。平穏とは程遠いそれが耳の奥でキンと響く中、彼は紫陽花のような瞳を閉ざした。夢想の中に落ちてゆくにつれ、徐々に無数の音が遠ざかってゆく。
そこは、彼だけが存在する夢想の世界。覚悟を決めた語り部は紡ぐ。
あらゆる生命を惑わせる、最悪の歌を。
「──“午前零時。針は重なり魔法がかかる。とびきり小さな扉が開き、夢への路は繋がる。落ちて、堕ちて、墜ちて、やがて迷い込むのはへんてこりんなお客様。逆で、鏡で、大きくは小さく、明るくは暗く、高くは低く、白きは赤く、すべてが捻じ曲がり、すべてが歪み狂ってしまったの。”」
拡声魔導具で響く詞。それは彼の持つ音の魔力と声に宿った妖精の祝福による二重奏を、広範囲に届けた。届けてしまった。
「“もし、真っ赤なお洋服のお客様。ようこそ、夢の迷路へ。ここは不可思議な世界。どんな奇跡だって起こせる。どんな夢だって見られる。お代はあなたのすべて。さあ、わたしの手を取って────?”」
それは、音の魔力による精神干渉──強制催眠。聞いた者全ての正気を奪い、強制的に夢想の世界に突き落とす抜け道。
音魔法の調べの中には存在しない、レオナードが創り上げた最悪の物語。醜悪な白昼夢に迷い込んだ彼にしか唄えない、誘いの言葉だった。
夢想の世界の案内人は唄う。この世で最も新しく、最も不可思議な、対象の人格や記憶すらも塗り替える凶悪な奇跡を。
「語り部は一人、夢を見る」
彼の声を聞いた者は、等しくレオナードの語るままに塗り替えられる。それがルールであるかのように、白きも赤く染められる。
それが、『語り部は一人、夢を見る』の真骨頂。己の声を聞いた全ての存在を夢想の世界へ突き落とし、強制催眠状態に陥れては、彼の望むままに与えられた役柄へと変えてしまう。
呪いに等しきこの魔法によって、フリードルとカイルとマクベスタは役柄を塗り替えられた。
時を奪う騎士だとか、女王様の相談役の魔法使いだとか、忠実な黒の兵士だとか。やっていることはほとんど概念付与である。
そして、最後に彼は定める。
──あの蛇は悪き存在。夢の王国を脅かす忌まわしき災厄である。殺せ。倒せ。滅ぼせ。
「“さあ。かの者の首を獲れ──。”」
まるで、判決を言い渡すかのように。
レオナードは、音の魔力と声に宿る妖精の祝福の二重奏にて、醜悪な奇跡を披露せしめたのだ。
それは奇跡的な恩恵を三人の王子に齎した。レオナードが望むままに、レオナードが定めたままに、彼等の能力は薔薇のように塗り替えられた。
効果時間は──永続。レオナードが夢から醒めることを許容しない限り、彼等の強制催眠は決して解けない。それが、レオナードの夢想の世界に迷い込むということなのだ。
(これで少しは皆さんの役に立てる……はず。しかしあの蛇、いったいどんな権能を保持してるんだ? カイル王子は神って言っていたけれど……蛇の神ないし蛇に縁深い神……思いつく限りでは──)
レオナードは、『語り部は一人、夢を見る』を維持しつつ思索する。
(天空神話の、医薬の神フトキシーズと海の神オセアン。大陸南方で信仰されているイサ神話の、毒の神ワンゾンと蛇の神スィンル。西南方のロヴァイナ神話の、疫病と蝙蝠の神イッシュニチカウ。天覧真国の王を務める龍族は、竜であり蛇の縁者でもある為に神聖視されていると聞くけれど……。白の山脈を神と讃える山脈信仰においては、かの山脈の代理者として白蛇が描かれることもある……)
記憶にある限り、蛇を象る神や蛇と縁のある神を羅列しては整理していく。神の名だけでなく、その神話、伝承、功績、能力。あらゆる情報を、まるでページをめくるように次から次へと記憶の中から呼び出す。
(……違う。どれも、蛇の挙動の証明足り得ない。この状況を説明する権能ではない。あの実態を解明する伝承ではない。ならばあの蛇は)
そこでふと。レオナードはある存在を思い出した。
(──魔神、海帝アルミドガルス。二千年程前に人間界の全てを呑み込もうとした翼を持つ大蛇の魔神。たしか現在においては行方不明で……かの蛇を神と讃える新興宗教があった。魔神が本当に神と同等の権能を持つ存在であるならば、あの蛇は、もしかしなくても)
この中でただ一人、答えに辿り着いた男はごくりと固唾を呑む。
口を開くも、すぐさまハッとなりそれを閉ざす。レオナードには、かの蛇の正体をフリードル達に伝えられない理由があった。
彼は今、『語り部は一人、夢を見る』を発動している。つまり彼の言葉は全て、強力な精神干渉効果を持つのだ。
こんな状況で、この言葉であの蛇を海帝アルミドガルスと断定してしまえば、あの蛇にどんな影響を齎すか予測しきれない。
そう未知数の危険を孕んだ己の声に臆病になり、彼は二の足を踏んだのだ。
(……でも、伝えなきゃ。あれが本当に海帝アルミドガルスなら、弱点はわかりきっている。それをどうにかしてフリードル殿下達に伝えないと────!)
そしてレオナードは脳みそを高速で回転させる。今この状況でできる、最善の手を導き出す為に。
彼の視界には、懸命に海帝アルミドガルスと戦う、夢想の世界に落ちた攻略対象達の姿があった……。
彼は魔剣極夜の能力“絶対零度”を以て、蛇を殺さんとする。
周囲に次々と、家屋よりも高い氷柱を生成しそれを避雷針とすることで、彼はこの戦場を駆け抜けていた。
雷はより高いものに落ちる。──それは、背丈が子供程の雷神サンディラが、己より高いもの全てに嫉妬し、己より高い全てのものを壊すからだ。故に人も物も自然も問答無用で、高いものから雷に貫かれてゆく。
それを知っていた為、フリードルは破壊されたそばから新しい氷柱を生成することで、無数の落雷を回避することに成功している。そうして飛来する矢を躱わすようにするりするりと氷柱の間を縫い、フリードルはついに蛇に肉薄する。
「凍えて死ね、爬虫類」
魔剣極夜から思わず身震いする程の冷たい魔力が溢れ出す。
身震いどころか、マクベスタとカイルの体をはじめとして、壊れた石畳に、周囲の家屋に、じわじわと霜が降りる。まるで見慣れた冬のように。凍えた空気が辺りを満たしているのだ。
そもそもこの絶対零度の魔剣は、氷の魔力を与えられたライナリーバ・フォーロイトがあまりにも強大すぎる魔力を恐れ、冬の大地と剣──その装飾の宝石に魔力の一部を封じたことで生まれたもの。
人類で初めて氷の魔力を得た人間。当然、その使い方や危険性など知る由もなく。とにかく周囲へ害を為さないよう、ライナリーバはそれを封印することしか出来なかった。
ただでさえ冬の大地たるこの地に氷の魔力を封印しすぎては、この地は生命には過酷すぎる土地となる。生まれ育った地を凍土に変えたくはなかったのだ。なので剣に、宝石が耐えられる限界まで魔力を封印した。
更にその剣を、魔力の解放がてら創った氷の城の地下深くに厳重に封印することで、ライナリーバはなんとか、氷の魔力を安定させることに成功したのである。
それ程に、この絶対零度の魔剣は強力であり凶悪だ。
(爬虫類は寒さに弱いものと記憶しているが……これで多少なりとも動きが鈍るかと思いきや、そうは問屋が卸さないか)
まずは横に一薙ぎ。あらゆる生命の温度を奪う魔剣がうねる蛇の体に触れる。大木に斧を振り翳すように斜め上から剣を入れるも、蛇の体は海のように柔らかく、山のように固い。何故か刃は一切通らず、その体が波打つばかりだった。
神とは聞いていたが、よもやここまで意味不明な現象があるとは。フリードルは眉根を寄せ、鋭く舌打ちする。
「おい、マクベスタ・オセロマイト。お前の雷もこの爬虫類には効かないということでよいのだな?」
「…………」
シャアッと噛みついてくる蛇を魔剣で防ぎ、マクベスタの方へ顔を向ける。しかし彼は喋らない。嫌な汗を滲ませる険しい顔で、マクベスタは黙して頷いた。
(……明らかに落雷の量と質が異常だ、とは思ったが。まさかこの男、喋ることすらままならない程に魔力を行使しているのか)
何かを察したフリードルは「現状は把握した」と短く告げ、魔剣に噛み付く蛇を睨む。
──魔剣の様子がおかしい。
常に絶対零度を発動しているにもかかわらず、蛇は無事だ。いくら攻撃が効かないのだとしても、絶対零度が発動しないというのは不可解である。
魔剣極夜の能力絶対零度は、厳密には攻撃ではなく状態そのもの。魔剣極夜の能力は、絶対零度の状態へと対象あるいは空間を変える能力なのだ。
何故この蛇は、攻撃だけでなく絶対零度をも無効化できるのか。
(攻撃の無効化までならば、妖精共と似通った何らかの能力があるのかとも考えたが。どうもそれだけではないように思えてくる)
魔剣に噛み付く蛇を振り払い、フリードルは飛び退く。彼は蛇を観察する傍らでも、避雷針代わりの氷柱を常に生成し続けていた。
(……この爬虫類は、嘘偽りなく“神”なのだろうな。寧ろ“神”といった理不尽な存在であってくれなければ困る。そうでなければマクベスタ・オセロマイトやカイル・ディ・ハミル、そして僕が、こうも歯が立たないなど腑に落ちないからな)
であれば、と。フリードルは後方のレオナードへと視線を移した。
(やはり、お前の頭と声を頼ることになりそうだ)
♢
相も変わらず、あの蛇には攻撃が効かない。神の雷鎚も、絶対零度も、氷も、異常な魔法も、何一つ決定打にはならないのだ。
その戦場をただ静かに見つめる男がいた。城から民衆を見下ろす王のように冷めた目で戦場を観察する姿は、普段の彼からは想像がつかない程、堂々としている。
「……──フリードル殿下! 俺に一つ、案があります」
満を持して進言するレオナードにフリードルは僅かに片眉を跳ねさせた。ようやくか。と小さくため息をこぼして、蛇に視線を繋いだまま、レオナードにならば聞こえる程度の声で呟く。
「レオナード。何分必要だ」
「──三分あれば、いけます」
「三分だな。あいわかった」
即座に時間稼ぎに身を投じるフリードルの背を見つめ、気弱な青年は拡声魔導具を手に深呼吸をした。
何度も何度も息を吸って、吐いて、耳を澄ませる。雷の音。氷の音。石が砕ける音。魔法が弾ける音。破壊の音。平穏とは程遠いそれが耳の奥でキンと響く中、彼は紫陽花のような瞳を閉ざした。夢想の中に落ちてゆくにつれ、徐々に無数の音が遠ざかってゆく。
そこは、彼だけが存在する夢想の世界。覚悟を決めた語り部は紡ぐ。
あらゆる生命を惑わせる、最悪の歌を。
「──“午前零時。針は重なり魔法がかかる。とびきり小さな扉が開き、夢への路は繋がる。落ちて、堕ちて、墜ちて、やがて迷い込むのはへんてこりんなお客様。逆で、鏡で、大きくは小さく、明るくは暗く、高くは低く、白きは赤く、すべてが捻じ曲がり、すべてが歪み狂ってしまったの。”」
拡声魔導具で響く詞。それは彼の持つ音の魔力と声に宿った妖精の祝福による二重奏を、広範囲に届けた。届けてしまった。
「“もし、真っ赤なお洋服のお客様。ようこそ、夢の迷路へ。ここは不可思議な世界。どんな奇跡だって起こせる。どんな夢だって見られる。お代はあなたのすべて。さあ、わたしの手を取って────?”」
それは、音の魔力による精神干渉──強制催眠。聞いた者全ての正気を奪い、強制的に夢想の世界に突き落とす抜け道。
音魔法の調べの中には存在しない、レオナードが創り上げた最悪の物語。醜悪な白昼夢に迷い込んだ彼にしか唄えない、誘いの言葉だった。
夢想の世界の案内人は唄う。この世で最も新しく、最も不可思議な、対象の人格や記憶すらも塗り替える凶悪な奇跡を。
「語り部は一人、夢を見る」
彼の声を聞いた者は、等しくレオナードの語るままに塗り替えられる。それがルールであるかのように、白きも赤く染められる。
それが、『語り部は一人、夢を見る』の真骨頂。己の声を聞いた全ての存在を夢想の世界へ突き落とし、強制催眠状態に陥れては、彼の望むままに与えられた役柄へと変えてしまう。
呪いに等しきこの魔法によって、フリードルとカイルとマクベスタは役柄を塗り替えられた。
時を奪う騎士だとか、女王様の相談役の魔法使いだとか、忠実な黒の兵士だとか。やっていることはほとんど概念付与である。
そして、最後に彼は定める。
──あの蛇は悪き存在。夢の王国を脅かす忌まわしき災厄である。殺せ。倒せ。滅ぼせ。
「“さあ。かの者の首を獲れ──。”」
まるで、判決を言い渡すかのように。
レオナードは、音の魔力と声に宿る妖精の祝福の二重奏にて、醜悪な奇跡を披露せしめたのだ。
それは奇跡的な恩恵を三人の王子に齎した。レオナードが望むままに、レオナードが定めたままに、彼等の能力は薔薇のように塗り替えられた。
効果時間は──永続。レオナードが夢から醒めることを許容しない限り、彼等の強制催眠は決して解けない。それが、レオナードの夢想の世界に迷い込むということなのだ。
(これで少しは皆さんの役に立てる……はず。しかしあの蛇、いったいどんな権能を保持してるんだ? カイル王子は神って言っていたけれど……蛇の神ないし蛇に縁深い神……思いつく限りでは──)
レオナードは、『語り部は一人、夢を見る』を維持しつつ思索する。
(天空神話の、医薬の神フトキシーズと海の神オセアン。大陸南方で信仰されているイサ神話の、毒の神ワンゾンと蛇の神スィンル。西南方のロヴァイナ神話の、疫病と蝙蝠の神イッシュニチカウ。天覧真国の王を務める龍族は、竜であり蛇の縁者でもある為に神聖視されていると聞くけれど……。白の山脈を神と讃える山脈信仰においては、かの山脈の代理者として白蛇が描かれることもある……)
記憶にある限り、蛇を象る神や蛇と縁のある神を羅列しては整理していく。神の名だけでなく、その神話、伝承、功績、能力。あらゆる情報を、まるでページをめくるように次から次へと記憶の中から呼び出す。
(……違う。どれも、蛇の挙動の証明足り得ない。この状況を説明する権能ではない。あの実態を解明する伝承ではない。ならばあの蛇は)
そこでふと。レオナードはある存在を思い出した。
(──魔神、海帝アルミドガルス。二千年程前に人間界の全てを呑み込もうとした翼を持つ大蛇の魔神。たしか現在においては行方不明で……かの蛇を神と讃える新興宗教があった。魔神が本当に神と同等の権能を持つ存在であるならば、あの蛇は、もしかしなくても)
この中でただ一人、答えに辿り着いた男はごくりと固唾を呑む。
口を開くも、すぐさまハッとなりそれを閉ざす。レオナードには、かの蛇の正体をフリードル達に伝えられない理由があった。
彼は今、『語り部は一人、夢を見る』を発動している。つまり彼の言葉は全て、強力な精神干渉効果を持つのだ。
こんな状況で、この言葉であの蛇を海帝アルミドガルスと断定してしまえば、あの蛇にどんな影響を齎すか予測しきれない。
そう未知数の危険を孕んだ己の声に臆病になり、彼は二の足を踏んだのだ。
(……でも、伝えなきゃ。あれが本当に海帝アルミドガルスなら、弱点はわかりきっている。それをどうにかしてフリードル殿下達に伝えないと────!)
そしてレオナードは脳みそを高速で回転させる。今この状況でできる、最善の手を導き出す為に。
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