あなたの命がこおるまで

晦リリ

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2.伝承

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 その昔、太陽の神が恋をした。
 灼熱のその身のように心を焦がした相手は、水と氷と雪を司る、いわゆる冷神だった。
 しかしあまりに相手が悪い。
 あまりの熱さに冷神は逃げた。そうでもしないと、自分が溶けてしまうかもしれないのだ。
 冷神は太陽の神が追ってこれないような深い山に閉じこもった。彼の熱が自分に及ばないよう、山の周りに大きな川を渡し、目の前が見えなくなるほどの雪を降らせ、そして山をすべて凍らせた。
 さすがの太陽の神も、そうまでされては追うことができない。せめて近くまで行き、雪の結晶のようにきらきらと輝く髪や、美しい水色の目を見ることが出来ないかと大地に迫った。
 するとどうだろう。あっという間に草木は枯れ、大地はひび割れ、生きとし生けるものは熱さにあえいだ。
 このままでは大地が焼けてしまう。
 大地に住むものたちは、これ以上大地に近づかないよう進言をしようとした。何度も高みに登り、少しでも声が太陽の神に届くようにと努力した。そのうち背に翼が生えるものたちが生まれはじめ、彼らは鳥人と呼ばれた。
 大地に暮らすものたちが全員鳥人になるほどの月日が流れた。けれど、どれほど高く飛んでも太陽の神にはなかなか近付けない。それどころか、熱で死んでしまうことがほとんどだった。
 そんな中、ひと際大きな体を持つ一族の鳥人が、ただひとりで冷神の住む山へ向かった。
 大きな翼を羽ばたかせ、海ほども幅がある大河を渡り、前も後ろもわからなくなるほど吹きすさぶ暴雪の中を飛んだ。体は芯から冷え、骨の髄まで凍るようだった。それでも彼は飛ぶことをやめず、凍りついた山の麓に降り立った。
「水と氷と雪の神よ」
 彼は必死で語りかけた。
 民は暑さと飢えに苦しんでいるというのに、太陽の神は一向に遠ざかってくれない。このままでは大地は枯れ果て、生けるものはいなくなってしまう。どうか姿を現し、太陽の神を遠ざけてはくれないか。
 話しかけるたび、氷の粒を含んだ空気が彼の肺を冷やし、体を巡る血さえも凍った。それでも彼はひたすら声をあげる。大きな翼の羽の一つ一つにも霜が降り、それでも彼は声をあげた。
「水と氷と雪の神よ」
 彼にはどうしても太陽の神を大地から遠ざけなければいけない理由があった。
 太陽の神が近付いて、人々は背に翼をもつようになった。同時に、あまりに太陽の神の近くで生きすぎたせいか、熱を体に宿すものも生まれはじめたのだ。
 他のものより少し高い体温は、太陽の神が大地に近ければ近いほどひどく体を涸れさせる。生まれつきのものなので治すすべはなく、そう生まれてしまったものはひたすら日陰や風通しの良い場所で生きるしかなかった。
 大きな翼をもつ彼が愛する人も、生まれつき体に熱を宿した鳥人だった。
 体に熱を宿す鳥人は体温が常人よりも高いだけでなく、なぜか雌雄問わず卵を産むことが出来るものもいた。けれどもその卵は普通の鳥人が宿す卵と大差がなく、高い体温のままでは生まれる前にだめになってしまう。大きな翼をもつ彼の愛する人は比較的涼しい風穴で暮らしていたが、もう既に三つの卵を天に帰してしまっていた。
 すでに体は熱で涸れはじめており、四つ目の卵も望めない。きっと自分もやがて逝くのだと悲し気な横顔を見せる彼にいても立ってもいられなくなり、大きな翼をもつ彼は冷神の山を訪れたのだった。
 死に瀕する愛する人を想う彼の頬に、涙が流れては凍っていく。ここに自分がいるのだと広げた両腕も両手もぱきぱきと音を立てては凍り、動くたびに肌に張り付いた氷が砕けた。
 彼は声をあげ続けた。
「水と氷と雪の神よ、どうか」
 七日七晩、大きな翼をもつ彼は訴えた。すべてが凍りつき、もはや彼の吐く息は風雪のように凍えた。心臓を脈打たせる血さえ、流れ続ける涙さえ、雪解け水より冷たくなった。
 愛する人を想う心以外のすべてが冷えきった夜明け、冷神はようやく姿を現した。
「人よ」
 条件を出すと、水と氷と雪の神は言った。
 ひとつ、一年を四つに区切ったうちの三ヶ月、太陽の神が大地により近付く頃は冷神はこの山から一歩も出ないということ。この期間を南季とする。
 ひとつ、一年を四つに区切ったうちの三ヶ月、太陽の神が大地から遠ざかる頃は冷神はこの山から完全に出るということ。この期間を北季とする。
 ひとつ、南季と北季の間にはそれぞれ三ヶ月の期間を置き、太陽の神と冷神が会わないようにすること。間に置く期間はそれぞれ東季、西季とし、東南西北の順番に季節は巡る。
「そして、人よ」
 お前はここに長く居すぎた。その身はすでに私の眷属。水を操り、凍りを宿し、雪を降らせることが出来る。けれどその対価は大きいもの。体温は常人の半分もなく、常に冷気をまとうだろう。その身に宿した冷気は、私が地に出る北季になれば勢いを増す。常に温められなければ、自ら生み出す冷気でやがて心臓が止まるだろう。

 お前はそれでもいいのか。

 問いかけられた大きな翼をもつ彼は、迷いなく頷いた。
 そうして、大地には四季が生まれた。
 太陽の神がいちばん大地に近づくことが出来る南季が過ぎ、季節は西季になった。人々は季節の移ろいを喜んだ。
 太陽の神が遠ざかった分、姿を見せるようになった水と氷と雪の神が雨を降らせ、ひび割れた大地には短い実りの季節が訪れた。
 水と氷と雪の神がいちばん大地に近づき、太陽の神がいちばん遠ざかる北季には雪が降った。あまりの寒さに人々は身を寄せ合いながら、やがてくるという東季を待った。
 雪が解け始め、川に氷が張らなくなった頃、水と氷と雪の神は北の果ての山に戻りはじめた。そうすると大地には目覚めた草花が満ち、少し近づきはじめた太陽の神の暖かさに、人も獣もさざめくように動き出した。
 そんな中、大きな翼をもつ彼の愛した人は、待ち望んだ卵を産んだ。
 涸れかけていた体は季節が移ろう中で瑞々しさを取り戻し、新たな命を授かったのだ。
 彼らはそれから、いくつもの卵を授かった。そのうちのいくつかは、生まれた時から既に冷たく、冷気をまとっていた。
 大きな翼をもつ彼と彼の愛した鳥人たちから生まれた子たちはやがて親と同じように強い冷気を操るようになったが、大人になるにつれてその力は強まり、少しでもその身を蝕む冷えから逃れるため、熱を宿す鳥人を傍におくようになった。
 大きな翼をもち、冷気を身に宿した彼を祖とする一族はやがて数を増やし、その種族の名も冠するようになった。
 世に広く知れ渡り、尋常ならざる異能を持つ彼らを、人は氷鷹と呼んだ。

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