悩む獣の恋乞い綺譚

晦リリ

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6.泰然 ★

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 泰然は悩んでいた。
 あと数日で今年が終わる。それまでに、どうにか伴侶を抱きたかった。
 泰然は去年の暮れに結婚した。見合い婚ではあったが、泰然も喜んで応じた。それから一年。伴侶は泰然よりも体格のいい撫で牛だが、泰然は彼を抱きたいと思っていた。 




「……またあんな……」
 今日は社の大掃除だった。明日は大晦日で、明後日はもう元日だ。来年がくれば、金栄は一年を守護する丑の干支神として忙しくなる。干支神として主に詰めることになる社なので、掃除を手伝おうと遅れて向かったところで見つけた背中に、泰然は思わず嘆息した。
 金栄は撫で牛だ。泰然は耕牛で、同じ丑の眷属であっても体格がだいぶ違う。
 農耕を加護し、自らも神に供える作物を育てる耕牛は筋肉質な者が多く、体格も立派だ。泰然も長躯で、無駄な肉のない細身のしなやかな体をしている。反して撫で牛は狛犬よろしく台座の上に鎮座して人に撫でられることが仕事だ。丑の眷属にしては小柄な者が多いなか、泰然の伴侶である金栄はかなり大柄だった。
 耕牛の中でも長身の部類にはいる泰然よりも身長があり、体つきもがっしりしている。がっちりとしているわけではないが、肥え太っているわけでもなく、柔らかい筋肉がついた、他の撫で牛よりも一回り大きな体をしていた。
 そんな金栄は、とかく無防備だった。
 敏感すぎて人に触れられることはおろか撫でられることには耐えられないというのに、金栄ときたら、周囲がそれを知っていて触れないものだから警戒をしない。
 今も袖をまくりあげて二の腕を晒し、足元の裾もからげているせいで腿のなかばまでと、膝裏が見えている。そして、裾をからげて前で折り返したり結んだりしているせいだろう。張った布が尻の形をくっきりと浮かび上がらせていた。
 むき出しの太めで白い腕が左右に揺れ、むっちりした肉付きのいい尻も左右に揺れる。それを邪な目で見てしまうのは自分だけではない。周囲の撫で牛や、手伝いに来ている他の眷属たちが思わず目を剥いている。
「……チッ」
 神の使いとしての神事をこなす社で心を乱したうえに舌打ちをするなどもってのほかだが、それはそれとして、泰然は自分がつけるつもりで持ってきた前掛けを握り締めた。
 とりあえず後ろを覆ってもらうしかない。裾をからげすぎてどんどん布はあがっているし、周囲の視線も熱い。前を覆う分は、また戻って使用人に持ってきてもらおう。
 そう思って泰然が近づくと、金栄はちょうどあくびをしたところだった。全身が伸びあがって、またずりりと尻の布があがる。揉みしだきたい丸い尻が布をぱんと張って、思わず深呼吸をした。
「金栄様」
 声をかけると、金栄はびくりと震えた。驚いて体を縮こめるが、全然小さくならない。ただむき出しの腕や腿が寄ってやわらかく形を変えるのがなんとも目の毒だ。
「これを」
 前掛けを渡すと、金栄はどこか嬉しそうにそれをつけてくれた。だが前掛けなので、前を覆った。それでは意味がない。隠してほしいのは、尻だ。
「ありがとうございます、これで汚れずに……」
「違います」
 とっさに、なにも考えずに手を伸ばしてしまった。あ、と思ったが、もう遅かった。
「ああっ」
 驚きと悲鳴とどこか甘さの混じった声があがった。目の前の巨体が震えあがり、慌てたように両手が口を押える。その隙間から見える丸い目が潤んでいて、それを見た瞬間、泰然は下半身にぐっと熱が集まったのを感じた。
(嘘だろ……っ)
 この感覚は知っている。思わず腰が引けそうになったが、干支神夫婦がなにかしているぞと、周囲が見ている。
「あっ、ち、違う、あの、泰然っ」
「………っ」
 思わず泰然は背中を向けた。このままだと勃起がばれる。ただでさえ自分のものは大きいのだ。すぐに前を押し上げかねない。限りなく駆け足に近い早足で、泰然は社を飛び出した。背後から金栄の声が聞こえたが、かまってはいられなかった。
「……っはー……」
 とっさに飛び込んだのは、厠だった。前が苦しく、褌をほどくと、ぶるりと太く育ったものが腹を打った。すでに先走りに濡れ、幹に巻きつくように走る血管はどくどくと脈打っている。躊躇うことなく熱杭に手を添え、上下にしごき上げた。
「はっ、は……」
 脳裏に描くのは、金栄の体だ。
 白くてやわらかい肌の下に、指先を押し返す弾力のある筋肉がある巨体。それを泰然は知っている。
 触れられるのも撫でられるのも苦手な金栄だが、それも起きている時だけだ。本人は気付いていないようだが、眠っている時は触れても過敏に反応したりはしない。
 抱こうとしたのを敏感だから無理だと跳ねのけられたことはあったが、嫌なわけではないようとだと踏んでから一年近く、泰然は実は毎夜のように金栄に触れていた。
 頬に触れ、頭を撫で、深く眠った時にはつんと出てきてしまう角をさすり、寝乱れた体に手を這わせる。誓って、眠った体に無体を強いたことはないが、背中も腹も腿も胸も触れたことがあるのだ。
 手のひらに吸い付くようなしっとりとした感触に、肌になじむ温かさ。胸や腿など、手を押し当てるとむっちりと強い弾力を返してくれて、それもまたたまらない。
 それに、そうやって触れると金栄は嬉しそうにするのだ。ふにゃふにゃと笑い、たまに泰然を呼ぶ。応えて撫でてやると、また嬉しそうにする。
 繰り返していくうちに、やがて慣れていくのではという考えとただ単に触れたいという欲望から、泰然は夜ごと金栄に触れていた。
 その感触を思い起こして、ひたすらに己の勃起を擦る。とぷとぷと先走りはこぼれ、腰も揺れる。いつかこの昂りであのやわらかい体を割り開きたい。決して乱暴にはしない。だから、触れさせてほしい。起きているときに、優しく触れて撫でて、手のひらだけでなく全身で金栄を感じたい―――
「うっ」
 ぐっと嚢がせり上がる。ぶるっと腰が大きく震えて、尿道が開く。粘度の高い白濁がびしゃっと吐き出され、厠の壁に当たった。そのまま二度、三度と壁に白濁が弾け、狭い個室の中が青い臭いに満る。
「はーっ………」
 一気に体が弛緩する。ぼうっとした頭のまま、壁にもたれてずるずると座り込んだ。
(明日はもう大晦日なのにな……俺はとんだ罰当たりだ)
 耕牛として加護を与えるようにとは、金栄の父からも言われている。けれど、結局出来そうもない。
 それならば、せめて出来ることはなんだろうか。
 妙に冷静な頭の中で、泰然は考えた。自分は金栄に加護を与えるために選ばれた伴侶だ。けれど、まだ抱き合うことはかなわない。力で伏せることは出来るかもしれないが、それはしたくない。
 金栄が干支神になったことで、伴侶として選ばれた泰然も寿命が飛躍的に伸びた。これから二人で数百年と生きるのだ。その長い時間をかけてでも、金栄が怯えなくなってから抱き合いたい。
 そのためなら、来年一年の加護を金栄に与えられない自分が出来ることは何だろう。
「どうするかな……」
 はあ、と頭を抱えた泰然が背にする壁の向こうからは、忙しなく屋敷中を行きかう眷属たちの声がする。
 ふと、泰然は顔をあげた。
 この屋敷には撫で牛が大勢いる。彼らは、平癒を生業としている。その力は耕牛にも及ぶもので、昔から腹が痛い熱が出たと体調が悪くなるたび、彼らの力を借りたものだった。
「……よし」
 すっくと泰然は立ち上がった。いい考えが浮かんだ。その前に、まずは、壁にかかった白濁をきれいに拭い去ろうと、泰然は水桶と手拭いを取るべく、そろりと厠を出た。
 明日は大晦日。金栄が干支神としての任に就く新年まで、もう時間はなかった。

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