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しおりを挟む翌朝、陽が高くなってからようやく目覚めた芹は、遅れた朝餉を摂ってから部屋を見に戻った。
部屋の入口は縄が張り巡らされて中に入ることが出来なくなっていたが、庭では馬の頭をした鬼が、障子の枠に障子紙を張り付けていた。
「すみません、部屋、いつ頃直りそうですか」
「ああ、芹様か。そうさね、三日くらいで直るよ。それまでは、他の部屋を都合してもら……ああ、これは黒縒様。おはようござます」
見知った相手だったので気軽に声をかけた芹だったが、ふいにあがった名前に、びくりと体を竦めた。
見ると、昨夜とは打って変わって、いつも通りの落ち着いた面差しの黒縒が廊下を軋ませながらゆっくりとこちらへ歩いてきていた。
「おっ、…おはようございます、黒縒様」
咄嗟に逃げ出したくなったものの、ここで背を向けるのはあまりにも無礼だ。さすがにそれはわかっているため、恐々としながら頭を下げると、やがて下げた視線の先に、裸足の足が映った。
「おはよう。昨夜はすまぬな。俺としたことが、我を忘れてしまった」
「いえ…」
部屋で暴れられたのは相当に迷惑だが、まさかそんな事を言えるはずもなく、芹は当たり障りのない返答をして顔をあげた。
「昨夜はあのように暴れてしまったが、今日は改めて話がある。こちらへ」
「え、あ……はい」
姿が見えない蘇芳が気になったが、くるりと踵を返してしまった黒縒は、長躯からなる長い足でさっさと歩いて行ってしまう。
慌てて追いかけた芹の背中を見送りながら、馬頭の鬼は、どこかひいやりとした風にぶるりと体を大きく震わせた。
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