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30.情報戦【クリストフ視点】

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「これはこれは、わざわざありがとうございます」

まだ滞在期間はあるのに、お土産を渡すと言って訪れたローラン王子。

彼は穏やかな態度で僕に接しているが、後ろに控えている侍女はあまり僕の事を良く思っていなさそうだ。ローラン王子も僕を警戒している可能性があるな。

まぁ、姉の幸せを邪魔する可能性のある僕は、警戒されて当然か。

あの侍女、うまく隠しているけど僅かに僕に対して敵意が漏れている。まるで、リュカ殿に睨まれた時のようだ。そういえば、なんとなく顔も似ているな。もしかしたら、リュカ殿の身内かもしれない。姉か、妹か……。

王子が客人に挨拶する時に帯同する侍女ならば、相当な上級使用人だ。あの若さで王子付きという事はとても信頼されているのだろう。

……身内まで優秀だなんて、どこまで隙がないんだ。

面白くない、そう思ったのは邪な企みが上手くいかないと分かったからだ。

あの女は期待外れだった。まさか、魅了魔法が生涯で一度しか使えないなんて思わなかった。僕に使ったつもりのようだが、僕にはあんな下らない魔法は効かない。

という事は、あの女は一生に一度しか使えない魔法の力を無駄打ちしたという事だ。

父親は単に娘に甘いだけだった。ふざけるな。あんな女をのさばらせるなんて本当に公爵家の当主なのか?

腹が立って、すぐに追い出した。
騒がれると面倒だから、魅了にかかったフリをして、贈り物を用意するから後で屋敷を訪ねると言っておいた。

行くつもりなどないけどな。

社交界を追放された教養もない女に用はない。あんなに頭が悪いとは思わなかった。会話もひたすら疲れるだけだ。カトリーヌ王女と話した時は、もっと……ああもう! 彼女を手に入れる手立てはもうないんだ! 諦めろ!

「……どうされました? お疲れのご様子ですね。ルイーズが何か失礼を致しましたか?」

僕とした事が来客の前で考え事をしてしまっていた。やはりルイーズを部屋に入れたのは失敗だったな。目撃者が居ないか確認したつもりだったが、見られていたとはな。だからこんな時間にローラン王子が来たのか。

ひとまずルイーズの魅了にかかったフリをしておくか。

「いえ、失礼な事はありませんでしたよ。ルイーズ様は美しい方ですね」

「そうですか。ルイーズが美しい……。なるほど。我々はクリストフ様の事をとても心配しています」

この王子、幼いと思っていたが侮れん!
一体どこまで知っているんだ?!

僕の企みに気が付いて釘を刺しに来たのか?

言葉通り、ルイーズの魅了魔法にかかった僕を心配して駆けつけてくれたのか?

僕を心配してくれたのなら、侍女が警戒するのも当然だ。
僕にではなく、この部屋にいるかもしれなかったルイーズを警戒していたのかもしれない。

僕は必死で頭を働かせた。

言葉通り僕を心配して駆けつけたと仮定すると、この国はルイーズが魅了魔法を持っていると知っている。さらに、対策も立てている。

それとも、単に僕が魅了されていないか確かめに来ただけだろうか。

分からない。だが、ここは魅了にかかっていると思わせた方が良いな。

魅了魔法への対策があるのか確かめたい。

「ルイーズ様は、とても魅力的な女性でしたよ。確かにまだ子どもですから、至らない所はあるかと思いますが、王族の皆様や、リュカ殿のような教育を全ての貴族に行う事は不可能でしょうから気にしておりません」

「そうでしたか。ここでリュカの名が出るとは思いませんでした」

「彼は素晴らしい方ですからね。さすがカトリーヌ王女の婚約者として教育されただけはある。ところで、そちらの侍女はリュカ殿の御身内ですか?」

「ええ、そうです。リュカの姉のルカです。僕に付いてくれている優秀な侍女ですよ」

「リュカ殿はご家族まで優秀なのですね。まさか、伯爵家の方が幼い頃から王女の婚約者候補として教育されるとは思いませんでした」

つい、刺々しい言い方をしてしまった。すると、ローラン王子が驚いたような顔をしている。

しまった。彼に文句を言っても仕方ないだろう。

僕としたことが、感情のコントロールすら出来なくなってるようだ。それほど、カトリーヌ王女が魅力的という事だろう。

ローラン王子は、僕の言葉を軽く受け止めて下さり怒ったりする様子はない。その後も軽い世間話をする。一応魅了にかかっている振りをしておきたかったので度々ルイーズを褒めてみたが、褒める所のない女性を褒めた事はないので上手くいっている気がしない。つい、ルイーズに魅了されてしまったと言ってしまった。その時、後ろの侍女が一瞬顔を歪めた気がしたが……気のせいだろう。

カトリーヌ王女の弟君であるローラン王子は、カトリーヌ王女と仲が良いらしく、ルイーズを褒めてもすぐにカトリーヌ王女の話になる。どうやらルイーズはカトリーヌ王女を嫌っているらしく、ローラン王子はルイーズの事を話す時僅かに不愉快そうな素振りをなさっていた。

……そんな女に魅了されそうになったなんて、なんだか恥ずかしい。

穏やかに、ローラン王子の機嫌を損ねないように、そう思っていたのに次に彼が放った言葉は僕の心に突き刺さった。

「姉とリュカは昔から相思相愛なのです。リュカが大怪我をした時は、姉は泣きながら治療に当たったものですよ。姉は水魔法が得意なんです」

「ええ、存じておりますよ。取れた腕すら癒せるとか。素晴らしいですね」

なんとか取り繕ったが、一瞬だけ顔が歪んでしまったのは気付かれただろうか。

この王子は、油断出来ない。無邪気な顔をしているが、僕の事を探っている。あの鋭い目で見つめられると、なにもかも丸裸にされてしまいそうだ。

「あまり長居してもご迷惑ですね。贈り物をお渡しして退室致します。ルカ、箱を開けて」

ルカと呼ばれた侍女が箱を開けてくれた。箱を開ける時に、僅かに僕の手に彼女の手が触れたが、リュカ殿とは違い華奢な細い手だった。

「いかがですか?」

「素晴らしい品ですね。ありがとうございます」

贈り物を褒めて、更にカトリーヌ王女の事を聞き出そうとしたのだがローラン王子は長居しては失礼だと部屋を出て行ってしまった。

「そうそう、最後にお聞きします。本当は、ルイーズを気に入ってはいませんよね?」

この王子に隠し事は無駄か。そう悟った僕は、素直に認めた。ルイーズの無礼な態度に好感を持てる人が居ればご紹介頂きたいと嫌味まで付けて。

「うちの国の貴族が大変失礼致しました。今後、彼女にはしかるべき処罰を与えますのでどうか今後とも末永くお付き合い出来る事を願っておりますよ」

末永くお付き合い願いたいなら、カトリーヌ王女をくれ。そんな言葉を必死で飲み込んでローラン王子を見送った。
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