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10 疑念
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会場いりすると人々の視線が集中した。出席者全員が祀鶴歌を見ている。
劉が近づいて誉め言葉を並べながらテーブルに案内した。既に席についていたユアンミンが挨拶する。その隣の人物はエレベーターの前で会った男だ――
「ユアンミンの弟の蜜瑠だ」劉が紹介した。
「つまり海滋の弟ね」ユアンミンが小声で補足した。
「日本人の血をひいている。言葉もできるからコミュニケーションには困らないだろう。こちらは――」
「知っていますよ」劉が話しおわらないうちに蜜瑠が言葉を発した。「船内中の噂になっていますから。それに先ほどお会いしましたよ,ねえ――」目礼をする。
劉が表情を曇らせた。「私の大切な人と知りながら,正式な紹介も受けないうちに声をかけるなど不躾だと思わないのか。節度を欠いている」
「ははは……」蜜瑠が両肩を窄める。「これは大変な御執心ぶりだ。あなたにとってよほど大事な方なんですね」
「その通りだ。以後,馴れなれしくするのは遠慮してくれ」
「話をするぐらい構わないでしょう。だってファミリーになるんですよ」頰のこけた三角顔に,丸い瞳をぎゅっと細めただけの笑みを浮かべる。「親交を深めたいじゃありませんか。仲よくなってどんな人なのか詳しく知りたい。そう思っているのは僕だけじゃない。この会場にいる誰もが祀鶴歌さんについて興味津々なんです――そうでしょう,みなさん!」席を立って両腕を広げる。会場中の注目を集めてから片腕を滑らせて人々の視線を祀鶴歌へと誘導する。「大中華エアラインの命運を握っている方です――」意地悪で品定めするみたいな目つきをしていた。
劉が何か言いかけたとき,祀鶴歌が口をひらいた。
クラシックを奏でるピアノの調べのような言葉の連なりが会場の空気にしみわたっていく。拍手喝采が起きた。数十秒で人々を虜にしてしまう不思議な魅力の備わるスピーチだった。
「あたり障りのない自己紹介だ」蜜瑠が不承ぶしょう拍手につきあいながら腰をおろした。
「なんてきれいな発音だろう――中国語も話せるのだね」劉が尋ねると,祀鶴歌は首を横に振った。「もう座っても宜しいかしら」
劉とユアンミンが謝罪の言葉を述べて笑った。
劉の隣に祀鶴歌が座り,あたしは祀鶴歌とユアンミンの間の席に座った。
1時間ぐらい過ぎたころ,仕事に戻るのか席を空ける者も目だちはじめた。5人で囲む大きなテーブルには依然新しい料理が次々と運ばれてくる。
「2人がこんなにきれいにしてくるなら,私もドレスアップしてくればよかったわ」黒のパンツスーツスタイルのユアンミンが祀鶴歌とあたしを交互に見た。
祀鶴歌がグラスを置いた。「美しい女性ほどボーイッシュを装いたがるのは何故なのかしら」あたしに一瞥を寄越す。「彼女もね,いつもジーンズの上下なの」
女優と女装男が同時に笑った。
「墜落事故の起こった翌日に,ちゃらちゃらめかしこんでる人間の気がしれないね」蜜瑠の発言に,テーブルの笑いが一瞬にして消える。
「事故の翌日にパーティーを催す人間の気がしれない」劉が言った。
「パーティーなんて」蜜瑠が反論する。「慰労会ですよ。社員一丸となって昼夜をおかず不眠不休で情報収集や救出活動にあたっているんです。その労をねぎらうための場所を設けたにすぎません」
「私と祀鶴歌のプライベートランチを慰労の場にあてなくてもよいだろう。勝手に他人を呼ぶとはどういうつもりだ」
「他人ですか? 社員の前で言えますか」蜜瑠は声を潜めて周囲を見渡した。「社員は家族同然――それが大中華エアラインの社風のはずです。あなたにとっては,社員も僕もねえさんも,出会って間もない人間よりも,とるに足りない対象なんでしょうけれど」
「行こう。不愉快だ――」劉は祀鶴歌の手をとって席を立った。
「逃げないでください」蜜瑠は座席にふんぞりかえった。「座ってくださいよ,社員が見ているじゃありませんか――今,逃げれば噂が本当だったと認めたことにもなりかねませんよ」
「噂?」ユアンミンが怪訝な表情をした。「噂って何よ?」
「今回の墜落事故は意図的爆破によってひきおこされたという情報がある?」
「そんな話はよさないか!」劉が蜜瑠の言葉を制止した。
「興奮しないで――」蜜瑠が揃えた両手で虚空を押さえた。「――座ってくださいってば」
劉は喉を震わせながら席についた。
「僕はね――副社長として事故の真相を究明しなければならない責任がある。あなたもいつものように気楽な役員の立場だなんて言っていないで協力してください。協力する義務があるんです。役員である前に事故の生存者なんだから見たこと聞いたこと情報の全てを提供してください。そうすることによって疑念も晴れるかもしれない」
「疑念? 私の暗殺計画のことを言っているのか? 社長側の勢力を削ぐために,対抗勢力が飛行機爆破によって私の殺害を目論んだという――副社長が首謀者だという専らの噂だ」
「副社長側への反感を扇動しようとする筋立てですか? 御曹司の自作自演が真実でしょう。そして実行犯を婚約者として匿っている」
劉が近づいて誉め言葉を並べながらテーブルに案内した。既に席についていたユアンミンが挨拶する。その隣の人物はエレベーターの前で会った男だ――
「ユアンミンの弟の蜜瑠だ」劉が紹介した。
「つまり海滋の弟ね」ユアンミンが小声で補足した。
「日本人の血をひいている。言葉もできるからコミュニケーションには困らないだろう。こちらは――」
「知っていますよ」劉が話しおわらないうちに蜜瑠が言葉を発した。「船内中の噂になっていますから。それに先ほどお会いしましたよ,ねえ――」目礼をする。
劉が表情を曇らせた。「私の大切な人と知りながら,正式な紹介も受けないうちに声をかけるなど不躾だと思わないのか。節度を欠いている」
「ははは……」蜜瑠が両肩を窄める。「これは大変な御執心ぶりだ。あなたにとってよほど大事な方なんですね」
「その通りだ。以後,馴れなれしくするのは遠慮してくれ」
「話をするぐらい構わないでしょう。だってファミリーになるんですよ」頰のこけた三角顔に,丸い瞳をぎゅっと細めただけの笑みを浮かべる。「親交を深めたいじゃありませんか。仲よくなってどんな人なのか詳しく知りたい。そう思っているのは僕だけじゃない。この会場にいる誰もが祀鶴歌さんについて興味津々なんです――そうでしょう,みなさん!」席を立って両腕を広げる。会場中の注目を集めてから片腕を滑らせて人々の視線を祀鶴歌へと誘導する。「大中華エアラインの命運を握っている方です――」意地悪で品定めするみたいな目つきをしていた。
劉が何か言いかけたとき,祀鶴歌が口をひらいた。
クラシックを奏でるピアノの調べのような言葉の連なりが会場の空気にしみわたっていく。拍手喝采が起きた。数十秒で人々を虜にしてしまう不思議な魅力の備わるスピーチだった。
「あたり障りのない自己紹介だ」蜜瑠が不承ぶしょう拍手につきあいながら腰をおろした。
「なんてきれいな発音だろう――中国語も話せるのだね」劉が尋ねると,祀鶴歌は首を横に振った。「もう座っても宜しいかしら」
劉とユアンミンが謝罪の言葉を述べて笑った。
劉の隣に祀鶴歌が座り,あたしは祀鶴歌とユアンミンの間の席に座った。
1時間ぐらい過ぎたころ,仕事に戻るのか席を空ける者も目だちはじめた。5人で囲む大きなテーブルには依然新しい料理が次々と運ばれてくる。
「2人がこんなにきれいにしてくるなら,私もドレスアップしてくればよかったわ」黒のパンツスーツスタイルのユアンミンが祀鶴歌とあたしを交互に見た。
祀鶴歌がグラスを置いた。「美しい女性ほどボーイッシュを装いたがるのは何故なのかしら」あたしに一瞥を寄越す。「彼女もね,いつもジーンズの上下なの」
女優と女装男が同時に笑った。
「墜落事故の起こった翌日に,ちゃらちゃらめかしこんでる人間の気がしれないね」蜜瑠の発言に,テーブルの笑いが一瞬にして消える。
「事故の翌日にパーティーを催す人間の気がしれない」劉が言った。
「パーティーなんて」蜜瑠が反論する。「慰労会ですよ。社員一丸となって昼夜をおかず不眠不休で情報収集や救出活動にあたっているんです。その労をねぎらうための場所を設けたにすぎません」
「私と祀鶴歌のプライベートランチを慰労の場にあてなくてもよいだろう。勝手に他人を呼ぶとはどういうつもりだ」
「他人ですか? 社員の前で言えますか」蜜瑠は声を潜めて周囲を見渡した。「社員は家族同然――それが大中華エアラインの社風のはずです。あなたにとっては,社員も僕もねえさんも,出会って間もない人間よりも,とるに足りない対象なんでしょうけれど」
「行こう。不愉快だ――」劉は祀鶴歌の手をとって席を立った。
「逃げないでください」蜜瑠は座席にふんぞりかえった。「座ってくださいよ,社員が見ているじゃありませんか――今,逃げれば噂が本当だったと認めたことにもなりかねませんよ」
「噂?」ユアンミンが怪訝な表情をした。「噂って何よ?」
「今回の墜落事故は意図的爆破によってひきおこされたという情報がある?」
「そんな話はよさないか!」劉が蜜瑠の言葉を制止した。
「興奮しないで――」蜜瑠が揃えた両手で虚空を押さえた。「――座ってくださいってば」
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