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21 再会と逃亡
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「海滋が彼にかまけているうちに僕たちは逃げよう」蜜瑠が言った。「海滋の乗ってきたボートには十分燃料があるはずだ」
「祀鶴歌を置いてくの?」
「彼なら大丈夫だろう。だが僕たちの命は海滋の気分次第さ――君も見ただろう,部下たちの嬲り殺されるのを」
「でも祀鶴歌はこのまま……」
「本国に帰ったら救出の手筈は整える。約束するから」
必ず日本に帰れ――それが本望なのだと告げた祀鶴歌の言葉を思いだす。
「一目だけ祀鶴歌に会わせてくれませんか」
「何を言っているんだ! 嫉妬に狂った海滋に殺されるぞ!」
「あたしが彼を見るだけでいいんです。劉にも祀鶴歌にも気づかれないようにしますから。彼を一目見てお別れを言いたいんです」
蜜瑠が大きなため息をついた。「それなら1時間だけだ。今から1時間経っても君が帰ってこない場合,僕は1人で発つからね」
頷いて,洞窟へとのびる坂道を駆けだした。
洞窟内に入ると,湿った泥道がしばらく続いた後,行く手が二方向に分岐した。爪先あがりの石道を行くと,すぐに視界がひらけ,慌てて姿勢を低めた。杉木立の手前で劉が火を起こし,肉を焼いている姿が見える。
物音を立てないように細心の注意を払い,もと来た道をひきかえす。分岐点まで戻り,石筍の突起する鍾乳洞へと入る。くだりの道だった。
加速が過ぎると,バランスを失い,前のめりに転倒しかけては石筍で胸を貫きそうになり,何度もひやりとする。爪先あがりの石道の何倍もの距離を歩きつづけ,ようやく祀鶴歌に辿りついた。
石灰岩や地下水の自然物が接触を繰りかえし,絶妙の造形をなした高台に彼は眠っていた。
息をとめて近づいていく。劉のグレーのジャケットがかけられている。ジャケットからはみでた頸部や手足に,紫色した嚙み痕が残っていた。
「祀鶴歌……」思わず声が出た。
祀鶴歌が目覚め,横たわったまま身を縮めた。「見ないでくれ……」
「祀鶴歌,あんた……」
「お願いだから,見ないで……」
「バカ―――」あんたはそれくらいで汚れたりしない。あたしなんかとは全然違うんだから。
「そんなの日常茶飯事よ。父親が最低な奴でさ,よそでは弱いくせに家では暴力ふるうの。もっと最悪なのは女房と娘を売ることよ。毎日相手をつれてきたわ。だから死んだときは解放されるって安心した。けどね,母親ったら,父親がいなくなっても商売を続けるの。裏ぎられたと思った。それで母が相手といるとき,火をつけて殺したわ」
「未琴ちゃん……」祀鶴歌があたしを抱きよせて頭を撫でた。
「どうよ,あたしの不幸自慢に恐れいった?」
「うん……時間があれば僕も不幸自慢をしたいよ……」
「聞いてあげるわ,逃げてから――2人で逃げよう」
祀鶴歌が首を横に振った。「歩けないもん」
一緒に泣いた。
「大丈夫だよ,あたしがいるし――ね,頑張ってよ――」
「お願いだからもう行って。見つかると大変だから」
「いやよ――祀鶴歌が行かないなら殺されてやる。あいつ,さっき6人も殺したんだから」
祀鶴歌の顔面がこわばった。耳をそばだてる。劉の鼻歌が近づいてくる。
「未琴ちゃん,行け!――行けってば!」
「祀鶴歌,一緒に来て!」
祀鶴歌があたしを真っすぐ見つめ,劉のジャケットを着た。「行こう――」
「祀鶴歌を置いてくの?」
「彼なら大丈夫だろう。だが僕たちの命は海滋の気分次第さ――君も見ただろう,部下たちの嬲り殺されるのを」
「でも祀鶴歌はこのまま……」
「本国に帰ったら救出の手筈は整える。約束するから」
必ず日本に帰れ――それが本望なのだと告げた祀鶴歌の言葉を思いだす。
「一目だけ祀鶴歌に会わせてくれませんか」
「何を言っているんだ! 嫉妬に狂った海滋に殺されるぞ!」
「あたしが彼を見るだけでいいんです。劉にも祀鶴歌にも気づかれないようにしますから。彼を一目見てお別れを言いたいんです」
蜜瑠が大きなため息をついた。「それなら1時間だけだ。今から1時間経っても君が帰ってこない場合,僕は1人で発つからね」
頷いて,洞窟へとのびる坂道を駆けだした。
洞窟内に入ると,湿った泥道がしばらく続いた後,行く手が二方向に分岐した。爪先あがりの石道を行くと,すぐに視界がひらけ,慌てて姿勢を低めた。杉木立の手前で劉が火を起こし,肉を焼いている姿が見える。
物音を立てないように細心の注意を払い,もと来た道をひきかえす。分岐点まで戻り,石筍の突起する鍾乳洞へと入る。くだりの道だった。
加速が過ぎると,バランスを失い,前のめりに転倒しかけては石筍で胸を貫きそうになり,何度もひやりとする。爪先あがりの石道の何倍もの距離を歩きつづけ,ようやく祀鶴歌に辿りついた。
石灰岩や地下水の自然物が接触を繰りかえし,絶妙の造形をなした高台に彼は眠っていた。
息をとめて近づいていく。劉のグレーのジャケットがかけられている。ジャケットからはみでた頸部や手足に,紫色した嚙み痕が残っていた。
「祀鶴歌……」思わず声が出た。
祀鶴歌が目覚め,横たわったまま身を縮めた。「見ないでくれ……」
「祀鶴歌,あんた……」
「お願いだから,見ないで……」
「バカ―――」あんたはそれくらいで汚れたりしない。あたしなんかとは全然違うんだから。
「そんなの日常茶飯事よ。父親が最低な奴でさ,よそでは弱いくせに家では暴力ふるうの。もっと最悪なのは女房と娘を売ることよ。毎日相手をつれてきたわ。だから死んだときは解放されるって安心した。けどね,母親ったら,父親がいなくなっても商売を続けるの。裏ぎられたと思った。それで母が相手といるとき,火をつけて殺したわ」
「未琴ちゃん……」祀鶴歌があたしを抱きよせて頭を撫でた。
「どうよ,あたしの不幸自慢に恐れいった?」
「うん……時間があれば僕も不幸自慢をしたいよ……」
「聞いてあげるわ,逃げてから――2人で逃げよう」
祀鶴歌が首を横に振った。「歩けないもん」
一緒に泣いた。
「大丈夫だよ,あたしがいるし――ね,頑張ってよ――」
「お願いだからもう行って。見つかると大変だから」
「いやよ――祀鶴歌が行かないなら殺されてやる。あいつ,さっき6人も殺したんだから」
祀鶴歌の顔面がこわばった。耳をそばだてる。劉の鼻歌が近づいてくる。
「未琴ちゃん,行け!――行けってば!」
「祀鶴歌,一緒に来て!」
祀鶴歌があたしを真っすぐ見つめ,劉のジャケットを着た。「行こう――」
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