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3. 梓、出会いを拾う

梓、出会いを拾う ②

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 美空たちと一緒に写真展を周り、出口に差し掛かった所で、こっちを見たまま頭を下げる人物がいることに気が付いた。
 美空が頭を下げて近寄って行き、梓は見覚えがある顔にふと気が付いた。

(あ、先刻の人だ。…知り合いだったんだ?)

 レンズカバーを転がした人だった。
 何やら話している二人を見、隣りの十玖を斜めに見上げる。ちょっと面白くなさそうな顔していて、梓から小さな笑いが漏れると「見なかったことにして」と恥ずかしそうに言った彼が妙に可愛かった。
 美空が彼のイメージを “ラブラドール・レトリバー” と言うのが何となく分かってしまった。因みに本気で怒らせると “ドーベルマン” になるらしい。どっちにしても美空から見た十玖は、真っ黒な大型犬であることに変わらないが。
 美空に手招きされて、十玖と一緒に近付いた。

「先刻は有難うございました」

 そう言った彼がにこりと笑って軽く頭を下げ、梓も釣られて「いえいえ」と頭を下げた。

「まさかCooちゃんの知り合いだったとは。世の中狭いですね」
「ホントに」

 はにかんだ笑顔が少年のようで、またも釣られて笑ってしまう。
 美空の知り合いのカメラマンは、城田要二と言った。タロ先生のアシスタントを経て、フリーのカメラマンになった先輩だそうだ。
 外で仕事をすることが多いという彼は、陽に焼けて色が抜け、ちょっとパサついている長めの茶髪を後ろで一つに結び、焼けた肌から覗く白い歯が印象的だった。
 翔や怜を見慣れている梓には、まあまあイケメンのランクに位置するくらいだが、笑顔が良かった。つい釣られてしまうほど、魅力的な笑顔をしている。そして人を見るときに相手をしっかりと見る真っ直ぐな黒い双眸。
 彼がカメラマンだからなのか、見透かされているような妙な恥ずかしさ。

「…え?」
「えって?」
「あ…三十三歳、なんですか?」
「え~と、その疑問符はどういった意味かな?」

 美空たちと美術館内のカフェに移動していた。
 丸テーブルで梓の左側に座る城田が、微妙そうな笑顔で彼女を見ている。何か勘違いさせてしまったかもと、梓は胸の前で手をバタバタと振って慌てた。

「あ、あの違うんです……じゃなくて、思っていたよりも……違う。えっと、その、何て言うか、兄より三つも上に見えなかったと言いますかっ」
「つまり “思っていた以上に年食ってんな、コイツ” ってことか」

 城田が意地悪そうに笑うと、梓は更に慌てた。

「いえっそんな、コイツだなんて滅相もない! 見た目が若くてらっしゃるから」
「若作りしてんじゃねえよって?」
「そんな事、これっぽっちも思ってません!」
「そお?」

 梓が捥げるのではないかというくらいの勢いで頭をブンブン縦に振れば、城田はクスクス笑う。美空は顔を顰めて城田の左腕を叩いた。

「城田さん。彼女、大事に大事にされ過ぎて、免疫無いんだからあまり揶揄わないで下さいよ」
「お嬢様?」
「ある意味、姫だわね。お目付け役がいるくらいだし……てそう言えば、今日は居ないわね。加藤くん」

 何だかんだと梓の周りをチョロチョロしている存在がない事に、今頃気が付いたようだ。梓はムッとする。

「剛志もお兄ちゃんたちと同罪だから。あたしに近付いたら、過去の恥ずかしい写真をバラ撒いてやるって言ってやったわ」
「…幼馴染みって、どうしてその手の脅迫するのかなぁ? ホント容赦ない時あるよね」

 十玖がふっと遠い目をして、我が事の様に言う。彼もまた幼馴染みにネタを握られている一人だった。

「苑子ちゃんが特別十玖にだけ容赦ないんだと思うよ? あたしは竜ちゃん脅迫しようと思った事ないし。寧ろお兄ちゃんを強請るネタの方が多い」  
「あ~……うん。ハルさんのストッパーは、脅迫できないよね」

 二人を思い出した十玖の表情が、複雑そうな笑みを浮かべている。何にしても、幼馴染みは時として厄介なものだと言うことだ。



 そろそろ引き上げようか、と言っていた矢先に鳴動するバイブレーションの音がした。四人が同時に自分のスマホを確認すると、大きな溜息を吐く反応を見せたのは梓だ。
 彼女は即座に電話を切り、すぐにまた掛かって来た電話も切った。それで誰からの電話か凡その予想が付くというものだ。
 負けずに掛かって来た電話を切ろうとすると、向かいの美空が手を伸ばし、梓からスマホを受け取って通話にした途端、翔の『あずさ―ッ!』と喚く声が、その場に響いた。
 羞恥で俯く彼女の頭を苦笑混じりの城田がポンポンする。
 翔が喚いているので、美空はスマホを耳から離すと、水平にしたスマホの通話口に唇を寄せて話し出した。  

「あ~、翔さん? Cooですけど!」
『……く、Cooさん!?』

 スピーカーにしていないのに、聞こえて来る翔の声。
 普段は物静かに話すのに、どれだけ平常心を失っているのだか。
 穴を掘って埋まりたいとこの瞬間、切に願った梓に向かいの美空が困ったような笑顔を浮かべた。

「今日はアズちゃんお借りしてるので、安心して下さいね? …あ、アズちゃん?」

 美空からスマホを取り上げると、空かさず電話を切った。唖然としている美空を見詰め、梓はスマホを叩きつけるようにテーブルに伏せる。

「それ以上の情けは無用でお願いします。お兄ちゃんなんか、心配のし過ぎで剥げてしまえばいいんだ! それでもって麗しの恋人に振られてしまえ! 人の恋路の邪魔ばっかりするくせに、自分はしっかり恋人いるって、もお許せないッ!!」

 くぐもった声で呪詛のような台詞を一気に捲し立てる梓に、男二人は口元を引き攣らせた笑みを浮かべていたが、美空だけは違った。
 美空は梓の両手を取り、ぎゅっと握ると真摯な眼差しで彼女を見詰めて来る。

「解るッ! 解るわ、その気持ち! うちのお兄ちゃんも、自分は女の子とっかえひっかえしてた癖に、あたしに近付いて来る男子を淘汰しちゃってくれてたもの!」
「不健全なシスコン絶滅しろって感じよね!?」
「全くその通りよ!」

 大きく頷いた美空に、梓も頷いて応える。
 妹思いは妹思いの枠で止めて欲しい。それ以上の介入は傍迷惑でしかないとか、女二人がこれでもかと言うくらい兄に毒を吐いている隣で、居心地の悪い男二人が追加オーダーをする。
 彼らは、兄をディスり、鬱憤晴らしをする女性二人を止めようとは思ってない。そんな事をしたら藪蛇だ。彼らも自分が可愛い。

 散々文句を言い捲ってすっきりした梓は、共感してくれた美空に感謝した。
 彼女にとって傍迷惑だった兄はすでに過去のものであり、今の兄に不満があるわけではないだろう。それでも合わせてくれて、梓が吐き出し易い状況を作り出し、言葉を誘導してくれたのに途中から気が付いた。
 梓が喋り過ぎてカラカラになった喉を潤していると、十玖が口角を上げ「でもね」と梓を見た。

「晴さんがそうやって男共を蹴散らしてくれてたから、僕は美空と付き合えたし、結婚も出来たと思ってるんで、シスコンもそう悪くないと思うんだよね。攻略するには、男側のそれ相応の根性が必須だとは思うけど」
「うわ~。惚気てるしぃ」
「当然。だって僕は大分頑張ったし。で。僕が言いたいのは、アズちゃんにもそういう奴がどこかに絶対いるからって事。出会うべくして出会ってしまったら、お兄さんたちの邪魔なんて苦にならないと思うよ? だからそろそろお兄さんたちを許してあげたら?」

 まだその時じゃないから、そう言うことだろうか。
 十玖が男だから翔寄りの発言なのかもしれないけど、本当に好きだったら邪魔されても関係ないと言える彼は、お世辞抜きで格好いい。

(そっか…その時じゃ、ないんだね……?)

 とは言え、これまで舐めて来た辛酸を思えば、直ぐに “はいそうですね” と言う気分にはなれない。
 梓は紅茶をゆっくりと喉に通し、小さな吐息を漏らす。と、正面の美空が意地悪そうな微笑を浮かべて、左隣の十玖の顔を覗き込んでいた。

「十玖。何かカッコいい事言ってるけど、フウハルが彼氏連れて来る年になったら、どうなるのかしらね? 同じこと言えるのかなぁ?」
「美空ッ!? またそうやって僕を泣かそうとするッ!?」

 既に十玖の目が潤んでいるのを見て、梓と城田がちょっと引き気味に笑っている。十玖はグッと唇を噛んで娘たちを見、直ぐに美空に視線を戻した。

「全力で排除してやる」
「こらこら。十玖が全力でかかったら、人死に出るからね? それは程々にして止めとこ? ねっ?」
「……やだ」
「やだじゃないから。いつも因果応報だって言ってるでしょ?」
「聞こえない」

 十玖は完全に拗ねてしまったようで、顔を俯けてコーヒーカップを注視している。子供みたく不貞腐れている姿も様になるなんて、「イケメン狡い」と梓は口中で呟いた。

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