ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!

矢立まほろ

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○4章 役所へ行こう

 -2 『厄介ごと』

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 フミーネルでの一件も落ち着いてしばらく。
 バーゼンからのクエスト報酬ももらい、借金は着実に返済の一歩を進めていた。

 借金を返すため、エマの斡旋してくれる高額クエストをこなす日々。
 そんな中でも相変わらずヴェーナは隙あらば俺を殺そうとしてきている。

 先日なんて、青果市場に行きたいとせがむから連れて行ってやると、そこの人混みにまぎれて魔法で作り出した槍を持って切りかかってきたり、足元に魔法を仕掛けて転ばそうとしたり。

「お前はこれ以上なにしでかすかわからんからな。今日は帰るまでこのままだ」

 業を煮やした俺はそう言って、ヴェーナの手を繋いで引き寄せた。もちろん、手を自由にさせないことで妙な暗殺を防ぐ魂胆だ。

 抵抗して思い切り暴れたら押さえつけてやろうと思ったが、

「ば、ばか。やめてよ……」

 と意外にしおらしく赤面させて収まっていたのは意外だった。

「経験値のために、いつか絶対に殺してやる」とは口癖のように言いながらも、同居までして俺たちのパーティに馴染んでいるあたり、もはやそれがただの挨拶の代わりのようにしかなっていないの気がするのは気のせいだろうか。

 俺を殺して魔王になるという目標は、本当にいまだ健在なのだろうか。

 目標を見失っているといえば、ミュンもそうだ。

 もともとはリリーテナという家名を復興させるために来たという彼女だが、料理洗濯に家事全般と、今では我が家のお母さんみたく働いてくれている。

「エイタさんがクレスレブと共にリリーテナの名を世に轟かせていただくまで、精一杯お世話いたします!」

 そう一切の憂いなく言ってくれるミュンに、欠片もその気がない俺は一抹の申し訳なさがこみ上げていた。

 俺もすっかり忘れかけているが、俺はあくまで、この第二の人生でスローライフが送りたいのだ。決してモンスターを退治したり、悪人の悪事を暴いて功績を得たりしたいわけではない。

 のんびりと、最強の能力を使うまでもなく、平凡に生きたいだけなのだ。

「きゃあ、ごめんなさぁい。手が滑ったわぁ」
「ふごっ?!」

 遠くでおっとりとしたスクーデリアの声と、マルコムの悲鳴が聞こえてくる。

  『ダメージ200 スキル発動。残りHP1』

「うっかり、そこで売ってたククリを投げちゃったわぁ」
「はっはっ。なに、誰にだってドジはあるものだ。気にするでない」
「あら、今度は袋に入れてた石から煙が出てきたみたい。勇者様、見てみて」
「どれどれお……ぐはぁっ?!」

  『ダメージ230 スキル発動。残りHP1』

 麻袋が突然爆発し、勇者の顔が爆炎に包まれるも、なぜか無事。

「ごほっごほっ。げふん。いやぁ、驚いた。顔が焼け付くように痛いが、死んでいないならよしとしよう」
「さっすが勇者様ぁ。あら? いやぁん。今度はついつい、ポチちゃんが思わずかじりついちゃうくらい大好きな肉団子を勇者様のお尻にくっつけちゃったわぁ」

「わんっ!」
「いでぇっ!」

  『ダメージ30 スキル発動。残りHP1』

 背中にククリ刀を突き刺し、顔を丸焦げにさせ、ポチに思い切り尻を噛み付かれたマルコムだが、それでも平然と――いや、むしろ女子と会話できて嬉しそうな顔を浮かべている。なかなかに変態だ。

「しぶといわねぇ。……チッ。さすが勇者さまぁ!」

 こっそりと舌打ちを忍ばせるスクーデリアに、しかしマルコムはまったく気付かず、鼻高々と大笑いしていた。

「スクーデリアのほうがよっぽど暗殺者みたいだよなぁ。対象が間抜けすぎるから変に見えるけど」

 封印された自分の力を取り戻すために術者であるマルコムを殺そうとする彼女だが、それが叶うのはいったいいつの日になるだろうか。

 勇者であるマルコムがいつか本当に魔王を倒す日までに自由になれるのか。彼女の未来が心配である。

 そんなこんなで、この世界での生活にも俺はなかなか慣れはじめていた。

「きゃあっ!」

 ヴェーナと一緒に町を歩いていると、ふと、路地裏の方から短い悲鳴が届いた。気にかかり覗いてみると、そこにはみすぼらしい服を着た獣人の少女と、彼女を取り巻く男の姿があった。

 いやらしさを孕んだ男の笑みに、少女は足を震わせて怯えている様子だ。

「なあ姉ちゃん。フミーネルじゃあいろいろやってたんだろ? いいじゃねえか、タダとは言わねえんだしよ」
「や、やめてください。そんなこと、私は」

「うっせえ。つべこべ言わずに従えよオラァ! どうせ体を売るしか能のないお前たちなんだ。こちとら急にやって来たお前らのせいで仕事が減ってイライラしてんだよ。責任取りやがれ」
「そんな……」

 とんだチンピラだ。
 こんなテンプレな奴はどの世界でもいるもんなんだな、と呆れてしまう。

 男は酔っ払った様子で、ふらついた足取りで少女に手を伸ばそうとする。

「なにやってんだオッサン」と俺がすかさず声をかけて制止した時だった。

「さっさと消えなさい、デブ男」

 凄みのある声を唸らせ、俺を遮るように前に出たヴェーナが言った。

「ああ? なんだ、てめぇ!」
「気に食わないのよ。そういう、自分より弱いものにだけ強がる奴は」
「はあ?」

 ちっ、とヴェーナが舌を打ったのが聞こえた。これほどに不機嫌そうなところは初めて見たかもしれない。そう思うほどの恐さが背中から感じ取れる。

「ガキの癖になんだその口ぶりは」
「あんたよりずっとマシよ」
「なんだと、てめぇ。やんのかオラァ!」

 喧嘩腰に啖呵を切ってくる男に、ヴェーナは険しい表情を浮かべたまま、手元に魔法の槍を出現させる。それを男の足元へ、一切の躊躇いなく投げつけた。

 槍は男の靴すれすれの地面へ突き刺さった。それを見て男は足を震わせ、情けない声を漏らしてあっさりと逃げ出してしまった。

「ふんっ。情けないやつ」
「お前、マジであたったらどうするつもりだったんだよ」
「当てないわ。あたしが当てるのはあんただけよ」
「うわー。嬉しくねぇ告白……」

 これほど胃がげっそりする告白がこれまであっただろうか。

 だが、まさかヴェーナが獣人の少女のためにこれほど激昂するとは。ただの変態絶対殺すマシーンかと思っていたが、それよりもずっと良い子なのかもしれない。少なくとも、目の前の非道を見過ごせないくらいには。

 意外な見直しポイントだ。
 最後の一言のせいでプラスマイナスゼロだが。

 俺は苦笑を浮かべながら、獣人の少女の元へ歩いて手を差し伸べる。

「大丈夫だった?」
「……ひっ!」

 怯えた様子で獣人の少女は顔を伏せる

 まあ無理もない。
 あんな目にあったばかりなのだ。

 ピカルさんの言っていた通り、この町にはまだ獣人を受け入れられていない人がいるということだ。今回の件は極端にひどいが、罵声くらいならこれまでも見かけたことはある。

「もし寄り辺に困ったなら、この町の領主のバーゼンって人のところに行けばいいよ。なんでも、ここに来たばかりの獣人たちに手を差し伸べてるって話だ。」
「バー、ゼン……?」
「そう。頼ってみるといいよ」

 そうとだけ言い残し、俺はヴェーナと一緒に路地を出た。

 これからどうするかは彼女次第だ。
 獣人とはいえ選択肢はある。それを選ぶ権利だって。

「甘いわね、あんた。あたしだったら見捨ててるわ」
「そうかな」
「なによ」
「なんだかんだいってお前は、そんな非情って感じじゃないけどな」

 少なくとも、あの虐げられていた獣人の少女を見て憤れるくらいには。

「なによ、そのにやついた顔。ムカつくわね。あんたが困っても絶対に助けてやらないんだからね」
「なんだよ。助けてくれよ」
「イヤよ、ばーか」

 そんな他愛のない会話を繰り返しながら、俺は快晴の空を見上げ、麗らかな日差しの平穏さを噛み締めていた。
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