ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!

矢立まほろ

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○4章 役所へ行こう

 -3 『条例』

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 「大変ですー!」とミュンが息を切らせて家に戻ってきたのは、エマのクエストをひとつ終わらせた翌日、休暇としてのんびりしていた昼前のことだった。

 俺は次のクエストに向けて荷物を整理し、ヴェーナは一人くつろいでお菓子を食べ、自分よがりな昨日のクエストの感想戦を独白するマルコムに向かってスクーデリアが背後から十トンハンマーを振りかぶっていた中、ミュンが手に掴んだ一枚の紙を机に叩きつける。

「どうしたんだ、ミュン?」
「え、エイタさん、みなさん、これを見てくりゃはい!」

 あ、噛んだ。

 ミュンは気恥ずかしそうに頬を赤らめると、ぺちぺちと可愛く頬を叩き、気を改めさせた。

「これをみれくりゃりゃい」
「悪化してるじゃねえか」
「……えへへ」

 つい突っ込んでしまったが可愛いからよしとしよう。

 これがマルコムだったものなら、俺もスクーデリアの十トンハンマーを借りて殴りかかるレベルだっただろう。

「あの、これを。領主のバーゼン様から、全住民への通達だそうです」
「バーゼンから?」

 ミュンが通得に広げたそれを、俺たちは囲むように目を落とした。

 そこに書かれていたのは、

『獣人憐れみの令』

「…………は?」

『本日より以下の条例を発布する。このフォルンにおいて、すべての獣人を我が公舎にて迎え入れ、保護する。なんびとたりとも獣人たちを傷つけることは許さず、発見次第厳罰と科す』

「なんだこれ」

 たしかにバーゼンのサインと印鑑が記されている。間違いなく彼女が発したものなのだろう。

 だが、なんというか。
 ものすごく偏ったような条例だ。
 虐げられる獣人たちを思ってのことなのだろうが、これでは極端すぎないか。

「あのオバサン、頭おかしくなったんじゃないの」と率直で辛らつなヴェーナの一言。に、スクーデリアがほくそ笑む。

「私はドラゴンだし、獣人の内に入らないかしらぁ。ちやほやされたいわぁ」
「スクーデリアよ、安心した前。私ならいつでもきみをちやほやしてみせよう!」
「ええー。勇者様はいらないわよぉ」
「はっはっはっ。恥ずかしがるでない」

 スクーデリアとマルコムのかみ合わない漫才を横目に、俺はその条例の文面を睨むように見つめていた。

   ◇

 突如発表された条例の影響は、さっそく家の外でも色濃く見受けられた。

 今回の件について情報を得るためにピカルさんの酒場へ顔を出した俺だが、入ってすぐに、その違和感に気付いた。

「あれ、ピカルさん。エルは?」

 カウンターに佇むピカルさんに尋ねると、彼のくぐもった表情が返ってきた。

「あいつは、もういないよ」
「え、なんでっ?!」

 いつもなら笑顔で出迎えてくれるエルの姿がどこにも見当たらない。

「今朝のことだ。町の衛兵がやってきて、得るを無理やり連れていった」
「どうして。エルは別に行く宛てに困ったりなんてしてなかったのに」
「この町の獣人はすべて保護対象なんだとよ。他の獣人たちだって、同じようにみんな連れていかれちまった」

「そんな……」
「獣人関係のいざこざはなくなったが、なんかすっきりしねえなぁ」

 ピカルさんは苛立ちを隠すつもりもなく、持っていた酒瓶を机に強く置いた。

 一部の市民と獣人の衝突をなくすため、無理やりみんな連れていった?
 それじゃあまるで、保護というより収容じゃないか。臭いものには蓋をせんとばかりの。

 それから町の中を歩いてみても、やはり獣人の姿は一人も見つけられなかった。移り住んできた子が働いていたほかの店でも同じように強制連行されたらしく、その店の主人はピカルさんみたく残念そうに肩を落としていた。

「少し前に戻っただけなんですけど、なんだか町は前よりもずっと暗くなったみたいに感じますね。酒場の冒険者さんたちもなんだか盛り下がってるように見えますです」

 あれやこれやで、突然の発布から数日が経った。

 酒場で昼食をとっていると、他の席に居座る常連客たちを見ながらミュンが寂しそうに言った。

 すっかり酒場に馴染んでいたエルの喪失に、常連客たちは意気消沈の様子で崩れ落ちていた。机の上にうな垂れた男たちの姿は、さながら渇きに飢えて砂漠で果てるミイラのようである。

「はあ。エルちゃんの入れてくれた酒をクエスト終わりに掻き入れるのが楽しみだったのによぉ」
「俺にだけウインクしてくれる優しい子だったのにな」
「はあ? ウインクなんて俺にもしてくれてるし」

「甘いなお前ら。俺はまた今度、どこかに暇があえばどこかにお出かけしてくれるって言ってくれたんだぜ」

「「なんだと?!」」

「今は毎日仕事だからまた今度ね、って優しく声をかけてくれてさ。いつかその日が来ることをずっと待ち続けてんだよ」

 きっとその日は来ないのではないだろうか。
 さすがに元々そういう接客の店で働いていただけあって、エルは意図的なのか無意識なのか、多くのファンを手に入れているようだ。

「唯一の癒しも奪われて、もうこの店はハゲしか見るものがねぇ」
「ほっぽり出すぞ、お前ら」

 きらりと頭頂部を輝かせて怒るピカルさんも、悩ましげに頭を抱え、

「連れて行かれた獣人のことについてはまったく情報がねえんだ。いつ戻ってくるのかも。だからデリカのとこに置いてるあの子の荷物も、触るに触れねえ状況でな。いや、それ以上に、あいつは元気でやってんのかって気になってよ」

 独身男のピカルさんだが、遠くを見るその目は、愛娘を心配する父親のようだった。エルは男だが。

「なにもわからねえんじゃどうしようもねえよなぁ」
「そうですね」

 相槌を打つ俺も心配を覚えはしたが、それ以上のどうしようもなさに、何もすることが出来なかった。

 それから酒場を出てミュンと歩いていると、何かが倒れこむような物音が聞こえた。かと思うと、路地裏の陰から這い蹲るように女の子が現れた。

 しな垂れた尻尾と三角の耳が生えている。獣人の少女だ。

「……た、助けて」
「どうした!」

 慌てて駆け寄った俺とミュンに、獣人の少女は力無げに腕を伸ばしてくる。

「いったいどうしたんだ」
「バーゼン様が……バーゼン様、が……私たちに……」
「バーゼン? バーゼンがどうしたんだよ?!」

 ふと、抱え上げた彼女の顔を見ると、頬のあたりがやや赤く、擦れたように変色していることに気付いた。

「これ……」
「私たち、必死に抵抗したんです……なのに……バーゼン様は、無理やり……」
「なんだって?!」

 まさか、バーゼンは獣人たちに乱暴を働いているとでもいうのか。
 フミーネルで酷使されている彼女たちを助け、保護までしたあのバーゼンが。

 あの時、わざわざ俺のところまで依頼に来た彼女の様子は、本気で獣人の少女たちを気に病んでいる様子だった。

 嘘だと思いたいが、憔悴しきった目の前の少女を見るに、でたらめを言っているわけではなさそうだ。

「どうしてバーゼン様がそんなことを」とミュンも怪訝に顔をしかめていた。
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