私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか

れもんぴーる

文字の大きさ
3 / 33

両親はわかってくれない

しおりを挟む
 翌日エミリアが貴族学院から帰宅しようと馬車止めに向かったとき、その前に婚約者のヨハンが立っていた。
 内心ため息をついたが、仕方がなく挨拶をした。
「お会いできてよかった!昨日は失礼いたしました。今日は昨日の顔合わせのお詫びにお誘いに参りました。」
 まるでとびっきり良い提案をしたかのようにキラキラした表情だ。
(この人は馬鹿なのかな?)
 心でそっと思った。
 何の約束も先ぶれもなく貴族子女を学校の帰り道に誘うなど、心を通わせている相手ならともかく応じるわけがない。
「ありがとうございます。しかし寄り道は禁じられておりますし、突然言われても困りますわ。それでは失礼いたします。」
「で、では!これからお邪魔させていただけませんか?」
「・・・。」
 エミリアの冷ややかな表情にヨハンは悪手だと悟ったようですぐに撤回をした。
「いえ、すいません。勝手なことを言って申し訳ありません。ですが・・・最近エミリア様との距離が離れてしまったようで心配で・・・」
「・・・わたくしのせいでしょうか?次回の顔合わせも期待しておりません。ですから中止にいたしましょう。」
「そんな!私は楽しみにしております!」
「いつもいつも前日に約束を反故にされては、こちらの予定が狂ってしまうのです。初めから日が空いていれば有意義に過ごせますのに。申し訳ありませんが、顔合わせ日の約束は私の負担と迷惑にしかなっておりません。」
「・・・申し訳ありません・・・。でも私はエミリア様とこれからも良き関係を続けたいのです。ですから次回こそは!」
「またお手紙を差し上げますわ。遅くなりますので失礼いたします。」
 エミリアはさっさと馬車に乗り込んだ。
 残されたヨハンはうなだれて、馬車を見送るだけだった。

 そしてそのようなことが数回。
 寄り道はしたくないと言っても、じゃあ顔を見て少し話すだけでもと待ち伏せされる。ちょっと怖いくらいだ。

「ああ、もうなんなの?気持ち悪い!やめて欲しい~。」
 自室だから少々の品のなさは許してほしい。
 ベッドにどおっと倒れ込む。
 一体何なのだろうか。婚約者との約束を反故にしてまで他の女性との逢瀬を優先する癖に、なぜまとわりつくの?本当、怖くなってくる。
「さっさと婚約解消の手紙をお父様に書いていただきたいわ。」
 しかし、きっとまた様子を見ようと言い出すのだろう。

 昔の父は、エミリアが仕事に興味を示すと色々と教えてくれて、将来は一緒に子爵家と事業を支えようと笑いあっていたのに、どんどん業績が上がり大きくなるにつれて仕事をするよりも仕事にメリットのある政略結婚するよう勧めてくるようになった。
 エミリアも貴族子女の務めとそれを受け入れたのだが、こんなことになっている今、力になって欲しかった・・・幾度も相談を持ちかけ、訴えても聞く耳を持ってもらえなかった。

 もし、今度また相手にされなければエミリアには考えがあった。家に悪評が立っても、自分の名に傷がついてもいい。
 大切なのは今の自分の心の平安。
 とにかく不誠実でこちらに不信感(プラス恐怖)しか抱かせない婚約者と縁を切りたい。毎回毎回、小さい棘ながら自分の心を傷つけ、それが重なり思ったよりも自分にダメージを与えていた。
自尊心を傷つけられ、自信がなくなり不安が強くなる日々から解放されたかった。
 
 父親に相談したが案の定、また様子を見なさいと諭された。
「そんなに、ヨハン様を気に入ってらっしゃるのなら養子にでもお迎えしてください。」
「そういうことを言っているのではない。お前のように何でも感情的に切り捨てず、物事の本質を見ろと言っているんだ。実際彼らがどんな関係なのかわからないのだろう?」
「でも、一度や二度ではないのです。わざわざ他の令嬢と出かけるために約束を反故するということはそちらが大事なのでしょう?それなら別に婚約継続する必要はないではありませんか。」
「まだ二人とも若いのだ、そういうこともあるだろう。これくらいの事が許せないならば結婚したらもっと苦労するぞ。」
「お父様・・・それは結婚しても不貞を許せと言うことですか?」
「そんなことは言っていない。不貞ではないと言っている。」
 父とは話が通じない気がする。母は父の言いなりだ。
「では、わたくしも婚約者がいる身で他の殿方と出歩き、親しくしても問題はないのですね。そのために急に約束を反故にしてよいのですね。」
「いい加減にしなさい!」
 パシッと頬に痛みが走った。
 思わず手を挙げた本人が驚いたようにエミリアに詫びた。
「す、すまん。お前が聞き分けがないから・・・」
「・・・。お父様の気持ちはわかりました。我が家に迷惑をかけないようにと・・・婚約解消をお願いしましたが結構です。失礼します。」
「待ちなさい!」
 世間体やバランド家との関係ばかり目を向けている父には、娘の心など気にすることもないのだろう。
 父にも選ばれなかった気がして悲しくなったが、初めからわかってもいた。だから、涙が溢れないように唇を噛みしめながら当初の予定通り荷物をまとめ始めた。

「ワクワクするわね~。」
 今日から住む部屋をぐるっと見渡す。
 シンプルな部屋だが、そこそこ広いし、何より明るくて奇麗。
 エミリアは学園の寮に来ていた。

 寮に入れないかと色々画策した。
 学園長と寮長にこの頃、誰かにつけられているようで怖いと相談した。学校の行き帰りが怖いので寮に入れないかというもの。身を守るために、安全に学園に通うために学園と同じ敷地で外部の者が無断で入ることが出来ない寮で過ごしたいと訴えた。 
 事情は納得してもらえたが、やはり入寮には両親の承諾は必要だと言われる。
 だから荷物をまとめてから承諾書を頼んだ。
 父は先日頬を叩いたことを謝ったが、そのことをエミリアはもう怒ってはいなかった。ただ、たんたんと取引材料として扱う。
 承諾書を書いてくれたら学校の寮に行く、書いてくれなければ家では父に暴力を振るわれるので助けて欲しいと逃げ込むと脅した。

 もう家族として、父として何も求めることも頼ることもないと心に強く決めたのだ。両親には何も期待しない。両親もエミリアには愛情ではなく、家のための有益な駒にしか思っていないのだから。
 言葉にしなくとも、なんとなく伝わったのだろう。両親とも複雑な表情を浮かべ、両親は承諾書を書いた。

 これで、わずらわしさから解放される。
 この期に及んでも父が納得しないせいで婚約解消には至らなかったが、今後の顔合わせはすべて遠慮すると手紙にしたため出してある。今後は手紙が来ても、うっかり水にぬらしたり無くしたり、ゴミに紛れ込んだりで読むこともないだろう。
 すがすがしい気分で明日からの学園生活を送れる。そして卒業すると同時に国を出ることに決めた。そのためにあと4ヶ月間、準備をしなければいけない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

『親友』との時間を優先する婚約者に別れを告げたら

黒木メイ
恋愛
筆頭聖女の私にはルカという婚約者がいる。教会に入る際、ルカとは聖女の契りを交わした。会えない間、互いの不貞を疑う必要がないようにと。 最初は順調だった。燃えるような恋ではなかったけれど、少しずつ心の距離を縮めていけたように思う。 けれど、ルカは高等部に上がり、変わってしまった。その背景には二人の男女がいた。マルコとジュリア。ルカにとって初めてできた『親友』だ。身分も性別も超えた仲。『親友』が教えてくれる全てのものがルカには新鮮に映った。広がる世界。まるで生まれ変わった気分だった。けれど、同時に終わりがあることも理解していた。だからこそ、ルカは学生の間だけでも『親友』との時間を優先したいとステファニアに願い出た。馬鹿正直に。 そんなルカの願いに対して私はダメだとは言えなかった。ルカの気持ちもわかるような気がしたし、自分が心の狭い人間だとは思いたくなかったから。一ヶ月に一度あった逢瀬は数ヶ月に一度に減り、半年に一度になり、とうとう一年に一度まで減った。ようやく会えたとしてもルカの話題は『親友』のことばかり。さすがに堪えた。ルカにとって自分がどういう存在なのか痛いくらいにわかったから。 極めつけはルカと親友カップルの歪な三角関係についての噂。信じたくはないが、間違っているとも思えなかった。もう、半ば受け入れていた。ルカの心はもう自分にはないと。 それでも婚約解消に至らなかったのは、聖女の契りが継続していたから。 辛うじて繋がっていた絆。その絆は聖女の任期終了まで後数ヶ月というところで切れた。婚約はルカの有責で破棄。もう関わることはないだろう。そう思っていたのに、何故かルカは今更になって執着してくる。いったいどういうつもりなの? 戸惑いつつも情を捨てきれないステファニア。プライドは捨てて追い縋ろうとするルカ。さて、二人の未来はどうなる? ※曖昧設定。 ※別サイトにも掲載。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

処理中です...