氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら

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第45話 リリアーナの暴走

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アリアとレオルドが、互いの絆を深め、辺境の地で穏やかな日々を取り戻しつつあった頃、王都では聖女リリアーナの歪んだ嫉妬が、ついに危険な領域へと踏み込もうとしていた。

エリオット王太子の心が、完全にアリアに向いてしまったこと。そして、そのアリアが、辺境でレオルド公爵の寵愛を受け、領民からも聖女のように慕われているという事実。それらは、リリアーナのプライドをズタズタにし、彼女を狂気の淵へと追いやっていた。

(許せない……! あの女さえいなければ……! エリオット様も、民衆も、みんなわたくしのものだったのに!)

悪徳神官と密かに準備を進めていた、アリアを衰弱させる呪い。しかし、リリアーナは、それだけでは飽き足らなくなっていた。もっと直接的に、もっと確実に、アリアを排除したい。そのどす黒い衝動が、彼女の心を支配していた。

「……もっと強い呪いを……。あの女を、今度こそ……!」

リリアーナは、悪徳神官にさらなる協力を強要した。神官は、聖女の狂気に恐れをなしながらも、彼女の権力と富に逆らうことができず、禁忌とされている、より強力で直接的な呪いの儀式に手を貸すことになった。

その呪いは、遠く離れた辺境のアリアに、直接的な害を及ぼすことを目的としていた。悪意に満ちたエネルギーが、王都の片隅で練り上げられ、標的であるアリアへと放たれたのだ。

辺境のヴァイスハルト城にいるアリアは、その頃、原因不明の体調不良に悩まされ始めていた。

最初は、軽い倦怠感や頭痛だった。王都への旅や、両親との対峙による疲れだろうと、アリアはあまり気にしていなかった。しかし、症状は徐々に悪化していった。夜、悪夢にうなされるようになり、昼間も集中力が続かず、些細なことで気分が落ち込むようになった。

大好きだった本のページをめくる気力も湧かず、薬草園の手入れをしていても、すぐに疲れてしまう。顔色も悪くなり、侍女たちも心配そうな視線を向けるようになった。

「アリア様、お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「少し、疲れが出たのかもしれませんね。ありがとう、心配いりませんわ」

アリアは、笑顔で答えながらも、自分の身体に起きている異変に、言いようのない不安を感じていた。

レオルドも、アリアの様子の変化にすぐに気づいた。彼は医者を呼び、アリアを診察させたが、特に異常は見つからなかった。だが、明らかにアリアは衰弱していっている。その原因が分からないことが、レオルドを苛立たせた。

(まさか……呪いか……?)

彼は、アリアが持つ浄化の力が、負のエネルギーを引き寄せやすいのではないか、と考えた。あるいは、王都の誰か――エリオットか、それともリリアーナか――が、アリアに対して何かを仕掛けてきているのではないか、と。

レオルドは、アリアの護衛をさらに強化し、彼女の身辺に不審なものがないか、徹底的に調査させた。そして、自身も可能な限りアリアのそばにいるように努めた。

そんなある夜のことだった。アリアは自室で、悪夢にうなされていた。暗く冷たい闇の中で、得体のしれない何かに追われ、必死に逃げ惑う夢。息が切れ、足がもつれ、もうだめだと思った瞬間、目の前に憎悪に満ちたリリアーナの顔が現れた。

『あなたさえいなければ……! 消えてしまいなさい!』

リリアーナが叫びながら手を伸ばしてくる。その手から、黒い靄のようなものが放たれ、アリアの身体を締め付けようとした。

「いやあっ!」

アリアは悲鳴を上げて飛び起きた。全身に冷や汗をかき、心臓が激しく波打っている。夢だと分かっていても、あの恐怖と憎悪は生々しく、アリアの心を蝕んだ。

(今の……まさか……)

ただの悪夢ではない、何か邪悪な意思を感じた。リリアーナが、自分に何かをしようとしている……?

その時、部屋の隅に置いてあった、王都から取り寄せられた装飾箱(レオルドからの贈り物ではなかった)が、不意にカタカタと音を立て始めた。そして、箱の中から、じわりと黒い靄が漏れ出し始めたのだ。それは、夢の中で見た、リリアーナが放ったものと同じ、邪悪な気配を纏っていた。

(呪い……!? こんなところに……!)

アリアは、咄嗟に浄化の力を放とうとした。しかし、衰弱した身体では、思うように力が集中できない。黒い靄は、まるで生き物のように蠢きながら、アリアへと迫ってくる。

「くっ……!」

アリアは、必死に後ずさるが、靄は執拗に追いかけてくる。恐怖で身体が竦み、声も出せない。

もうだめだ、と思った瞬間。

バンッ!!

部屋の扉が、蹴破るような勢いで開かれた。そこに立っていたのは、険しい表情をしたレオルドだった。彼は、アリアの部屋から放たれる邪悪な気配を察知し、駆けつけてきたのだ。

「アリアッ!」

レオルドは、部屋の中の異様な光景と、アリアに迫る黒い靄を認めると、瞬時に状況を理解した。彼は、アリアの名を叫びながら、躊躇なく彼女の前へと飛び出した。

黒い靄は、突如現れたレオルドを新たな標的と認識したかのように、その方向を変え、彼へと襲いかかった。

「レオルド様っ! 危ない!!」

アリアが叫ぶ。

レオルドは、アリアを背後にかばいながら、自身の魔力を解放した。氷のような冷気を纏った青いオーラが、彼の全身から立ち上る。

「――チリと消えろ、不浄なるものめ」

彼の低い声と共に、絶対零度の冷気が黒い靄へと叩きつけられた。ジュッという音と共に、靄の一部が凍りつき、砕け散る。しかし、呪いの力は強力で、靄はすぐさま再生し、再びレオルドへと襲いかかってきた。

レオルドは、冷静に防御障壁を展開し、靄の攻撃を防ぐ。しかし、呪いの穢れは、彼の持つ呪いを刺激し、身体に激痛が走った。

「ぐっ……!」

思わず膝をつきそうになるレオルド。その隙を突き、黒い靄の一部が防御をすり抜け、アリアへと向かった!

「アリアッ!」

レオルドは、最後の力を振り絞るように、アリアを強く突き飛ばした。アリアの身体は、部屋の隅へと転がる。

そして、黒い靄は――レオルドの身体を、直撃した。

「レオルド様っ!!」

アリアの絶叫が、夜の城に響き渡った。レオルドの身体は、黒い靄に包まれ、その場に崩れ落ちていく。

リリアーナの暴走した嫉妬と憎悪は、ついに最悪の形で、アリアとレオルドを襲ったのだった。
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