氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら

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第46話 愛の誓い

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「レオルド様っ!!」

アリアの絶叫が、静かな夜の城に響き渡った。目の前で、自分をかばって黒い呪いの靄に直撃され、崩れ落ちていくレオルドの姿。アリアの思考は一瞬、完全に停止した。

(嘘……! そんな……!)

しかし、すぐに我に返ったアリアは、恐怖を振り払い、レオルドの元へと駆け寄った。

「レオルド様! しっかりしてください! レオルド様!」

彼の身体に触れると、ぞっとするような冷たさと、禍々しい穢れの気配が伝わってきた。リリアーナが放ったであろう呪いは、レオルド自身の体内に巣食う古い呪いと共鳴し、彼の生命力を急速に蝕んでいるようだった。彼の顔は青白く、呼吸も浅く、意識がない。

(死なせない……! 絶対に!)

アリアの胸に、激しい怒りと、そしてレオルドへの強い想いが燃え上がった。この人を失うわけにはいかない。彼を守りたい。その一心で、アリアは自分の持つ『浄化の力』を、力の限り解放した。

「お願い……! 消えて……! 彼から離れてっ!」

アリアの両手から、これまで見たこともないほど眩い、黄金色の光が溢れ出す。それは、レオルドへの深い愛情と、彼を守りたいという強い意志によって増幅された、魂の光だった。

光は、レオルドの身体を包み込む黒い靄へと叩きつけられた。激しい抵抗を示すかのように、靄は蠢き、捻じれ、アリアの光を押し返そうとする。二つの相反するエネルギーがぶつかり合い、部屋の中には凄まじい圧力が満ちていた。

アリアは、歯を食いしばり、必死に力を送り続けた。自分の体力が急速に奪われ、意識が遠のきそうになるのを感じながらも、決して諦めなかった。

(あなたを、失いたくない……!)

その想いが、彼女の力の源だった。

騒ぎを聞きつけ、ジルや侍従長、そして薬師や他の騎士たちも部屋へと駆け込んできた。彼らは、部屋の中の異様な光景と、アリアが一人で呪いと戦っている姿を見て息を呑んだ。

「アリア様! 公爵閣下!」

ジルが叫び、レオルドの元へ駆け寄ろうとするが、浄化の光と呪いの靄がぶつかり合うエネルギーの奔流に、容易には近づけない。

「ジル殿! アリア様を助勢するのだ! 我々も祈りを!」

侍従長が叫び、薬師は回復薬の準備を始めた。騎士たちは剣を抜き、万が一に備えて周囲を警戒する。誰もが、アリアとレオルドのために、自分のできることをしようとしていた。

アリアは、孤独ではなかった。彼女の戦いを、皆が見守り、支えようとしていた。その事実に気づき、アリアの心に新たな力が湧き上がる。

(みんながいる……! そして、レオルド様がいる……!)

アリアは、最後の力を振り絞り、黄金色の光をさらに強く輝かせた。その光は、ついに黒い靄を圧倒し始めた。靄は苦しむように形を歪め、そして、まるで浄化の光に溶けるように、少しずつ、しかし確実に消滅していった。

やがて、部屋の中を満たしていた邪悪な気配は完全に消え去り、残ったのは、アリアの放つ穏やかで温かい黄金色の光だけだった。

「……はぁ……はぁ……」

アリアは、力の全てを使い果たし、その場に崩れ落ちそうになった。ジルが慌てて駆け寄り、彼女の身体を支える。

「アリア様! 大丈夫ですか!」
「……はい……。レオルド様は……?」

アリアは、掠れた声で尋ねた。視線の先では、レオルドが静かに横たわっている。彼の顔色はまだ悪いが、先ほどまでの死相は消え、呼吸も少しずつ安定してきているようだった。黒い穢れの気配も感じられない。

薬師がすぐに駆け寄り、脈を取り、回復薬を飲ませる。

「……峠は越えたようです。あとは、ご本人の体力次第ですが……」

薬師の言葉に、その場にいた誰もが安堵の息をついた。アリアも、ジルに支えられながら、ほっと胸を撫で下ろした。

その後、アリアはジルや侍女たちの助けを借りて、レオルドのそばで懸命に看病を続けた。自分の力で彼の体力を回復させようと、時折、浄化の力を送りながら、片時も離れずに寄り添った。

数時間が経ち、夜が白み始めた頃、レオルドがゆっくりと目を開けた。その青い瞳が、すぐそばにいるアリアの姿を捉える。

「……アリア……?」

彼の声は弱々しかったが、確かに意識は戻っていた。

「レオルド様! よかった……! 本当に……!」

アリアの瞳から、安堵の涙が溢れ出した。彼が生きていてくれた。それだけで、胸がいっぱいだった。

レオルドは、アリアの涙を見て、ゆっくりと手を伸ばし、その頬にそっと触れた。

「……また、君に……助けられたな……。すまない……」
「いいえ……! 私の方こそ……! 私のせいで、貴方を危険な目に……」

アリアは、自分を責めた。あの呪いは、明らかに自分を狙ったものだったのだ。それを、彼がかばってくれた。

「君のせいではない」

レオルドは、弱々しくもきっぱりと言った。「君を守るのは、私の……役目だ」

彼は、アリアの頬を撫でる手に、少しだけ力を込めた。

「……怖かったか?」
「……はい。貴方を失うかと思って……本当に、怖かったです……」

アリアは、正直な気持ちを打ち明けた。彼のいない世界など、もう考えられなかった。

「……私もだ」

レオルドは、静かに言った。「君を失うことほど、恐ろしいものはない」

その言葉は、彼の偽らざる本心だった。アリアをかばった瞬間、彼は死をも覚悟した。だが、それ以上に、アリアを失うことへの恐怖が、彼を突き動かしたのだ。

二人は、しばらくの間、互いを見つめ合った。言葉は少なくとも、その視線には、深い愛情と、相手を失うことへの恐怖を乗り越えた、強い絆が宿っていた。

「アリア……」
「レオルド様……」

どちらからともなく、互いの名前を呼び合う。

「君を守る。何があっても」
「私も……あなたを支えたいです。ずっと、おそばで……」

それは、改めて交わされる、愛の誓いだった。この危機を乗り越え、二人の気持ちは完全に通じ合い、揺るぎないものとなったのだ。もう、迷いも、疑いもない。ただ、互いを信じ、愛し、共に未来を歩んでいく。その決意だけが、そこにはあった。

夜明けの光が、窓から静かに差し込み、寄り添う二人を優しく照らし出していた。新たな試練は乗り越えられた。しかし、この事件の黒幕を、決して許しておくわけにはいかない。二人の戦いは、まだ終わってはいなかった。
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