万人の災厄を愛して

三石成

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第三章 望まぬ来訪者

二 薬問屋

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 開け放った窓から、表通りを歩く人々の声を乗せて、生ぬるい風が抜けていく。藤は興味深げに、小さいながらも整えられた部屋の様子を眺めていた。

 ここは、村唯一である薬問屋に繋がる表長屋の、二階の一室。

 藤が優と再会してから二日後。約束通りに松柏ホへ買い出しに来た藤は、村の入り口で待っていた優に案内されて、この部屋に通された。

 優は二日の間に、住み込みでの働き口を手に入れていた。仕事内容は、今いる薬問屋での帳簿付けだ。

 ここへ向かう道中にそのことを報告され、藤は優の能力の高さを感じ入った。

 この世での識字率は八割ほどに留まり、読み書きそろばんができる者は重宝される。優は、白虎で教育を受けていた。ゆえに得られた働き先ではあるが、それにしてもこの生活基盤を整える早さは、彼の抜け目のなさの証左だ。

「藤さん、お待たせしました」

 厨のある一階に降りていた優が、湯呑を二つ持って部屋へと入ってくる。差し出された湯呑を受け取り、口をつけた。

 夏だというのにやたらと熱く出された茶を飲み、藤はほっと息を漏らす。

 浄は自分で茶を淹れたりはしないので、藤が人から淹れてもらった茶を味わうのは久しぶりだ。 

 藤はとにかく熱い茶が好きだ。自身の好みを把握してもらっているのを感じ、藤は優と暮らした月日の長さに思いを馳せる。

「そう長居できないので、茶などいらないと思ったが……良いものだな」

「今日は何か用事があるんですか?」

「いや、特になにがあるわけではないのだが。長く一人にしておくと、浄が拗ねる」

 藤の返事に、優は小さく笑った。

「突然現れた僕のこと、浄さんにはどう話したんですか」

「白虎で隣に住んでいた子がわたしを探して訪ねてきたのだと、そのまま説明した。納得していたよ。浄は元々、あまり細かいことにはこだわらない性質でね」

 「それは良かった」と頷いて、優は着物の裾を捌き、藤の前に座った。彼が落ち着くのを見計らって、藤が問いかける。

「白虎の様子はどうだ。先日号から、白虎と六堂が同盟を結んだと聞いた。にわかには信じ難いが」

「事実です。白虎から六堂に同盟を持ちかけました。その理由は、朝廷が、各地の武力組織の討伐計画を進めている、という情報を掴んだからでした」

 藤は無言で頷いて先を促す。優は少しだけ背筋を伸ばして、言葉を続けた。

「同盟が結ばれたのは一年程前ですが、実際に戦があったのは、先月のことです」

「朝廷との戦か?」

「はい、場所は白虎リに近い三菜平原みなへいげん。禁軍一〇万に対し、白虎八万、六堂三万の連合軍という大戦でした」

 禁軍というのは帝直属の、朝廷が保有する軍のことだ。数も多いが、兵士の練度が高く、装備も揃っている、この世で最大の軍事力である。

「三菜平原が合戦地となったということは、朝廷の狙いは白虎の町だったのか。それでよく六堂が戦に参加したな」

 位置関係を頭に思い浮かべ、藤は独り言のように問う。

 朝廷のある都から、三菜平原を抜けてまっすぐに行けば、白亜城のある白虎の町がある。朝廷が、まずは白虎陥落を目指していたことは間違いない。

 そして、いくら同盟を結んだとはいえ、六堂としてはそれを阻止する義理もない。

「寿様が、どう六堂と同盟を取り付けたのかはわかりませんが。白虎が落ちたら、朝廷が次に六堂を狙うのは間違いなかったからでしょう」

 優の補足説明に納得し、藤は茶を啜る。

「それで、戦の勝敗は?」

「未刻半過ぎに禁軍が撤退し、あまり大きな犠牲も出すことなく、連合軍の勝利で決しました。しかし、実は戦に参加していなかった禁軍の別働隊が白虎の町にまで迫りまして、白虎の町の中で戦いになりました」

「町は大丈夫だったのか」

 藤の問いかけに、優は渋い表情を浮かべる。

「僕を含め、町に残っていた者も多く、禁軍別働隊が三〇〇人余りと小規模だったのもあって、返り討ちにはしました。しかし、町に火をつけられ、主に建物の損害が大きかったですね。僕たちが住んでいた長屋も焼けてしまいました」

 話を聞き、藤もまた軽く眉を寄せた。藤は元々六堂出身で、白虎には今や何の義理もない。とはいえ、一〇年暮らしていた町が戦火にあったと聞けば、心も痛む。

「復興は進んでいますが、白虎の町は未だ少しばかり混乱しています。僕もその混乱に乗じる形で町を出てきてしまいました」

「朝廷や六堂の動きはどうだ」

「朝廷からはまだ次の動きは感じられません。六堂は……不穏です」

 「不穏?」と問い返すと、優は真剣なまなざしで藤を見つめたまま頷く。

「同盟を結んでからというもの、一部の六堂の組員も、白虎の町に滞在していたのです。しかし先週になって、彼らの約半数が、六堂に帰っていきました。もちろん、白虎の町が混乱しているからというのもあるのでしょうが、その中に号さんも居たので、僕は少し気になって」

「気になる理由を説明できるか」

「いなくなる直前まで、六堂の方たちも町の復興に、精力的に参加してくださっていたのです。だからこそ去り方が唐突で、忽然といなくなってしまったような印象だからでしょうか……未だ残っている六堂の方たちも、彼らが戻ったことを大事にしていないというか、隠すような様子があって」

 そこまで聞いて、藤は顎に手をあてながら、ふむと息を漏らした。優は話を続ける。

「僕はその後、すぐに白虎の町を出てここに来てしまったので、後のことはわかりません」

 どこか申し訳なさそうに言う様子に、藤は首を振った。

「いや、十分だ。世間からは隔絶した生活をしているんだが、号が来てから、白虎と六堂がどうなっているか、気になっていたからな。ただの興味本位だ」

 湯呑に残っていた最後の一口を飲み干し、藤は空になったそれを置くと立ち上がる。

「ごちそうさま。そろそろ行かねば」

 見送るように優も立ち上がるのを、軽く手を上げて押し留め、藤は廊下に出ようと、部屋の襖を開いた。

 その背中に、「藤さん」と優がためらいながら声をかける。

「僕は、藤さんがしようとしていることは理解しているつもりです。しかし、浄さんと体を重ねるのは、必要なことなのでしょうか」

 優なりに思案した結果、直接的になった問いかけに、藤は困ったように眉を下げた。

 ゆっくりと振り返り、優の顔を見る。その表情に嫌悪感がないのを感じとって、少しだけ安堵する。

 言葉を選びながら、藤は口を開いた。

「浄が男色家だと悟ったとき、わたしは喜んだ。浄に対して主導権をとるのに、自分の体が『使える』と感じたからだ。しかも、女がする色仕掛けより、数段強力な切り札だとわかっていた」

「どうしてですか」

「優には良くわからないかもしれないが、性欲というのは多くの人間にとって、非常に大きなものだ。女好きなら娼館に行けば良い。金さえ払えば、好きだけ女を抱ける。しかし、男色家が欲求を満たせる場所は、この世のどこにも存在しない。本当なら抑え込んで、一生見ないふりをしなければならない欲だ。その渇望を、わたしは満たしてやれる」

 優は僅かに頬を赤く染めて、うつむいた。

「浄は殺すことも、力で閉じ込めておくこともできない。ならば、浄自身が望んで、わたしの言うことを聞くようにする他ない……浄が男色家で良かったと、心から思う」

 黙り込んでしまった優の様子を見て、藤は浅い笑みを浮かべる。

「わたし自身とんでもないことをしていることは承知の上だ。だがやめるつもりもないし、理解してもらおうとも思っていない。気色が悪ければ近寄らなければ良いし、そもそも優は白虎に戻るべきだと、わたしは思う」

 穏やかな微笑みのまま、はっきりと告げた言葉に、優は弾かれたように顔を上げた。

「僕が藤さんをそんなふうに思うはずがありません。白虎には戻りません」

 勢い込んで言う優を、藤は鷹揚な頷きで受け止める。胸の奥に、くすぐるような嬉しさがあることは、自覚してしまった。

「わかった。では……次にわたしが村に来るのは五日後になる」

「また、お待ちしていますね」

 優に見送られ、藤は長屋を後にした。
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