万人の災厄を愛して

三石成

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第四章 日常の瓦解

二 諦念

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「やあ、こんにちは」

 役人は上機嫌な様子で、挨拶の言葉を優へ向ける。優は鞘に収めたままの刀を、体の後ろに隠すようにして握りしめていた。

「朝廷のお役人様が、このような場所に、いったい何のご用ですか」

「この家に藤という男がいるはずだ。我々は、彼を都までお連れするためにここへ来た」

 役人はいとも簡単に彼らの用事を述べた。だがその内容は、到底受け入れられるものではない。優は表情を変化させてしまいそうになるのを必死に堪えて、平静を装った。

 役人の後に続いて、六人の男がぞろぞろと家の中へと入ってくる。彼らもさかやきをつくってはいるが、上下に立派な紫の鎧を身にまとっていた。腰には、藤や浄が使うものよりも少し長い太刀を佩いている。白虎、六堂、松柏の組員は、たとえ合戦に出る時であっても、高価な鎧は身に着けられない。ゆえに鎧を着込んだ装いもまた、彼らが朝廷の武士であると一目で分かるものだった。

 総勢七名の迎え。彼らが藤の力をいかに危険視しているかが伝わってくる。

「確かにここは藤さんの家ですが、彼は今、ここにはおりません。藤さんは先日ひどい手傷を負いまして、松柏ホで療養中です。人里離れたこのような場所では、満足な治療もできませんからね。僕はその留守を預かっている身、どうかお引取りを」

 彼らの様子を注意深く観察しながら、優は顔色一つ変えず、すらすらと嘘を述べる。

「ほう、それはおおごとだ。して、彼は今、鳴海村のどこに?」

 役人は、松柏ホの昔ながらの地名に言い換えて聞き返す。

「松柏組の詰め所にいらっしゃいます」

 優の言葉に、役人はすっと目を細めた。優が嘘の場所として松柏組の詰め所を上げたのは、役人がこの言葉を信じて、そちらへ向かった場合を考えてのことだった。

 まとまった武力を持つ彼らであれば、朝廷の者が押しかけても、大した被害を出さずに済むだろうと踏んだのである。だが逆に言えば、その意図は透けやすかった。

「年端も行かぬ若造が、粋がるなよ」

 先程まで愛想の良い笑顔を浮かべていた役人の表情が、怒気を孕んだものへと変化する。

 役人は控えていた武士たちへ振り向くと、軽く顎をくいと動かした。奥を調べるようにという合図だ。武士たちが行動を開始しようとする。

「お待ちください」

 優は慌てて、男たちの行く手を塞ぐ。

「僕はここの留守を預かっているとご説明したはずです。勝手に家の中へ上がり込まれてては困ります。どうか松柏ホにいらっしゃる藤さんに、許可を得てから……」

「邪魔だ。どけ、小童が」

 先頭に立っていた武士が、無造作に優の体を押しのけようとする。優は背後で握っていた刀を抜き放ち、その武士の首元へと突きつけた。

「お引取りを」

 刀を抜いてしまえば、先程まで優の体を支配していた緊張感が弾けた。興奮に息が荒くなり、目が据わって気迫が増す。その姿には、数年前までの小さかった優の面影はどこにもない。

 だが、そんな優の脅しにたじろぐような武士たちでもなかった。彼らは次々に太刀を抜き放ち、構える。

「やはり藤はここにいるな。こいつを殺して探せ」

 武士たちの後ろに隠れた役人が指示を飛ばす。命令を受けて、武士たちが動き出した。

 一人が横から回り込み、優へと太刀を振りかぶる。優は咄嗟にしゃがみ込んで刃を避けるが、それはすなわち、首元に刀を突きつけ、動きを封じていた先頭の男を解放してしまうことになる。

 先頭に立っていた男が太刀を突くように繰り出してくるのを刀で逸す。反対側からも、今度は低く薙ぐ太刀筋。優はそれを飛び退いて躱し、あとずさりながら、土間から上がってすぐの柱に近づいた。

「うおおお!」

 最も長身の武士が雄叫びを上げながら前へと躍り出て、優めがけて、太刀を横へ薙ぐ。まともに受ければ胴体が分断されてしまうような勢い。また、力まかせのその動きは速く、とても間合いから逃げ切れるものではない。

 しかし、優は柱から僅かに体をずらすことで刃を避けた。代わりに、刃の腹が頑丈な柱に深々と食い込む。

 太刀のような長い刃物は本来、室内での戦いに向いている得物ではない。武器を柱にとられ身動きがとれなくなった武士めがけ、今度は優が刀を振り抜いた。

 鎧の隙間を縫うように、武士の脇腹を斬りつける。熟練度が足りない優の斬撃は、一撃で対象の命を奪うことができない。しかしその一撃は、確かに一人の武士を戦闘不能にした。鮮血が吹き出し、長身の武士が悶絶の叫びを発する。

「貴様、こちらが手加減しておれば!」

 仲間一人を斬りつけられたことで、残った五人が激昂する。

 先程、先頭に立っていた武士が再度太刀を振り下ろす。優はその重い太刀を刀で受け止めた。鍔迫り合いに発展するが、やおら横から伸びてきた太い腕が、優の刀を握る手首を掴んだ。

「あっ……」

 並々ならぬ怪力で手首を引き上げられ、優はそのまま宙にぶら下げられる形になる。正面で鍔迫り合いをしていた男が、優の肩から腕を斬りつけた。

「ああああっ」

 歯を食いしばってもなお、走った激痛に悲鳴が上がり、優は刀を取り落としてしまう。

 無防備になった優の腹をめがけ、武士がもう一度太刀を振りかぶる。優は己の命運を悟り、ぎゅっと目を閉じた。

 その瞬間。

「やめろ!」

 悲痛な叫び声。

 奥の部屋から這いずり出てきた藤が、柱にすがるようにしながら立っていた。

「藤さん、駄目ですっ」

「やめろ。その子を、傷つけるな……貴様らの目的は、わたしなのだろう」

 優の言葉を遮るように藤は声を発し、武士たちを睨み据える。だが、藤の不調は誰の目にも明らかだった。肩で息を繰り返し、柱に凭れかかって立っているだけでも精一杯だ。

 武士たちは役人が頷くのを見て、その場に優を放り出した。

「やはりここにいたのだな、藤。しかし、どうやら手負いというのは本当のことのようだ。これは余計な手間がかからずに済む」

 役人は藤を一瞥すると、口元を手で隠して抑えきれぬ笑みを浮かべた。彼は一度、藤の実力を正面から体感している。ゆえに、藤に抵抗されることを織り込み済みで、腕の立つ武士を六人も従えてきたのである。

 優が命の危機を脱したのを目にし、藤もまたその場にずりずりとしゃがみ込んだ。無理に体を起き上がらせたせいで、またどこかの傷が開いたような感覚がしていた。

「我らと共に来てもらおう」

 役人の言葉を受け、武士の一人が太刀を納めて座敷に上がり込むと、藤の側へと近づいてくる。

 瞬間。

「藤さんに触るな!」

 優が必死に叫び、再度取り落した刀を手に立ち上がろうとした。だが、その後ろに仁王立ちになっていた武士に刀の柄で力いっぱい殴られ、そのまま昏倒する。武士はさらに倒れ伏した優の背を貫こうと刀を構えるが。

「その子を傷つけるなと、言っただろう」

 小さな、しかし、渾身の気迫が籠もった藤の言葉に、武士はたじろいだ。

「良い、そいつは捨て置け」

 役人が指示を出し、藤の側に来ていた武士が、藤の体を俵抱きに抱えあげる。自然と腹部が圧迫され、呻き声が漏れた。

 藤は一切の抵抗をしなかった。己の今の状態で、この人数の武士を皆殺しにできるとは、到底思えなかったからだ。仮に、ここに自分だけしかいなかったならば、死を覚悟で刀を握っていたかもしれない。だが藤には、優の命を共に賭けることはできなかった。

 藤を担いだ武士がそのまま家を出ようとする。役人の側を通ったその時、藤は手を伸ばして役人の腕を掴んだ。

「待て。優を……あの子を村の医者へ連れて行け。放っていたら死んでしまう」

「我らがそんな要求をのむ必要がどこにある」

 役人はにべもなく答えて、まるで汚らわしいものに触れられたかのように藤の手を振り払おうとする。だが、藤は役人を睨み据えたまま、その袖を握り続けた。

「優をこのまま放置していくと言うのであれば、わたしはこの場で舌を噛み切って死ぬ。お前らも、わたしが都に着く前に死ぬのは困るのだろう」

 藤は優と役人が行っていたやり取りの中で、彼らの目的を正確に把握していた。

 役人は、じっと藤の顔を見返した。自殺してやると言うは易いが、実行するとなると困難なもの。藤が言い放った言葉がただの脅しかどうかを、その顔つきから推し量ろうとする。

「仕方がない。とう

 しばし後に、役人は、ため息を一つ漏らすと、武士の中の一人を呼びつけた。藤の表情から自暴自棄な覚悟を読み取ったのだ。

「はっ、ここに」

 反応したのは長身の、優に脇腹を斬りつけられた手負いの武士だ。

「そこの小僧を村の医者へ連れて行け。ついでにお前も手当をしてもらってこい」

「かしこまりました。ご厚情に感謝します」

 唐と呼ばれた武士が役人へ向かって恭しく頭を下げた。彼は命令に従うために、昏倒している優の体を抱き上げる。丁重という訳ではないが、先程斬りつけられた恨みを晴らすような素振りもない。

 その様子を見て、藤はようやく役人の腕を離した。

 役人は掴まれていた場所の裾を手で払ってから、懐から手紙を取り出した。その手紙は、無造作に土間の上へと放り投げられる。

 戸口から家を出ると、そこには七頭の馬が繋がれていた。役人を含め、全員が己で馬を駆ってここまでやって来たのだ。

 藤はされるがまま、その七頭のうち黒い一頭の馬に乗せられた。藤を運んでいた武士本人も馬に跨り、後ろから藤の体を支える形になる。

 最も華美な鞍が取り付けられた馬には、役人が跨る。彼が手を上げ、出発の指示を出すと、それぞれ準備を整えた全頭が駆け出した。

 藤の体の状態は、今なお悪い。身を起こしているだけでも辛いのだが、それに加えて馬に揺られると、全身が痛む。自然と、後ろの武士に体を預けるような状態になった。

 一行は竹林を抜ける。すると馬が一頭だけ集団から分かれ、別の方向へと走り出す。それは、気を失ったままの優と、手負いの武士を乗せた馬。彼らは命令に従うため、村を目指すのだ。

 藤は、可能な限りその遠ざかる後ろ姿を見送っていた。

 ただただ、己の無力を痛感しながら。
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