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ハラハラ同居編

女神と女帝と愚女の会合

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結局あの夜もキスだけで終わって、絶賛エッチなし生活継続中。
いやいや、恋人同士じゃないならそれが普通なんですけども。

「はい、希帆さんお弁当♡今日は教授の学会のお供があるから、夜ご飯は一緒に食べれないと思う。ごめんね」
「お弁当ありがとう。気にせず、学会頑張って!」
「うん♡22時までには帰ってくるから、寝ないで待っててね。お休みのキスをしないとだからね♡」
「…ん」
「それから、これは行ってらっしゃいのキスね♡」
「んっ…」

あれからキスの前には変な枕詞が付くし、挨拶のキスも少しだけ濃くなった。
けれど、彼はキス以上の事はしてこない。

「行ってらっしゃい♡」
「行って、きます…」

朝から熱烈なキスで送り出されて、危うく歩道橋の階段を踏み外すところだった。

何でこんなに身体が反応してしまうんだろう。
本当、発情期か…。
ここ最近の気持ちと身体の猛りが悶々とした悩みを膨らませる。

…なんで……

「なんでエッチしてくれないんだろう」

口を突いて出た言葉は、大通りを過ぎ去る車の音にかき消されて、私の耳にも届かない。
小さくかぶりを振って、最寄り駅まで無意味に走った。



***************************


彼の手作り弁当を頬張りながら、理保さんにLIMEを送る。
夕飯がてら三富ミトミくんの所で女子会のお誘いをしたのだ。

【もちろん、行くよ~!楽しみ~♡】

直ぐに快諾の返信をくれる女神様にニマニマしながらスタンプを返す。
お礼の言葉を打っていると、本日のもう一人の女子会メンバーからショートメールが入る。

【了解。いつもの時間に】

女神様とは違う堅い文面に苦笑してしまう。
理保さんが女神なら、この人は『女帝』だ。
今日は最近悶々としている悩みを忘れて、女神と女帝と三人で女子会を楽しもうと私から発案した。
事前に頼めば軽い食事も出してくれる三富くんのお店は、時々我々三人の会合の場となるのだ。
とは言え、この三人で集うのは久しぶりなので、お昼ご飯を食べたばかりなのに意識が終業後に向いてしまう。

さ、定時帰宅の為に頑張りますか!
飲み終わったコーヒーの缶をゴミ箱へ捨てながら、やる気を出す為の大きな息を一つ吐き出した。



***************************



頑張ったのに定時で上がれず、約束の時間に20分ほど遅れてお店に到着した。
扉を開けると、チリンチリンと来訪を告げる扉の鈴が鳴った。

「ごめんなさい、遅くなりました!!!」

カウンターに二人の姿を認め、慌てて駆け寄ると『女帝』の喝が飛んだ。

「目上の者を待たせるとは良い度胸じゃないかぁぁぁ!どう落とし前つける気だいぃぃ?」

白地の総絞りの着物に、いきな羽織を肩に掛け、ニヤリと口元だけを歪めて笑うこの人は、永らくクラブのママとしてこの地の夜を統べて来た艶子ツヤコさんだ。
『女帝』とは私が付けた呼称ではない。この街の人から、彼女は『女帝』と呼ばれている。

艶子ツヤコさん!ごめんなさい!!就業間際にお客様から問い合わせがあって…。本当にごめんなさい!!理保さんも、お待たせしてすみません!!!」

ペコペコと頭を下げ、いつもの様にコートを脱ぎ散らかす。すると、また喝をいれられた。

「オラァ!希帆ぉぉぉぃ!!服を脱ぎ散らかすなって何回言わすんだい、お前ぇぇぇ!!」
「ひぃ!最近、彼に任せっぱなしだったから油断したぁ!!艶子さん、ごめんなさいってぇぇぇ」
「仕事は頑張ってるみたいだが、人との約束はちゃぁぁあんと守りな!馬鹿でも守れることだ!お前を馬鹿に育てた覚えはないよぉぉぃ?」
「はいぃぃぃ!!私は馬鹿じゃありませんっ!もうしません!!」
「分かりゃ良いんだ、分かりゃ」

艶子さんは、カカカカカ!と豪快に笑って手元のグラスの中の液体を飲み干した。
私はふぃ~と長い息を吐き出して、三富くんにオレンジジュースを頼む。

「お前は相変わらず酒が呑めないのかぃ?母親と妹はワクかウワバミか、ってくらいに強いのに…」
「…私だけお父さんに似たから……」
「あぁ、アレも弱かったねぇ。……お前はアレの様に酒に呑まれんじゃないよぉぉぃ?」
「イエス、マム!!」

ビシッと敬礼のポーズをとったところで、艶子さんと私の前にグラスが置かれた。
三富くんが腕によりをかけた料理も次々に並べられて、お腹と背中がくっつく3秒前だった私は思わず手をたたく。

さぁ、楽しい宴の始まりだ!!

「でも艶子さん、希帆ちゃん、つい最近お酒に呑まれてやらかしましたよ」
「ぅおいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!三富ぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「…ヲイィィ、そりゃぁ、一体どういう事だぃ?」
「なななななな、なんでもない。なんでもないよ…」
「お前は黙ってなぁ!!!…なんだい理保、アンタも訳知りかいぃ?話してみなぁ」
「あ、え~と…」

理保さんがチロリとこちらに目配せをしてくれる。
あぁ、マイビーナス、理保様…。
お願いです。お願いしますから、真実をありのまま伝えないでくださいませ。
女神様のご尽力があれば、この女帝の目も誤魔化せます。
神様、仏様、女神様!!!

「…お酒に酔って、ここで居合わせた22歳の男の子と懇ろになって、今はその彼の家で同棲中です!」

神は死んだ。
全部、ぜーーーんぶ、お話あそばされたぜ、こんちくしょう!!!
いやいや、女神様だって女帝のひと睨みで一発KOだもの。仕方ないわ。
いやいや、全ては?私の?身から出た錆?的な?

「…ヲイヲイヲイヲイ……希ぃ帆ぉぉぉぉぃ?どぉぉぉいう了見か、ぜぇぇぇぇんぶ説明してみなぁぁぁ?」

地獄の門が開いたのかと思うくらいの怒気が店内に流れる。
話の火種を撒いた三富くんはニタニタと鑑賞モードに入っていた。
理保さんは、ごめんね、と両手を合わせてこちらを見ている。
その仕草は、まるで悪魔に供物を捧げる祈りの様にも見えた。

「ひゅっ…!つ、艶子さん?せ、説明するから、落ち着いて?これ以上血圧が上がったら、お医者様に怒られちゃうよ?」
「お前がアタシの血圧を上げてんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「ひぃぃぃぃぃ!!!!!!ごめんなさぁぁぁぁい!!!!!!!」

楽しいはずの宴の口火を切ったのは、艶子さんの怒号と私の絶叫だった。






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