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第二章 先王と思惑
鎖の花の秘密
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全 温狼は罰が悪そうに頭を掻いた。ため息をつき、布を差し出す。
「涙を拭きなさい。それから怖い思いをさせてしまい、すまなかったね」
「…………」
華 閻李は差し出された布を受け取り、大人しく従った。じっと男を見つめ、なぜこんなことをしたのかと問う。
全 温狼は片膝を曲げ、黒髪を風に遊ばせた。真剣な面持ちで頷く。
「──鎖の花について、どこまでご知っているのかな?」
少年を襲ったときとは別人のように優しい。瞳は濡羽色に戻り、穏やに微笑んだ。
「……詳しくは知りません。僕の外見……というか髪の色、それから香りが鎖の花の印だって、思に聞きました」
いそいそと着替えをすませる。足に力を入れていざ、起き上がろうとした。けれど腰が抜けて、上手く立ち上がれない。ガクガク。産まれての小鹿のように、体が震えてしまう。
下半身には鈍い痛みがあった。動こうものなら、涙が出てくる。
見かねた男が少年を横抱きにし、近くにある長椅子へ座らせた。
「確かにそうだね。でもそれは、見た目の話だよ」
「見た目?」
「正確には、鎖の花を見つけるための方法。かな? 私たち王族は、代々鎖の花を妻に迎えている。ただ迎えるだけじゃなく、子を成すために……ね」
憂いた瞳で、静かに語る。漢服の袖から大きなごま団子を取り出し、少年へと差し出した。
華 閻李は警戒心を胸に抱えながら、恐る恐る手に取る。毒は入ってないから大丈夫だよと微笑えまれた。
「……鎖の花は女ではなく男。番となる存在は、生まれながらにして男。それが、鎖の花だ」
「むぐっ!?」
妻となる存在が男と聞かされ、華 閻李は食べていたごま団子を喉に詰まらせる。ゲホッと咳をしながら、涙目で男を凝視した。
全 温狼は苦く笑んでいる。少年の背中を軽く撫で、大丈夫かいと声をかけた。
華 閻李は頷く。じっと大きな瞳で男を見やった。
「うっ! そんな目で見つめないでくれ」
先ほど襲ってしまった罪悪感があるのか、しどろもどろになっている。咳払で空気を変え、少年と視線を合わせた。
「……やはり、知らなかったか。多分、息子も知らないのだろうね。俺の妻であり、思風の母亲が、男だったという事実を」
ぽつぽつと語り始める。
鎖の花は冥界の王の花嫁にして、生涯をともにする妻となる。けれど女性ではなく男性であること。番となる王と交わるときだけ、体の中に女性と同じ子宮ができる。
けれど妻として選ばれた者は、処女であらねばならなかった。もしも王と交わる前に他者の精を体に入れてしまっていたのならば、鎖の花としての資格を失うであろう。
それが鎖の花という、特別な存在に課せられた縛りごとだった。
「君の反応からするに、まだ誰とも寝てはいないようだし。そこは安心したかな……まさか息子とも、まだだったとは思わなかったけど。それに……」
少年から視線を外す。
「王になった息子につきまとうのは、いつも地位や名声にしがみつく者たちだ」
よってくる者は皆、権力に惹かれていた。裏を返せば、全 思風という存在ではなく、興味があるのは地位だけ。女も男も関係ない。ただあるのは、彼本人ではなく、目先の権力のみ。
王である以上は、少なからずそういった輩に求められるのだろう。
「今回も息子自身ではなく、権力しか見ていないのだろう。俺は、勝手にそう判断してしまっていた」
鎖の花だろうと、番だったとしても、権力しか見ていないのであれば、お帰り願おう。試す意味をこめて、あんなことを仕出かしてしまったのだと告げた。
親が子を思う気持ちに偽りなどありはしない。
今、ここにいない彼への、本音が溢れた瞬間だった。
「……僕は、地位なんて興味ありません。とても優しくて、いつも側にいてくれる。そんな思だからこそ、一緒にいたいって思えるんです」
全 温狼の目をまっすぐ見て、静かに答える。
「思は、僕をすごく大切にしてくれています。だけど……僕自身がわからないんです。だからその……」
本当の意味での番にはなれない。心の底で、彼との距離を取ってしまった。
──これは建前だ。思がどうこうじゃない。ただ、信じていいのか。それがわからないだけなんだ。
不安と安心が入り交じる思考を隠し、隣に座る男を見つめた。
男はふふっと、柔らかく微笑む。少年の頭を撫でながら「そうか」とだけ口にした。
「息子の寝床事情まで口を挟むつもりはない。ただ、忘れないでほしい。鎖の花というのは、常に権力争いの火種になるということを。それから……」
華 閻李の頭を優しく撫でる。瞬間、男の瞳からは笑みが消え失せた。
「君の本当の目的が何であるにせよ、ね」
「……っ!?」
少年の動揺を無視し、男は立ち上がる。瞳の色を深紅に染め、華 閻李を見下ろした。
少年の全身にゾクッとしたものが走る。
「言い忘れていたが……君が息子に何をしようと自由だ。母亲の秘密を言おうが。ね」
深く、闇が濃い。そんな色を瞳に含ませながら、男は扇子片手に何処かへと行ってしまった。
「涙を拭きなさい。それから怖い思いをさせてしまい、すまなかったね」
「…………」
華 閻李は差し出された布を受け取り、大人しく従った。じっと男を見つめ、なぜこんなことをしたのかと問う。
全 温狼は片膝を曲げ、黒髪を風に遊ばせた。真剣な面持ちで頷く。
「──鎖の花について、どこまでご知っているのかな?」
少年を襲ったときとは別人のように優しい。瞳は濡羽色に戻り、穏やに微笑んだ。
「……詳しくは知りません。僕の外見……というか髪の色、それから香りが鎖の花の印だって、思に聞きました」
いそいそと着替えをすませる。足に力を入れていざ、起き上がろうとした。けれど腰が抜けて、上手く立ち上がれない。ガクガク。産まれての小鹿のように、体が震えてしまう。
下半身には鈍い痛みがあった。動こうものなら、涙が出てくる。
見かねた男が少年を横抱きにし、近くにある長椅子へ座らせた。
「確かにそうだね。でもそれは、見た目の話だよ」
「見た目?」
「正確には、鎖の花を見つけるための方法。かな? 私たち王族は、代々鎖の花を妻に迎えている。ただ迎えるだけじゃなく、子を成すために……ね」
憂いた瞳で、静かに語る。漢服の袖から大きなごま団子を取り出し、少年へと差し出した。
華 閻李は警戒心を胸に抱えながら、恐る恐る手に取る。毒は入ってないから大丈夫だよと微笑えまれた。
「……鎖の花は女ではなく男。番となる存在は、生まれながらにして男。それが、鎖の花だ」
「むぐっ!?」
妻となる存在が男と聞かされ、華 閻李は食べていたごま団子を喉に詰まらせる。ゲホッと咳をしながら、涙目で男を凝視した。
全 温狼は苦く笑んでいる。少年の背中を軽く撫で、大丈夫かいと声をかけた。
華 閻李は頷く。じっと大きな瞳で男を見やった。
「うっ! そんな目で見つめないでくれ」
先ほど襲ってしまった罪悪感があるのか、しどろもどろになっている。咳払で空気を変え、少年と視線を合わせた。
「……やはり、知らなかったか。多分、息子も知らないのだろうね。俺の妻であり、思風の母亲が、男だったという事実を」
ぽつぽつと語り始める。
鎖の花は冥界の王の花嫁にして、生涯をともにする妻となる。けれど女性ではなく男性であること。番となる王と交わるときだけ、体の中に女性と同じ子宮ができる。
けれど妻として選ばれた者は、処女であらねばならなかった。もしも王と交わる前に他者の精を体に入れてしまっていたのならば、鎖の花としての資格を失うであろう。
それが鎖の花という、特別な存在に課せられた縛りごとだった。
「君の反応からするに、まだ誰とも寝てはいないようだし。そこは安心したかな……まさか息子とも、まだだったとは思わなかったけど。それに……」
少年から視線を外す。
「王になった息子につきまとうのは、いつも地位や名声にしがみつく者たちだ」
よってくる者は皆、権力に惹かれていた。裏を返せば、全 思風という存在ではなく、興味があるのは地位だけ。女も男も関係ない。ただあるのは、彼本人ではなく、目先の権力のみ。
王である以上は、少なからずそういった輩に求められるのだろう。
「今回も息子自身ではなく、権力しか見ていないのだろう。俺は、勝手にそう判断してしまっていた」
鎖の花だろうと、番だったとしても、権力しか見ていないのであれば、お帰り願おう。試す意味をこめて、あんなことを仕出かしてしまったのだと告げた。
親が子を思う気持ちに偽りなどありはしない。
今、ここにいない彼への、本音が溢れた瞬間だった。
「……僕は、地位なんて興味ありません。とても優しくて、いつも側にいてくれる。そんな思だからこそ、一緒にいたいって思えるんです」
全 温狼の目をまっすぐ見て、静かに答える。
「思は、僕をすごく大切にしてくれています。だけど……僕自身がわからないんです。だからその……」
本当の意味での番にはなれない。心の底で、彼との距離を取ってしまった。
──これは建前だ。思がどうこうじゃない。ただ、信じていいのか。それがわからないだけなんだ。
不安と安心が入り交じる思考を隠し、隣に座る男を見つめた。
男はふふっと、柔らかく微笑む。少年の頭を撫でながら「そうか」とだけ口にした。
「息子の寝床事情まで口を挟むつもりはない。ただ、忘れないでほしい。鎖の花というのは、常に権力争いの火種になるということを。それから……」
華 閻李の頭を優しく撫でる。瞬間、男の瞳からは笑みが消え失せた。
「君の本当の目的が何であるにせよ、ね」
「……っ!?」
少年の動揺を無視し、男は立ち上がる。瞳の色を深紅に染め、華 閻李を見下ろした。
少年の全身にゾクッとしたものが走る。
「言い忘れていたが……君が息子に何をしようと自由だ。母亲の秘密を言おうが。ね」
深く、闇が濃い。そんな色を瞳に含ませながら、男は扇子片手に何処かへと行ってしまった。
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