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すれ違いと信頼
嫉妬
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全 温狼と一通り話た後、華 閻李は帰路についた。帰路といっても、先王が住む屋敷の一角に与えられた部屋だ。
廊下の壁には数枚の掛け軸がある。天井から照らすのは大きな提灯で、風もないのにふわふわしていた。
家具は化粧台や長椅子、机にいたるまで。濃い赤みのかかった茶色が、漆塗りされていた。
「──大きな部屋だなあ」
一般市民かつ、何の地位も持たない少年にとって、この豪華さは眩しく感じる。両目を閉じるほどではないにしろ、きらびやかだ。貴族や王族の暮らしを知る、またとない機会でもある。
そう考えたが吉日、少年は頭の上に蝙蝠を乗せながら探索した。
とはいえ、人様の家を勝手にどうこうするわけにもいかない。ある程度配慮しつつ、机や長椅子に触れてみた。
「うわぁ。この長椅子、すっごくふかふか」
座った瞬間に、ポスッと優しい音がする。雲の上とまではいかないが、それでも少年の遊び心をくすぐるには十分な長椅子だった。何度か上で軽く飛び、横になって寝そべる。姿勢を正して座ったり、足を崩してみたりもした。
「──小猫、その長椅子気に入ったようだね?」
華 閻李が長椅子で遊んでいると、全 思風が顔を出す。
彼は少しばかりやつれた様子で、元気がないようにも見えた。ため息混じりの微笑えみを見せ、少年の隣に腰かける。
「思、お仕事お疲れ様」
やつれるほどに仕事がたまっていたのか。彼の表情を確認し、大丈夫かと尋ねた。
「ああ、うん……あのくそお……父亲が残した仕事を片づけてたからね」
肩を回して、凝りをほぐす。
「机仕事かどうかはわからないけど、ご苦労様。わっ!」
少年は微笑んだ。瞬間、彼に抱きしめられる。
「ああ、この抱き心地のよさと言ったら……やっぱり私の小猫は可愛いね」
ぐりぐりと、ここぞとばかりに甘えはじめた。華 閻李の額、頬、そして手の甲に軽く口づけをしていく。少年の細くて白い首にも落としていった。
ふと、彼の動きが止まる。直前まで見せていた、甘くとろける眼差しが消えていた。
少年は不思議に思い、背伸びをして彼の両頬に触れる。
「えっと……思? わっ!」
どうしたのと問う前に、長椅子へと押し倒されてしまった。突然のことに少年は慌てふためく。本当にどうしたのと、視線をあげた。
「……この匂いは父亲、だね。何で君の体から、あのくそ爺の匂いがするのかな?」
一見すると笑顔。けれど瞳は笑ってはいなかった。むしろ怒っている。子供のようにではなく、嫉妬にまみれた獣と化した目つきだった。
──ど、どうしよう。指を入れられたって言えないし。言ったら言ったで、温狼が酷い目にあいそうだからなぁ。
自然と、視線を彼から逸らす。
全 思風は少年の態度にムッとしたようだ。半ば無理やりに華 閻李の顎をくいっとさせ、唇を合わせる。
舌を絡めながら、少年の口の中で動いた。
息苦しさに耐えかねた華 閻李が彼の胸板をドンドン叩く。けれど腕力の差は歴然で……深く、濃厚な口づけを強いられた。
しばらくすると彼の唇は離れる。ふたりの間には呼吸、そして口から糸を引いていた。
華 閻李は涙目で彼を睨む。
「ふふ。その眼差しすら、私にとってはご褒美だよ」
再び、口づけをされた。互いの舌が絡むのは同じだけど、今度は先ほどのような苦しさはない。
「んっ、ふ……」
彼の唇が離れ、また、落とされる。何度か繰り返されていった。
「……私以外の男に心を奪われないで。身を預けないで」
捨てられた仔犬のような瞳で、少年を見下ろす。
そんな彼に組みしかれた華 閻李は、頬をほどよく紅色に染めた。
──うう。思の莫迦。思のせいで僕は……覚悟を決めるしかないじゃないか。
少しだけ戸惑いながら微笑んだ。彼の首に両腕を巻きつけた。彼とこの部屋で交わした口づけ。その出来事が、少年の思考をおかしくさせていった。
言葉にはできない疼きがあり、全身に行き渡るのを感じる。もじもじと、何かを求める視線で彼を見つめた。
「……思は、僕をどうしたいの?」
「……抱きたい。だけど、まだ君と出会ったばかりだ。小猫の気持ちを無視してそんなこ……っ!?」
華 閻李が、彼へ口づけをした。黙らせることに成功し、目尻を緩ませる。
「いいよ」
「え?」
下半身の疼きが止まらず、少年はずっともぞもぞしていた。悪戯に彼の心を惑わす言葉で、相手の欲を引き出していく。
乱れた服や髪を味方につけ、蠱惑に微笑した。
「……本当に、いいのかい?」
尋ねながらも少年の漢服を剥いでいくあたり、欲望には正直なよう。ごくりと唾を飲む音とともに、喉仏が動いた。
廊下の壁には数枚の掛け軸がある。天井から照らすのは大きな提灯で、風もないのにふわふわしていた。
家具は化粧台や長椅子、机にいたるまで。濃い赤みのかかった茶色が、漆塗りされていた。
「──大きな部屋だなあ」
一般市民かつ、何の地位も持たない少年にとって、この豪華さは眩しく感じる。両目を閉じるほどではないにしろ、きらびやかだ。貴族や王族の暮らしを知る、またとない機会でもある。
そう考えたが吉日、少年は頭の上に蝙蝠を乗せながら探索した。
とはいえ、人様の家を勝手にどうこうするわけにもいかない。ある程度配慮しつつ、机や長椅子に触れてみた。
「うわぁ。この長椅子、すっごくふかふか」
座った瞬間に、ポスッと優しい音がする。雲の上とまではいかないが、それでも少年の遊び心をくすぐるには十分な長椅子だった。何度か上で軽く飛び、横になって寝そべる。姿勢を正して座ったり、足を崩してみたりもした。
「──小猫、その長椅子気に入ったようだね?」
華 閻李が長椅子で遊んでいると、全 思風が顔を出す。
彼は少しばかりやつれた様子で、元気がないようにも見えた。ため息混じりの微笑えみを見せ、少年の隣に腰かける。
「思、お仕事お疲れ様」
やつれるほどに仕事がたまっていたのか。彼の表情を確認し、大丈夫かと尋ねた。
「ああ、うん……あのくそお……父亲が残した仕事を片づけてたからね」
肩を回して、凝りをほぐす。
「机仕事かどうかはわからないけど、ご苦労様。わっ!」
少年は微笑んだ。瞬間、彼に抱きしめられる。
「ああ、この抱き心地のよさと言ったら……やっぱり私の小猫は可愛いね」
ぐりぐりと、ここぞとばかりに甘えはじめた。華 閻李の額、頬、そして手の甲に軽く口づけをしていく。少年の細くて白い首にも落としていった。
ふと、彼の動きが止まる。直前まで見せていた、甘くとろける眼差しが消えていた。
少年は不思議に思い、背伸びをして彼の両頬に触れる。
「えっと……思? わっ!」
どうしたのと問う前に、長椅子へと押し倒されてしまった。突然のことに少年は慌てふためく。本当にどうしたのと、視線をあげた。
「……この匂いは父亲、だね。何で君の体から、あのくそ爺の匂いがするのかな?」
一見すると笑顔。けれど瞳は笑ってはいなかった。むしろ怒っている。子供のようにではなく、嫉妬にまみれた獣と化した目つきだった。
──ど、どうしよう。指を入れられたって言えないし。言ったら言ったで、温狼が酷い目にあいそうだからなぁ。
自然と、視線を彼から逸らす。
全 思風は少年の態度にムッとしたようだ。半ば無理やりに華 閻李の顎をくいっとさせ、唇を合わせる。
舌を絡めながら、少年の口の中で動いた。
息苦しさに耐えかねた華 閻李が彼の胸板をドンドン叩く。けれど腕力の差は歴然で……深く、濃厚な口づけを強いられた。
しばらくすると彼の唇は離れる。ふたりの間には呼吸、そして口から糸を引いていた。
華 閻李は涙目で彼を睨む。
「ふふ。その眼差しすら、私にとってはご褒美だよ」
再び、口づけをされた。互いの舌が絡むのは同じだけど、今度は先ほどのような苦しさはない。
「んっ、ふ……」
彼の唇が離れ、また、落とされる。何度か繰り返されていった。
「……私以外の男に心を奪われないで。身を預けないで」
捨てられた仔犬のような瞳で、少年を見下ろす。
そんな彼に組みしかれた華 閻李は、頬をほどよく紅色に染めた。
──うう。思の莫迦。思のせいで僕は……覚悟を決めるしかないじゃないか。
少しだけ戸惑いながら微笑んだ。彼の首に両腕を巻きつけた。彼とこの部屋で交わした口づけ。その出来事が、少年の思考をおかしくさせていった。
言葉にはできない疼きがあり、全身に行き渡るのを感じる。もじもじと、何かを求める視線で彼を見つめた。
「……思は、僕をどうしたいの?」
「……抱きたい。だけど、まだ君と出会ったばかりだ。小猫の気持ちを無視してそんなこ……っ!?」
華 閻李が、彼へ口づけをした。黙らせることに成功し、目尻を緩ませる。
「いいよ」
「え?」
下半身の疼きが止まらず、少年はずっともぞもぞしていた。悪戯に彼の心を惑わす言葉で、相手の欲を引き出していく。
乱れた服や髪を味方につけ、蠱惑に微笑した。
「……本当に、いいのかい?」
尋ねながらも少年の漢服を剥いでいくあたり、欲望には正直なよう。ごくりと唾を飲む音とともに、喉仏が動いた。
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