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おまけ
嫉妬する王……を、尻に敷く妃
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結婚式を数日後に控えたある日のこと。
冥界の王城にある玉座の間では、全 思風が業務をこなしていた。
「──陛下、今日の予定は、冥界と天界の交流会にございます」
そう言われた全 思風は、上座にある椅子にどしりと構えながら座っている。
華 閻李の前で見せる、甘い男などいはしない。鋭く尖った視線、にこりともしない口など。端麗な顔立ちに冷めた風貌を乗せた男となっていた。
それでも目の前で語り続ける者たちは気にせず、あーだこーだと、予定を並べていく。
「予定は以上でございます」
予定だけを告げ、頭を下げてどこかへと行ってしまった。
そんな者を見送る彼は、椅子から立ち上がる。足音をたてながら窓へと近づく。
──冥界ほど、つまらないものはない。でもここは私の國だからなあ。
半ば無理やりにそう言い聞かせ、周囲を見回した。
玉座のあるこの部屋はとても広い。人が何百人と入っても平気なほどに、前後と縦横に広大である。
煉瓦を詰めて作られた床の中央だけ、赤い絨毯が敷いてあった。
高い位置にある天井には、大きな灯篭がひとつぶら下がっている。等間隔にある朱の柱はとても太い。壁は黒く、窓は花窓という、花の形になっていた。なかには動物の形のものもある。
けれどすべての窓からは、光など入りはしなかった。
──ここは闇しかない。太陽なんて出ない。
窓から視線を外す。
部屋の中を注視すれば、人ではない者たちがいた。
大きな扉の出入り口には二本足で立つ牛のような者が二頭、槍を持っている。彼らは真面目に立ち、全 思風が視線を向ければ素早く敬礼した。
「ああ、そんなに畏まらずとも……ん?」
牛のような彼らを勇めようとした直後、銀髪を靡かせた少年がやってくる。
少女のように美しい見目と薄い髪色が特徴の、かわいらしい人物だ。この少年は彼の妻にして、國の妃でもある華 閻李だった。
「小猫?」
トテトテと、小動物のように動く姿は非常に愛らしい。二十歳のわりにはくりくりとした大きな瞳を瞬きさせながら、左手に袋を持って近づいてきた。
「あ、思、お仕事終わったの?」
「え? ああ、いや……まだ、だけど……」
それより何をしているのかと、尋ねる。
「ん? ふふふー」
腰に両手を置き、にんまりとした。そして左手に持つ袋の中を漁り、ひとつの櫛を取り出す。
「……え? く、櫛、だよね? ここで髪をとかすのい?」
「ん? 違うよ。これはね……」
笑顔で頬を緩めたまま、牛のような者たちの元へと向かった。腕捲りをして彼らの毛を撫でる。そして毛に櫛を通し、一生懸命毛繕いを始めた。
モフッとした牛の毛を堪能し、最後には彼らの身体に顔を埋めていく。
「ふわぁー、気持ちいい~。もふもふしてて、幸せだなあ~」
「し、小猫!? 私という夫がいながら、そんな毛むくじゃらたちに浮気をするのかい!?」
「浮気じゃないよ~。この子たち、すっごく可愛いんだもん。もふもふしてるし」
「……!? 私以外の男と、そんなにベタベタしないでおくれー! これ以上ほっとかれたら、私はこいつらを首にするしかなくなる。いっそのこと、牛肉として食べてしまおうって考えちゃうよ!」
あー言えばこう言うを、地で貫く。そんな彼は本気で華 閻李を一人占めしたいのだと、恥ずかしげもなく、少年に甘え始めた。
少年の腰に両手を回し、情けなく泣く。構って構ってと、大型犬のように三つ編みを揺らした。
牛のような者たちは彼の残念な姿を初めて見たようで、ほうけている。鳩が豆鉄砲を食らったように、目が点になっていた。
「…………思」
あまりにも情けない姿に、少年はため息ばかりついている。
「私は君を愛している! 私には小猫しかいないんだ! 私を殺せるのも、殴れるのだって君だけなんだ! さあ小猫、こいつらの代わりに、私を撫でておくれ!」
これ幸いにと、その場に両膝をついて頭を差し出した。遊んでほしいなと、目を輝かせる。
彼のおかしな態度に、華 閻李は真顔になった。けれどすぐに笑顔になり、女神のように微笑む。
「……思」
「小猫ぉー」
「あのね思」
「……うん、何?」
お預けを食らった飼い犬のようになった彼へ、少年は笑顔を向けていた。
全 思風は少年の柔らかな笑みにつられ、にっこりと微笑む。けれど次の瞬間、少年から笑顔が消えたのを見てしまった。彼は「ひえっ」と恐怖し、顔を青ざめ、ガタガタと震える。
「正座」
「……え?」
「思、正座しなさい」
「ぴゃい!」
条件反射のように、半泣き状態で正座になった。
「冥界の王様ともあろう人が、何、情けないことを言っているの!?」
「で、でも……」
「はい?」
「な、何でもありません!」
「前から思ってたけど思は……ガミガミ!」
母親のように彼を叱る。
叱られた全 思風は身を縮ませながらしょんぼりした。くうーんと、叱られた犬のようにしくしくと泣き、普段の頼もしさを消していた。
「……あのねぇ。僕は、思のこと嫌いじゃないよ? ど、どちらかというと、す、す……」
好きだし。
髪を指にくるくると巻きつけながら、横目に見つめてきた。耳まで赤くなり、もじもじとする。潤んだ瞳と尖らせる口が愛らしい。
全 思風は少年のその姿を見た瞬間、ボッと耳の先までゆでダコのようになった。
「……んんっ! 可愛い! 可愛いすぎる!」
口と鼻を抑え、四つん這いになりながら幸せの涙を流す。
冥界の王城にある玉座の間では、全 思風が業務をこなしていた。
「──陛下、今日の予定は、冥界と天界の交流会にございます」
そう言われた全 思風は、上座にある椅子にどしりと構えながら座っている。
華 閻李の前で見せる、甘い男などいはしない。鋭く尖った視線、にこりともしない口など。端麗な顔立ちに冷めた風貌を乗せた男となっていた。
それでも目の前で語り続ける者たちは気にせず、あーだこーだと、予定を並べていく。
「予定は以上でございます」
予定だけを告げ、頭を下げてどこかへと行ってしまった。
そんな者を見送る彼は、椅子から立ち上がる。足音をたてながら窓へと近づく。
──冥界ほど、つまらないものはない。でもここは私の國だからなあ。
半ば無理やりにそう言い聞かせ、周囲を見回した。
玉座のあるこの部屋はとても広い。人が何百人と入っても平気なほどに、前後と縦横に広大である。
煉瓦を詰めて作られた床の中央だけ、赤い絨毯が敷いてあった。
高い位置にある天井には、大きな灯篭がひとつぶら下がっている。等間隔にある朱の柱はとても太い。壁は黒く、窓は花窓という、花の形になっていた。なかには動物の形のものもある。
けれどすべての窓からは、光など入りはしなかった。
──ここは闇しかない。太陽なんて出ない。
窓から視線を外す。
部屋の中を注視すれば、人ではない者たちがいた。
大きな扉の出入り口には二本足で立つ牛のような者が二頭、槍を持っている。彼らは真面目に立ち、全 思風が視線を向ければ素早く敬礼した。
「ああ、そんなに畏まらずとも……ん?」
牛のような彼らを勇めようとした直後、銀髪を靡かせた少年がやってくる。
少女のように美しい見目と薄い髪色が特徴の、かわいらしい人物だ。この少年は彼の妻にして、國の妃でもある華 閻李だった。
「小猫?」
トテトテと、小動物のように動く姿は非常に愛らしい。二十歳のわりにはくりくりとした大きな瞳を瞬きさせながら、左手に袋を持って近づいてきた。
「あ、思、お仕事終わったの?」
「え? ああ、いや……まだ、だけど……」
それより何をしているのかと、尋ねる。
「ん? ふふふー」
腰に両手を置き、にんまりとした。そして左手に持つ袋の中を漁り、ひとつの櫛を取り出す。
「……え? く、櫛、だよね? ここで髪をとかすのい?」
「ん? 違うよ。これはね……」
笑顔で頬を緩めたまま、牛のような者たちの元へと向かった。腕捲りをして彼らの毛を撫でる。そして毛に櫛を通し、一生懸命毛繕いを始めた。
モフッとした牛の毛を堪能し、最後には彼らの身体に顔を埋めていく。
「ふわぁー、気持ちいい~。もふもふしてて、幸せだなあ~」
「し、小猫!? 私という夫がいながら、そんな毛むくじゃらたちに浮気をするのかい!?」
「浮気じゃないよ~。この子たち、すっごく可愛いんだもん。もふもふしてるし」
「……!? 私以外の男と、そんなにベタベタしないでおくれー! これ以上ほっとかれたら、私はこいつらを首にするしかなくなる。いっそのこと、牛肉として食べてしまおうって考えちゃうよ!」
あー言えばこう言うを、地で貫く。そんな彼は本気で華 閻李を一人占めしたいのだと、恥ずかしげもなく、少年に甘え始めた。
少年の腰に両手を回し、情けなく泣く。構って構ってと、大型犬のように三つ編みを揺らした。
牛のような者たちは彼の残念な姿を初めて見たようで、ほうけている。鳩が豆鉄砲を食らったように、目が点になっていた。
「…………思」
あまりにも情けない姿に、少年はため息ばかりついている。
「私は君を愛している! 私には小猫しかいないんだ! 私を殺せるのも、殴れるのだって君だけなんだ! さあ小猫、こいつらの代わりに、私を撫でておくれ!」
これ幸いにと、その場に両膝をついて頭を差し出した。遊んでほしいなと、目を輝かせる。
彼のおかしな態度に、華 閻李は真顔になった。けれどすぐに笑顔になり、女神のように微笑む。
「……思」
「小猫ぉー」
「あのね思」
「……うん、何?」
お預けを食らった飼い犬のようになった彼へ、少年は笑顔を向けていた。
全 思風は少年の柔らかな笑みにつられ、にっこりと微笑む。けれど次の瞬間、少年から笑顔が消えたのを見てしまった。彼は「ひえっ」と恐怖し、顔を青ざめ、ガタガタと震える。
「正座」
「……え?」
「思、正座しなさい」
「ぴゃい!」
条件反射のように、半泣き状態で正座になった。
「冥界の王様ともあろう人が、何、情けないことを言っているの!?」
「で、でも……」
「はい?」
「な、何でもありません!」
「前から思ってたけど思は……ガミガミ!」
母親のように彼を叱る。
叱られた全 思風は身を縮ませながらしょんぼりした。くうーんと、叱られた犬のようにしくしくと泣き、普段の頼もしさを消していた。
「……あのねぇ。僕は、思のこと嫌いじゃないよ? ど、どちらかというと、す、す……」
好きだし。
髪を指にくるくると巻きつけながら、横目に見つめてきた。耳まで赤くなり、もじもじとする。潤んだ瞳と尖らせる口が愛らしい。
全 思風は少年のその姿を見た瞬間、ボッと耳の先までゆでダコのようになった。
「……んんっ! 可愛い! 可愛いすぎる!」
口と鼻を抑え、四つん這いになりながら幸せの涙を流す。
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