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【第32話】
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「アンタ笑いすぎよ。ほんと失礼しちゃう」
カオルはキッと睨んだ。
「ごめん」
謝りながら、紀子は笑いをかみ殺す。
それでも肩が上下する。
『そんなに笑ったら、傷つきますよ』
正吉が窘める。
「だって……」
どうやら紀子は、笑いのツボにはまったらしい。
「もう、頭にきたわ。アンタのボトル、飲み干してやる」
紀子のスコッチのボトルを手に取り、カオルは自分のグラスになみなみと注ぐと、それを水のごとく喉に流し込んだ。
「そんな飲み方をしたら、身体に毒よ」
「いいのよ。そのコみたいに酔いつぶれてやるんだから。そうなったら、アンタ送っていきなさいよね」
「どうして、私が送らなきゃいけないのよ」
「アタシを笑った罰よ」
「なによ、それー」
そのとき、里佳がむくっと顔を上げた。
「それは、あんたが悪い」
そう言うなり、だが、里佳はまたカウンターに突っ伏した。
紀子は里佳の顔をそっと覗きこむ。
里佳は何事もなかったように眠っている。
いまの話を聞かれてしまったのかと思ったが、そうではないらしい。
「寝言だったみたい」
「これじゃきっと、殺したって起きないわよ」
カオルは煙草に火を点け、煙りをくゆらせた。
「ほんと、そんな感じ」
紀子はふと、店内に眼を向ける。
5つあるボックスは3席が埋まっていて、そのひとつに、仕立てのいいイタリアンスーツを着た40代半ばと思える 紳士然とした男が坐っている。
その隣には、ニュー・ハーフの翔子が、しなだれかかるように男と会話を交わしていた。
見るからに、親密そうな間柄だというのがわかる。
『きれいな人だ。あの人も、その、ゲイなのですか』
正吉が訊く。
「そう。この店で一番の美人よ」
『とても男だったとは思えない』
「そうでしょう。女の私が見惚れるくらいなんだから。あのコだったら、正吉さんだって満更でもないんじゃない?」
『いや、そんな……』
「あら、もしかして、照れてる?」
「ちょっと、なにこそこそ話してるのよ。アタシはまたも蚊帳の外ってわけ?」
カオルが割って入る。
「ううん、そうじゃないのよ。正吉さんが、翔子のことをきれいな人だって言うから」
「ふーん。そうね、悔しいけど、翔子はあれだけきれいなわけだし、ノンケの男がイチコロになるのもしかたがないわ」
「あの男の人、翔子ちゃんの彼氏?」
「そうなのよ。最近つき合い始めたばかりらしいの。いまはもう珍しくないけど、あの人もIT関係の社長さん」
「だったら、住んでるところって、やっぱり、あのヒルズ?」
「そうみたい。それにイケメンときてるんだから、さすが翔子って感じよ。だけど、ほんとに世の中って不公平にできてるわ。お金があってイケメンなんて、アタシにはまったく縁がないもの」
羨ましそうに、カオルは翔子を見つめる。
「めげちゃダメよ、カオルちゃん。カオルちゃんにだって、いいところがいっぱいあるんだから」
「紀ちゃんて、やさしいのね」
カオルは哀愁漂う眼で紀子を見つめた。
『うむ、それにしてもカオルさんの肉体は実に素晴らしい』
ふと、正吉がそう言い、その言葉を紀子が伝えた。
「え? ほんと? キャー、やだァ、わかってるじゃない、正吉さん」
カオルは紀子の腕を、力任せに叩いた。
「ちょっと、なにするのよ。痛いじゃない」
「あ、紀ちゃん、ごめんなさい。だって、正吉さんたら、うれしくなるようなことを言うんだもの。つい、力が入っちゃったわよ」
カオルはほんとうにうれしそうだ。
紀子は叩かれた腕をさすりながら、呆れ顔でカオルを見つめた。
『あの、紀子さん』
ふいに正吉が紀子を呼んだ。
「ん? どうかした?」
『あの、実は……』
「だから、どうしたの」
『なんというか、その……』
正吉は要領を得ない。
「もう、じれったいわね。はっきりして」
『あ、はい。実はいま、私も痛みを感じたのです』
「え……? なによそれ」
紀子は自然に眉根を寄せていた。
カオルはキッと睨んだ。
「ごめん」
謝りながら、紀子は笑いをかみ殺す。
それでも肩が上下する。
『そんなに笑ったら、傷つきますよ』
正吉が窘める。
「だって……」
どうやら紀子は、笑いのツボにはまったらしい。
「もう、頭にきたわ。アンタのボトル、飲み干してやる」
紀子のスコッチのボトルを手に取り、カオルは自分のグラスになみなみと注ぐと、それを水のごとく喉に流し込んだ。
「そんな飲み方をしたら、身体に毒よ」
「いいのよ。そのコみたいに酔いつぶれてやるんだから。そうなったら、アンタ送っていきなさいよね」
「どうして、私が送らなきゃいけないのよ」
「アタシを笑った罰よ」
「なによ、それー」
そのとき、里佳がむくっと顔を上げた。
「それは、あんたが悪い」
そう言うなり、だが、里佳はまたカウンターに突っ伏した。
紀子は里佳の顔をそっと覗きこむ。
里佳は何事もなかったように眠っている。
いまの話を聞かれてしまったのかと思ったが、そうではないらしい。
「寝言だったみたい」
「これじゃきっと、殺したって起きないわよ」
カオルは煙草に火を点け、煙りをくゆらせた。
「ほんと、そんな感じ」
紀子はふと、店内に眼を向ける。
5つあるボックスは3席が埋まっていて、そのひとつに、仕立てのいいイタリアンスーツを着た40代半ばと思える 紳士然とした男が坐っている。
その隣には、ニュー・ハーフの翔子が、しなだれかかるように男と会話を交わしていた。
見るからに、親密そうな間柄だというのがわかる。
『きれいな人だ。あの人も、その、ゲイなのですか』
正吉が訊く。
「そう。この店で一番の美人よ」
『とても男だったとは思えない』
「そうでしょう。女の私が見惚れるくらいなんだから。あのコだったら、正吉さんだって満更でもないんじゃない?」
『いや、そんな……』
「あら、もしかして、照れてる?」
「ちょっと、なにこそこそ話してるのよ。アタシはまたも蚊帳の外ってわけ?」
カオルが割って入る。
「ううん、そうじゃないのよ。正吉さんが、翔子のことをきれいな人だって言うから」
「ふーん。そうね、悔しいけど、翔子はあれだけきれいなわけだし、ノンケの男がイチコロになるのもしかたがないわ」
「あの男の人、翔子ちゃんの彼氏?」
「そうなのよ。最近つき合い始めたばかりらしいの。いまはもう珍しくないけど、あの人もIT関係の社長さん」
「だったら、住んでるところって、やっぱり、あのヒルズ?」
「そうみたい。それにイケメンときてるんだから、さすが翔子って感じよ。だけど、ほんとに世の中って不公平にできてるわ。お金があってイケメンなんて、アタシにはまったく縁がないもの」
羨ましそうに、カオルは翔子を見つめる。
「めげちゃダメよ、カオルちゃん。カオルちゃんにだって、いいところがいっぱいあるんだから」
「紀ちゃんて、やさしいのね」
カオルは哀愁漂う眼で紀子を見つめた。
『うむ、それにしてもカオルさんの肉体は実に素晴らしい』
ふと、正吉がそう言い、その言葉を紀子が伝えた。
「え? ほんと? キャー、やだァ、わかってるじゃない、正吉さん」
カオルは紀子の腕を、力任せに叩いた。
「ちょっと、なにするのよ。痛いじゃない」
「あ、紀ちゃん、ごめんなさい。だって、正吉さんたら、うれしくなるようなことを言うんだもの。つい、力が入っちゃったわよ」
カオルはほんとうにうれしそうだ。
紀子は叩かれた腕をさすりながら、呆れ顔でカオルを見つめた。
『あの、紀子さん』
ふいに正吉が紀子を呼んだ。
「ん? どうかした?」
『あの、実は……』
「だから、どうしたの」
『なんというか、その……』
正吉は要領を得ない。
「もう、じれったいわね。はっきりして」
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「え……? なによそれ」
紀子は自然に眉根を寄せていた。
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