蒼井倫太郎の愉快な夏

其の一 じゃんけん

一

　じゃんけんという遊戯がある。
　グー・チョキ・パーという三種類の指の出し方によって勝敗を決めたり組を分けたりする、老若男女大変お手軽な戯れだ。決め方は、グー（石）はチョキ（鋏）に勝ち、チョキ（鋏）はパー（紙）に勝ち、パー（紙）はグー（石）に勝つという具合である。道具は手、短時間で決着が着くことから、あらゆる場面で重宝される。心理戦の面もあるが、多くの場合は運に重きを置くとされているため、公平性という面でも不平不満が頻出することは少ない。じゃんけんの必勝法なんて、あってないようなものだ。
　そして今現在、じゃんけんに真剣に取り組んでいる高校生がいた。名を、蒼井倫太郎という。
「じゃんけんぽん！　じゃんけんぽん！　じゃんけんぽん！」
　気合の入った掛け声と、同時にグー、チョキ、パーと様々な形に変えられていく手。周りの音など聞こえないほどの集中力を発揮し、その目はじゃんけんの手しか捉えていない。真剣と書いてマジと読むような気迫は、行き交う人々の視線を集めていた。
「…………」
　見てはいけないものを見てしまった気がする。
　有村綺羅は、ついと蒼井から目を逸らした。