カラスの鳴く夜に

木葉林檎

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束の間のデート編

2話

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‌ 

仕立てが終わるまで近くの大型のショッピングセンターに入り
仕事では普段絶対に行かないような
私が好きそうな可愛いお店に入ってくれる。

ご飯を食べている間も
私が話す対して面白くない話に
社長は嫌な顔1つせず全部聞いてくれていた。


人生で初めてのデートをこの人と一緒に過ごせたことを私は心から嬉しく思う。


「社長?プリクラ撮りに行きません?」

「やだ」

「えー!何でですか?」

「写真嫌いだから」

ちぇ、と口を尖らせるとそんな私を見て社長は笑う。

「思い出は写真だけじゃないだろ。」

「それはそうかもしれないですけど…」

「わかった、ちょっと待ってろ?」

「え?どこ行くんですか?」

社長は1人でどこか歩いていってしまった。

「もー…自由人なんだから…!」

私は近くにあった1人用のソファーに座って帰ってくるのを待つ。

「こうやって仕事以外で社長の隣を歩けるようになるなんて思わなかったな…。」

仕事の時とはまるで別人で同じ人間とは思えない……。

でもそうじゃないと、この仕事は続けられないだろう。

だけど私に見せる優しい姿が
本当は社長本来の姿なんじゃないかと私は勝手に思っている。
だからこそ本当は誰よりも傷付いてるんじゃないだろうか…。

ぼんやりとそんな事を考えていると
社長がゆっくりと歩いて帰ってくるのが見えた。

「どこ行ってたんですか?」

「手、貸して」

言われた通りに手を差し出すと左手に何か付けられた。
それはピンクの石で作られたブレスレットだ。

「…わざわざ買ってきてくれたんですか?」

「ああ。」

よく見ると社長の左手には黒い石のブレスレットがはめられている。
普段から社長はシルバーブレスレットもつけているがそれが余計に際立って厳つく見える。

「もしかしてお揃いですか?」

社長は何も言わないが今日という思い出を形に残そうと考えてくれたのだろう。
何だかそれが嬉しくて愛しくて
凄く今すぐに抱きしめたい衝動に駆られる。

自分の気持ちを落ち着かせるために
その場で私は1度大きな深呼吸をした。

「本当にもう…。」

「そろそろスーツの仕立ても終わったんじゃないか?」

社長は誤魔化すようにそう言って私の手を握り歩き出す。

この気持ちを浄化するのは私一人では無理だ…
明日の仕事で黒崎さん達にこの話を聞いてもらって自慢しちゃおう!
そう思うと少しは気分が落ち着いた。



***


お店に戻り最終確認の為に私はスーツを着させられる。

さすがプロの仕上げだ。
スーツは私のサイズにピッタリだった。

明日からまたこのスーツを着て
誰かの幸せを奪って生きていく。

それが私の仕事だ。


「ねぇ、社長…?」

社長が振り返ってくれて目が合う。

「私は今、幸せだよ?」

そう伝えると社長は静かに頷いた。

今ある幸せはきっと
この先ずっと続くものじゃないとわかっている。

私達は今、自分達が生きていくことが大事なのだ。



社長と2人で一緒にいると
時間が経つのも早くて気付けば夜になる。

社長は車を走らせてデートの定番、夜景スポットに連れて行ってくれた。

こんな形で夜の山へ来るのは初めてだ。

いつもは誰も来ない山へ行き
返済しなかった客を連れて行ったりはするのだけれど…


今日、訪れた場所は
周りに沢山のカップルがいて幸せが溢れだしている。

「意外ですね。こんな場所知ってるなんて…。」

「ちゃんと調べたからな。」

「ふふ、いつですか?」

「そんなこと聞くなよ…。」

社長は困った顔して笑う。

「お前が少しでも喜んでくれるなら
俺はなんでもしてやるよ。
それが例え殺人であってもな。」


社長が言うとシャレにならない。

「そんなこと望みませんよ…、
でも約束して欲しいことが一つだけあります。」

「ん…?」

「私を置いて何処にも行かないでください…」

社長は静かに「わかった。」と答えてくれた。

夜景を見ていたら綺麗なのだけれど
少し不安な気持ちになってきてなんだか怖い…
私は社長の手をそっと掴んだ。

「なんか夜景って綺麗ってだけじゃなく
寂しい気持ちにもなるんですね…」

「そうか?」

「はい…。」

「大丈夫だ。
下に戻れば俺達もあの光の住民になってる。
心配しなくても闇に溶け込んでるよ。」

「社長…?」

「ん?」

「もし…今日も一緒にいたいってワガママ言ったら困りますか…?」

周りの声だけが鮮明に聞こえる。

まるで今いる場所が2人だけ別の世界みたいだ。

社長は少し考えたあと
「なあ…明日からまた仕事だろ?」と、言った。

私は静かに頷く。

「それに今日は優しくできる自信がない。
昨日みたいに梨乃がソファーで眠っても
ベットに連れて行って
起こして無理やり抱くぞ…?

昨日だって我慢したんだ……」

片手で私の髪を掻き分けて顔をのぞき込むように社長は言った。

「我慢してくれたんですか…?」

「ああ。かなりな」

想像しただけで胸がキュンと苦しくなる。

「じゃあ今日は大人しく帰ります…。」

「そうしてくれ。」

本当は乱暴にでも抱かれていいと思ってる。
だけどその言葉を私は飲み込んだ。

私を大事にしてくれている人の気持ちを無下にできない。
それに私自身も…抱かれていいと思ったのは嘘では無いが
初めてだから怖いという不安も多少なりあった。

2人で静かに夜景を眺めたあと
「そろそろ帰るか。明日も早いしな」

そう言われて
そのまま社長が運転する車に乗りマンションまで送ってもらった。


「社長…また明日。」

「ああ、おやすみ。」

「おやすみなさい。」

名残惜しい気持ちを封じ込めて
自分のマンションに帰る。

社長は私が部屋に入るまでマンションの下で見届けてくれた。

自分の部屋に入ると
すごく寂しさが溢れ出す。

今朝借りていた社長の服が目に映り
それをそっと手に取って静かに抱きしめた。

社長の使っている柔軟剤の香りがする。

今さっきまで一緒にいて
さっきまで話していたのに

もう既に会いたい気持ちが溢れ出て止まらなくなる。

「…好きです。大好きです……。」

私は暫くその場から動けないで
社長のことを想っていた。
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